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眼の異世界転生  作者: ビッグツリー
第三章 神之欠片を求めて~亜族の大陸編~
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三十三話 カジノ戦~ダイスゲーム~

 カジノ長と名乗る男は、おもむろに一つの立方体を取り出した。手の平サイズのそのサイコロのような物には、各面に別々の模様が描かれている。太陽のマークや雲のマーク、雪だるまのマークなど、天候を現しているかの紋様が計六つ存在している。


 カジノ長は片手にサイコロを持ち、もう片方の手でテーブルに設置されている一つのボタンへと触れた。すると、テーブルの少し上、なにもないはずの空間であるそこに巨大な立体映像が浮かび上がった。それは、縦3マス×横5マスの計15マスからなる巨大なマス目が出現し、そのマス目の背後には”太陽・白雲・傘・雪だるま・渦巻き”を形作った巨大な像があった。



 カジノ長はニヤリと口元を緩めると、テーブルを挟んだ先にいるミラに向けて満面の笑みを向けた。


「どうです? 素晴らしいでしょこのホログラム機能。人間の大陸から吸収した最先端技術を取り入れたゲームなのですよ」



――ダイスゲーム『六面天候』。

●サイコロには”太陽・白雲・傘・雪だるま・渦巻き・カミナリ”のマークの六つの面が存在する。

●サイコロを両者が交互に振り、両者合わせて全部で十回振る。

●像は始めに待機場へと並び、サイコロの出た目に対応する像が一マス目に進む。その後も進むのは一マス前のみとなる。

●挑戦者はゲーム前に一つのマークをあらかじめ指定し、そのマークに対応する像が親(カジノ側)より先に3マス目に辿りつけば勝ちとなる。親は、挑戦者の指定したマーク以外の全てが指定対象となり、どれか一つでも相手より先に3マス目に辿り着けば勝ちとなる。

●カミナリのマークが出目となった場合、サイコロを振ったプレイヤーの指定している像は一つ後ろのマスへと下がる。サイコロを振ったプレイヤーが挑戦者だった場合は指定した像が対象。親の場合は一番進んでいる像が一マス後ろへと下がる。対象の像が重複している場合は、その全てが一マス後ろへと下がる。対象の像が一マス目に存在する場合は、待機場へと下がり、それ以降は下がることはない。

●像が進むのは、サイコロの出目に対応する両者の像が対象となる。

●挑戦者は、指定した像が待機場にあり尚且つ親の像との差が2マス以上ある場合、救済処置としてサイコロを二回振ることが出来る。※救済処置はサイコロを振る回数には含まれないが、十回目に使うことは出来ない。

●勝負がつかなかった場合は、また最初からやり直す。



「と、説明は以上でございます。掛け金に関してですが……お互い、カジノコイン十五万枚というのはどうでしょうか?」


 両手をすり合わせながら探るかのように口を開くカジノ長。ミラはチラリと横目でジークに合図を送ると、一つ頷く返事が返ってくる。

 十五万カジノコインとは地球で一億五千万円相当。負ければ天使の黒塔で手に入れていた分は全部消え、勝てば持ち金は倍となり、裏オークションで出品されるという三エル金貨(地球で三億円相当)の神之欠片かみのかけらの地図まで手が届く金額が手に入るということになる。負ければゼロ、勝てば三億の大博打である。


 

 ミラは今まで接する機会などありもしない大金のやり取りに恐怖し、緊張で体を小さく震わせていた。


「ミラ、大丈夫だ。落ち着いて普通にプレイしていればそれでいい」

「で、でも……」


 恐怖と緊張で押しつぶされそうになるミラは、胸に手を当てて俯いた。だがジークは、そんなミラの頬に細い腕を添えては、たった一言だけ口を開いた。


「お前のそばには、俺がいる」

「――!」


 ミラはジークのセリフにハッとすると、自然と緊張の糸は解れ出して、その瞳に活力が戻っていく。拳を握り、一つ頷き、正面へと向き直っては力強く口を開いた。


「掛け金はカジノコイン十五万枚! 受けて立ちます!」



 決死の覚悟を決めたミラとカジノ長の両者の視線が交差し、ここに今――お互いの全てを賭けた大ギャンブルゲームが始まったのだった。



 


