四十一話 いざ、神之欠片の在処へ
荒ぶる波が打ちめき合い、無数の渦潮が大きく口を開き、その海面下では巨大魔物が棲み潜む場所――海。亜族の大陸の最東端に位置する地には、波で深くえぐられた高い崖がある。そこに降り立つは、真剣な瞳で広大な海を見下ろす五人の姿。凛とする面持ちで構える、ジーク、ミラ、マイン、ルル、ナオミの五人である。
ジークは虚空に手を伸ばすと、どこからともなく巨大な黒い箱型の物体が現れた。それは、『次元収納』から取り出されたリーナバッハ。
突然現れたリーナバッハを目にするナオミは、反射的に一歩後ずさっては驚きの声を上げる。
「うっわ! ビックリしたぁ……。え、これ車じゃん」
驚きはしたものの、現れたそれを見知っているからか、ナオミはリーナバッハに近寄ってはマジマジと観察し始めた。
「ちょっ、これって! ベンツ!? たしかこのマークって、ベンツよね!?」
「あぁ、そうだ。高級車だぞ?」
ボンネットの先端中央にあしらわれた、丸の中に逆Yの字のエンブレム。ベンツの象徴であるそれを目にするナオミは、高ぶる感情を隠しきれずにいた。
「知ってるし! ねぇ、キモ目玉っ――じゃなくて……ジーク」
いつもの調子であだ名を口にするナオミだったが、人間の姿のジークを視界に映すなり、少し下を向いては頬を染めて、ジークの名を小さく零した。
「あんたって……もしかして地球にいた?」
「……」
ナオミの問いにジークは答えず、しばしの沈黙が漂う。ジークはおもむろに後部座席の扉へと手をかけると、小さく呟くように言葉を零す。
「人間だった頃は……な」
リーナバッハの車内にて、後部座席の中央にはジークが座り、挟むようにしてミラとルルが座っている。右側面のサイドチェアーにはマインが位置し、対する左側面にはうつ伏せで寝そべって顔をトロけさせているナオミがいる。
余程ふかふかのシートが心地いいのか、ナオミはだらしない恰好など気にはせずに、目を瞑って極楽の息を零す。
「あぁ~気持ちい~。こっちの世界の下手なベッドよりも快適だわぁ。車だけど、これならガチで住めそう」
もはやそのまま夢の世界へと旅立ちそうになるナオミだったが、次の瞬間に謎の声が突然車内に響くと、その身を飛び起こした。
「さ~て、準備はいいですか野郎共! 振り落とされずに付いてくるですよ!」
車内スピーカーから響き渡ったのは、リーナバッハと融合したリーナの声だった。久しぶりに融合して動けることが嬉しいのか、少し高めのテンションを感じ取れる口調だった。
今まで聞き覚えの無い声に驚くナオミは、困惑の表情を浮かべて車内をキョロキョロと見渡す。
「え!? 何? 今の誰!?」
「ふっふっふ……。ようこそ、リーナ様とその他もろもろのパーティーへ。私こそが知る人ぞ知る、可憐で健気な美少女乙女、リーナ様だぁ!」
リーナは一つ不適な笑いを零すと、自信満々たる態度で特盛な自己紹介を行った。
うなだれるように片手で顔を隠すジークをよそに、ナオミは驚愕の面持ちで大きく口を開く。
「な、なんですってぇー! ……って、知らないわよ」
ノリに合わせたのか、ナオミはオーバーリアクションで一つ答えると、すぐさま素に戻った。
リーナのいつものぶっこみにうなだれていたジークだったが、ゆっくりと顔を上げるとナオミにリーナのことを話しだした。
「俺が首に下げていた十字架のネックレスは見たことあるな? それがリーナだ。今はこの車、リーナバッハのキーとして融合しているんだ。性格はさっきの通りだが、まぁ……仲良くしてやってくれ」
きょとんとするナオミはジークに視線を向けると、首を傾げながら口を開く。
「それって……マジックアイテムってこと? 人間の大陸で色々作ってるみたいだけど……言葉を話すのなんて聞いたことないけど?」
ナオミのその言葉を聞いていたリーナは、ご機嫌斜めになったのか、若干ムスッとした態度でスピーカーを震わせた。
「人工的に作られたそんな下等な道具と、神之欠片、核に選ばれた崇高なる私とを一緒にしてほしくないです! 私は核を守護する唯一無二の存在! 守護のエキスパート、リーナ様ですよ!」
怒りを現しているのか、小刻みに車体を揺らしながら熱弁するリーナ。
ナオミは苦笑いを浮かべては両手を前へと開き、なだめるように口を開く。
「わ、分かった分かった! ごめんって! だから落ち着いて? 仲良くしよ、ね?」
「分かればいいのです」
リーナが落ち着きを取り戻し、揺れる車体が平穏に戻ると、ナオミは額に伝う冷や汗を拭っては、安堵の息を一つ漏らしていた。
しかし、後部座席に座っているジークは、なにやら考え込むように顎に手を添えていた。そして前方へと視線を向けると、閉じていた口をおもむろに開き出した。
「なぁリーナ、さっき核に選ばれたと言っていたな。あれはどういうことだ? 核の適正者は俺なんだろ?」
「間違いなくジークです。……あれ? それなのに、なんで私あんなこと言ったんです? う~ん……少しシステムの不具合を確認すると共に、自己情報解析を行ってみるです。メンテナンスが終わるまで、出発は少々お待ちくださいです」
「あぁ、分かった。不備が合っては困るからな、お前の準備は自分で頼む」
突然リーナの不備らしきものが発生した為、ジーク達はメンテナンスが終わるまでの間、しばしのブレイクタイムを余儀なくされた。
床下収納式のテーブルを解放し、ミラとマインが手際よくポッドやカップ、少しのお茶菓子などを準備すると、談笑を交わしながらの休息へと移っていった。
しばらくして、ジークが足を組んでは優雅にコーヒーを一口含むと、突然車内に耳をつんざくような機械音が轟いた。
――ギィイイイイイイン。
「な、なんだ!?」
急な事態に驚くジークが、とっさにテーブルへとカップを置くと、その小さな器の中で波打ったコーヒーが少し溢れ出た。ミラとルルとナオミは耳を押さえて悲鳴を上げ、マインは目を丸くして固まっている。
ノイズ交じり響く機械音が治まると、スピーカーからは機械的に話す声が聞こえてきた。
――《記憶情報制限区域へのアクセスを確認。……。承認中。……。アクセス拒否》
聞こえてきたのはそこまでだった。
スピーカーから流れ出たその”声”を耳に捉えたジークは、何かを思い出したかのように目を丸くしていた。
今の声……、聞き覚えがあるぞ。転生してこの世界へやって来た時、洞窟の中で頭に響いたあの声だ。スキルを習得した際に聞こえて来た、アナウンスの声。リーナと一体化してからは、リーナが教えてくれていたから自然と忘れていた。だが……なぜリーナバッハのスピーカーから聞こえてきた? 記憶情報制限区域とはなんだ? リーナの自己解析に、アナウンスが拒否をしたということか? 分からない……。一体あのアナウンスはなんなんだ? なぜ俺は聞くことが出来た? なぜリーナに干渉することが出来る?