 カジノ長はおもむろにテーブルの上へとサイコロを置くと、にっこりと微笑んで片手をミラへと向けてきた。


「初めてのプレイですから、先行はお譲り致しますよ。テーブルの左手側にあるボタンを押してみてください」


 ミラはカジノ長に促されるまま、テーブルの左端に設置してあった小さな赤いボタンを押した。すると、カジノ長側にあったサイコロが、吸い込まれるかのようにテーブル上をスライドしてミラの目の前へと移動してきたのだ。


「わ! すごい! これならわざわざサイコロを取りに席を立たなくてもいいんだ!」

「さようでございます。それではマークを指定してください」


 理解したミラに、にっこりと微笑むカジノ長。

 ジークはミラへと耳打ちすると、ミラはコクンと小さく頷いてはマークを指定する。


「私が指定するのは、”渦巻き”!」


 そう口にするなりミラは目の前へと移動してきたサイコロを手に持つと、テーブル上へと勢いよく転がした。

 ゴロゴロと勢いよく回るサイコロは、その勢いのままカジノ長の目の前まで転がっていき、テーブルの端に一つぶつかってはぴたりと動きを止めた。そして、出目となる上面が立体映像の中心部に映し出される。


「やった! 指定してた渦巻きのマークだ!」


 ぴょんっと飛び跳ねて体で喜びを表現するミラだったが、ホログラム内に存在する両者の巨大な渦巻きの像が待機場から1マス目へと進んだ瞬間、突如荒れ狂う突風が部屋の中へと押し寄せた。


「――きゃああっ」


 突然の強風にミラは悲鳴を上げ、目を開けてもいられないほどなのだが、なんとか飛ばされない様にとテーブルの端に両手で掴まっては必死の形相で持ちこたえていた。そんなミラの肩に乗るジークは、細い腕でミラの服に必死にしがみつき、両足を宙に浮かせては強風の影響で後ろへバタバタと鯉のぼりよろしく無造作になびかせていた。

 マイン、ルル、ナオミの三人は部屋の壁へと吹き飛ばされた。まず最初にマインが壁を背にするように位置し、そこにナオミが正面から突っ込み、最後にルルがナオミの背後へと正面から追いやられる形となっていた。


 目の前が急に真っ暗になり呼吸が出来なくなったナオミは、そこから抜け出すために細かく頭を揺らしていた。


「あっ――。こ、これ……やめないか」


 若干頬を赤め艶かしい吐息を漏らすマインを尻目に、ナオミは勢いよく顔を上げると、ようやくその空間から抜け出すことが出来たようだった。


「ふー! 死ぬかと思った……って――。な、ななな、なんでこんなことになってんのよっ!」


 慌てふためくナオミはマインとルルの間に挟まれて、こともあろうかマインの豊満な胸へと顔がスッポリと収まっていたのである。

 ナオミはすぐ目の前に広がる巨大な谷間を視界に映し、ほんのり香る香水の匂いと、頬にはマシュマロのようなふわふわの柔らかさを感じると顔を真っ赤にさせていた。それは、後方から押し寄せる強風によってグイグイとより押され、その度にナオミの顔色はどんどん赤く染め上げられていくのであった。






「どうですかこのリアリティ! ホログラムだけではなく、部屋を覆うように設置された装置によってサイコロの出目の天候を演出しているんですよ! 素晴らしいとは思いませんか!」


 必死に椅子へとしがみつきながら大声を上げるカジノ長だったが、その言葉は悲しくもミラ達へは届いていないようだった。

 

「では、二回目いきますよー!」


 カジノ長の番となり、声を張って叫ぶようにサイコロをテーブル上へと投げ入れた。

 そして、強風が止んだと思いきや、今度は部屋中を照りつかせるかのような猛暑へと変貌した。


 カジノ長が振った二回目――その出目は”太陽”のマークだった。

 部屋中はまるで熱帯の砂漠に変化したかのような気温で包まれ、その場にいる全員の体からは滝のように汗が噴き出していた。


「あ、あついのは……苦手」


 ミラはだらしなく椅子に座っては、両手をパタパタとうちわのようにして顔を仰いでいる。

 マイン達三人は床へと寝転がり、汗を浮かべては口を開けて、大きく大の字でじっとしていた。



 ミラはだるそうにゆっくりと体を起こすと、テーブルの端にあるボタンへと腕を伸ばした。そして瞬時に目の前へと移動してきたサイコロを掴んでは、無気力な投げ方でテーブル上へと転がした。