ジークは思考を中断すると、呆然とする四人へと声をかけた。
「なぁ、お前らはさっきの声に聞き覚えはあるか?」
ジークの問いに、みな一同に首を横に振る。今まで一度も聞き覚えの無い声、言葉に出さずとも並べる困惑の面持ちからは、それが感じ取れるものだった。
「スキルを習得したときは? どうやって把握している?」
急かすように言葉を続けるジークに、その問いに答えたのはマインだった。
「スキルはいつの間にか手に入れてるもの、そういったイメージがあるな。何かに集中したときや、打ち込んだ時、そういった経験が形になるものだと思っている。要は慣れの一種が、スキルとして顕現するのだとな。ステータスを開いた際にスキルが追加されていれば、そこで気が付くのだ」
マインの答えに、ミラとルルとナオミの三人も、同意するかのようにウンウンと首を振っている。
「やはりあの声は……俺だけに聞こえていたのか」
予想通りのみんなの反応にジークは呟くように一つ零すと、車内スピーカーにはメンテナンスから戻ったリーナの声が流れた。
「お待たせです! 不具合はありませんでした、いつでも行けるです!」
いつも通りに明るい声色を放つリーナ。しかし対照的に険しい顔を浮かべるジークは、戻ったリーナにすぐさま声をかけた。
「リーナ、記憶制限区域とはなんだ。それに、あの声は一体なんなんだ」
「ほえ?」
真剣に問いただすジークに、質問の意図を掴めないのか、リーナは気の抜けた声を発した。
「ほえじゃない。奇妙な機械音が鳴り響いた後、お前の声とは違う声が聞こえてきたんだ」
「えーと……声、です? 私には聞こえてなかったですし、その声については分からないです。一つ分かったことと言えば、どうやら私の記憶情報の一部に閲覧制限がかけられているようです。原因については不明ですが、アクセスすることが出来なくなっているようです。他の機能に支障はないですし、今のところ問題なく活動できるですよ」
「そうか……。問題がないなら……それでいいんだが」
ジークは小さく返事をすると、背もたれに深くよりかかっては腕を組み、目を閉じる。
記憶の一部に……制限。リーナ自身が意図して隠しているわけではないみたいだが……自分の記憶が欠けていると考えると、解せないな。リーナは核を守護するプログラムだ、なんらかの意味合いがあって制限がかけられているのだろうが……正直気にならないと言えばウソになるな。そもそもアクセスが出来ないようだし、本人は気にしていないようだが……もし隠蔽された情報がリーナにとって幸福となるものなのだとしたら、リーナ……。俺は、お前の力になってやりたい……。
ジークはゆっくりと目を開けると、凛とする面持ちで正面を捉えては、開いた右手を前へと突き出した。
「よし、神之欠片の在処へ進むぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
気を引き締めたジークの言葉に呼応するように、ミラ、マイン、ルル、ナオミ、リーナの五人は一つ声を合わせた。
そして――、亜族の大陸に存在する一つ目の神之欠片の在処へと、連なる六つの想いが今、その大いなる歩みを進み始めた。
二筒マフラーからは激しい煙が巻き起こり、四つのタイヤを高速回転させると、リーナバッハは勢いよく崖の上から飛び出していった。
そして、その車体を宙へと放った時、スピーカーからリーナの声が響き渡る。
「モードチェンジ! 『マリンモード』」
その瞬間、リーナバッハの足回りである四つのタイヤが車体から少し飛び出すと、ホイールが真後ろへと顔を向け始めた。そして四つのホイール全てが三枚刃のプロペラ状に変化し、車体後方のトランクが開くと、そこからは一つの巨大なジェットエンジンのような物が飛び出した。それは後部に大きな三枚刃を持ち、爆発的な推進力を生み出すプロペラジェットエンジンである。その姿はリーナバッハが搭載するモードチェンジ機能の一つ、水中移動用のマリンモードだった。