 回転力の少ないサイコロは申し訳程度に数回転がった後、ピタリと止まってはホログラム内に”傘”の出目が大きく映し出された。次に訪れたのは、突然のゲリラ豪雨。一つ一つの雨粒は大きく、無数に体へと打ち付けるそれは痛みさせも感じさせるほどだった。



「なんと! 干からびるかと思っていたところに恵みの雨ではないか!」


 マインは歓喜に満ちた表情で両手の掌を天へと掲げ、無数に放たれる激しい水の弾丸をその身の全てで受け入れるかのように立っていた。魚人たる特性ゆえか激しく打ち付ける無数の雨も、まったく痛みも感じずにむしろ心地よいとさえ思えるかの面持ちだった。

 ルルはフードの端を両手でぎゅっと強く握りしめては、しゃがみ込んで小さくなっている。その横にはナオミが位置し、ルルと同じく頭の上に手を当てては小さくなっていた。



 胸の前で腕を組むように自分の体を抱きしめるミラは、椅子に座りながら下を向いては肩を狭めていた。そんな様子のミラを目にするなり、ジークはおもむろに声をかけた。


「ミラ、どうした?」


 ミラはすぐには答えず、そのまま口だけを動かして小さく何かを呟く。


「……でください」


 ミラの言葉に首を傾げるジークは、少し動き出そうとした瞬間、急に声を張るミラによってその動きを止められた。


「見ないでください!」

「は?」


 いきなり放たれた主語のない言葉に、理解が及ばなかったジークは反射的に声を漏らすと、一体なんのことだとミラが何かを隠すようにしている腕へと視線を移そうとした時――。


「見るなぁああああ!」

「ぐわぁっ――!」


 肩に乗るジークが視線を下へと向ける瞬間、下を向いていたはずのミラは顔を真っ赤にさせながらジークへと顔を向け、拳から真っ直ぐに伸びた一本の人差し指を勢いよくジークの目玉の身体へと突いたのであった。

 実は、雨によって服が透けたことにより、身に着けていたブラが浮き出ていたのだ。ミラはそれをジークに見られまいと、目を突いては咄嗟に取った防衛手段であった。






 カジノ長は若干水の溜まったテーブルからサイコロを掴み取ると、手の中で軽く転がしてはそれを投げ放った。


「さて、四回目いきますよ」



 先ほどまでの豪快な雨はピタリと止み、代わりに天から舞い降ってきたのは小さな白い綿毛のようなものだった。四回目に表示された出目は”雪だるま”のマーク。部屋中には深々と降り積もる雪と表現できるほど、大量の雪がふわふわと天井から降っては徐々に積もらせていた。床は瞬く間に一面の銀世界となり、ミラ達は頭や肩に降り積もった雪を乗せたまま辺りを見渡しては目を輝かせていた。


「わー! 雪だぁ!」


 ルルは床に積もった雪を踏み抜くように一歩一歩と足を進めては、雪の日に外で元気に遊ぶ子供のように足裏に感じる雪の感触を楽しんでいた。その傍らではマインがせっせと雪を集めて球体を作りあげ、その上に二回りほど小さな雪の球体を乗せては雪だるまを作っているようだった。

 ミラは席を外し、床に積もっている雪を両手ですくうように拾っては天へと放り投げ、舞い散る雪と共に戯れている。


 一方、各自が雪遊びをしている中ナオミは、両手の中で拾った雪を固めると不敵な笑みを零しつつゆっくりとミラの背後から忍び寄っていた。そしておもむろに片手で雪玉を握りしめては豪快に腕を振りかぶった。