大きな水しぶきを上げて、リーナバッハは水面下へとその身を潜り込ませた。四つのプロペラタイヤを稼働させると、徐々に水平を維持してはゆっくりと前へ進み始める。
潜水艦と化した車内の窓から映るは、それはそれは美しい海の中の景色――ではなかった。
穏やかな海とは違い、暴れるように大荒れするその海の中は、若干深みのある緑色に濁っていた。海中には砕けた木材が漂い、ちぎれた多くの藻が舞い、食い荒らされた肉片で染まっていた。
「うわぁ……。初めて海に来たのに、想像と少し違っててショック……」
「きも……」
ジーク以外は窓に張り付いて海中を眺めるが、ミラは思っていた海のイメージと実際のギャップにショックを隠し切れないようだ。
ナオミは眉をひそめては一言漏らし、目に映る光景を明らかに受け付けてない様子だった。
ルルはそんな海でも、初めて見る光景に興味があるのか、物珍しそうな目で静かに眺めていた。
すると、背もたれに肘を立てては、手の平に顎を乗せて海中をただ眺めるマインが静かに口を開く。
「海はその場その場で顔を変え、少し場所をずらしただけでもまるっきり別世界になることもある。ここはとりわけひどいようだな。私の知る海は……綺麗な水色だった」
魚人ゆえに分かることなのだろう、マインはどこか懐かしむ面持ちで、静かにそう呟くのだった。
「ジークお兄ちゃん! なんかおっきいのが来た!」
突然叫ぶルル。ルルの見る方角からは、徐々にその巨体を迫らせる謎の陰があった。長く尖った鼻を持ち、大きく開ける口には鋭い牙を並べ、黒光りする鱗を持つそれは、リーナバッハの数倍の巨体を持つ『カジキジェネラル』という魔物であった。
「ちょっ――! どうすんの、どうすんの!?」
徐々に迫り来る魔物とジークの姿に、焦りを含んで交互に視線を動かすナオミだが、ジークは魔物を見ようともせずに落ち着いた態度で静かに一言告げる。
「リーナ」
「はいです! 追撃魚雷式核弾頭、発射!」
リーナの言葉を合図にフロントグリルが左右に開き、低く鈍い音と、無数の水泡と共に一発のミサイルが放たれた。水線を後引きながら高速で水中を走り抜けると、カジキジェネラルの口の中へと吸い込まれていった。
起こったのは一瞬轟く低い破裂音。海面へと上る水泡、砕けて漂う黒い鱗、腹の中で爆発したことにより、カジキジェネラルは大きな負傷を負った。
しかし、内部から致命的なダメージを負ったのにも関わらず、カジキジェネラルにはまだ息があった。むしろ逆鱗に触れたようで、目を血走らせては勢いよくリーナバッハへと迫り出した。
その様子を把握するや否や、リーナが大きく声を上げる。
「プロペラジェットエンジン始動!」
後部トランクから飛び出している巨大三枚刃が高速回転を始めると、リーナバッハは爆発的な推進力を発揮して一気にその場から離脱した。
無数の渦潮の抵抗を跳ね除けるように、強力な推進力で強制的に歩みを進めるリーナバッハ。多くの気泡を一直線に後にして、地底に佇む巨大な岩へと目掛けて行く。
しかし、その後方には必死に追い迫るカジキジェネラルの姿があった。怒り狂うように大きく体を揺らしては、どこまでも追いかけんとする気迫を漂わせている。
「しつこい奴だ」
ジークは呆れたように一つ呟くと、優雅にコーヒーを口にした。そして静かにその喉を鳴らすと、不敵な笑いを零れさせる。
――ククク。
「知っているか? 魚は泳いでいないと……死ぬらしいぞ?」
そう一つ呟くと、ジークの右目からは黄金の光が放たれる。
「『幻送ノ魔眼』」
暴れ狂うようにリーナバッハを負うカジキジェネラルだったが、蛇に睨まれた蛙のようにその動きを止めると、ピクリとも動かずにそのまま海底へとゆっくり沈んでいったのだった。
岩に空いた穴には、高濃度の魔力が渦巻いているのか、黒と紫が混ざる色彩がグルグルと螺旋を描くように口を開いていた。
水中を高速で駆け抜けるリーナバッハは、その凄まじい速度を落とさないままに、まるで全てを飲み込むように大口を開けるそこへと、ついに突入したのだった。