 視界の先に映るミラ――ではなく、その肩に乗るジークへと目標が定められていたようだ。


「おりゃぁっ!」

「ぶっ――」


 いきなり後頭部に柔らかくもそれなりの衝撃を受けたジークは前へと吹っ飛び、ミラの肩から床へと落下しては積もった雪の中へと勢いよくめり込んだ。


「っしゃ! ストラーイク!」


 雪玉を投げ放った腕をぐっと引き締めては満面の笑みでガッツポーズを取るナオミ。そんな光景を目にしたミラ、マイン、ルルは目を輝かせていた。


「ナオミお姉ちゃん、今のなぁに」


 キラキラと目を丸くするルルに、ナオミは床に積もった雪を拾っては両手の中で固め始めた。


「こうやって雪をメッチャ固めて、目標目掛けてバヒューンって投げる雪の日の遊び!」

「なんだかおもしろそうです!」

「ふむ。私もやってみるか」

「ルルもやるー!」


 四人は笑顔を振り撒き、時たま当たる雪玉の冷ややかな感触に目を瞑っては声を上げ、はしゃぎながら各々に雪玉を投げては遊びに夢中になっていた。


 雪玉が飛び交う中、床に積もった雪の中からなんとか脱出して顔を出すことが出来たジーク。だが、その瞬間に周りの雪と共に宙にすくいあげられた。


「よーし、デカいの作ってやるし!」


 気合を入れて大きめの雪玉を作り上げるナオミ。その雪玉の中にはジークがいるとも知らずに、ミラに向けて勢いよく投げ放った。



――ゴチン!



「きゃっ!」


 鈍い音が一瞬鳴り響いた。それは、ミラの額に当たった雪玉がその衝撃で粉々に割れると、中にいたジークと頭突きをする形で両者がぶつかったのだった。


 咄嗟に目を瞑っていたミラは、額にぶつかった物が胸元へと落ちたのを感じ、目を開けてそれを確認するなり目を丸くした。


「え? ジ、ジークさん!? ――って、ちょ……っと。あんっ……」


 ミラは驚きの声を上げた直後、急に艶やかな色声へと変化させた。胸元へと落ちたジークが、そのまま服の中へと滑り込んだのである。


「クソ! 滑ってうまく上がれない!」


 ジークは細い両手と足を器用にパタパタと動かすが、溶けた雪のせいか小さな胸のせいか、どうやら滑ってうまく上へと這い上がれないようだった。だが、必死のジークの行為はミラにとっては逆効果のようで、ジークが動けば動くほどミラの顔色を真っ赤に染めさせるのだった。


 ミラは肩を狭め、足を内股にしては自分の体を抱きしめるように立ち止まっていた。顔を真っ赤に染めて目を瞑り、眉をひそめ、下唇をぎゅっと噛み締めては何かを我慢するかのように時折体をびくっと震わせている。口からは色気のある艶やかな息が漏れ、それは次第に大きく零れ始めると限界が来たのか――ミラはバッと顔を天へと向けると大きく声をあげた。


「だ、だめぇぇぇぇぇぇっ――」





 カジノ長は目を瞑り、注意を引くかのように一つ大きな咳ばらいをした。


「ごほん。そろそろ続きをよろしいですか」


 その一言に四人は我に返り、ジークも這い上がることが出来たのか胸元の服に手をかけては顔だけをピョコンと出している。ミラはそんなジークを胸元から引き抜くと肩に乗せ、顔を真っ赤にさせたままツカツカと席に着いてはボタンを押した。テーブル上に積もった雪をかき分けながらゆっくりと移動するサイコロを掴み取っては、恥ずかしさを隠す為か、すぐさまサイコロを投げ放った。



 五回目のサイコロの出目は”太陽”。ホログラム内で両者の太陽の像が2マス目に足を進め、空間の中は照り付ける猛暑へと移り変わった。

 そして、にこやかな笑みを浮かべるカジノ長の口元が緩みだした。


「あなたが指定したのは”渦巻き”。それ以外である”太陽”の像が2マス目に進んだので、これで私はリーチとなりましたよ! おしかったですねー、”太陽”を指定していればあなたがリーチでしたのに」


 怪しげな笑みを零しては掌でサイコロを転がすカジノ長。そしておもむろにサイコロを握っては宙へと放り投げた。



 そして、再び訪れた極寒の世界。六回目となるサイコロの出目は”雪だるま”のマークだった。


「いやぁ~おしい。太陽が出れば私の勝ちでしたが、これで”雪だるま”の像が2マス目へと進んだのでダブルリーチとなりましたよ」


 カジノ長はニヤニヤと笑みを含めては口元を更に緩ませていた。


 ミラは眉をひそめて険しい表情を浮かべ、テーブルの左手に設置されたボタンを力任せに叩きつけた。状況的には最悪なのだ。指定した”渦巻き”の像は一回目に1マス目へと足を進めた所でとどまり、”太陽”と”雪だるま”の像が2マス目へと進んだことで、ミラが指定した対象外であるそれはカジノ長のダブルリーチの形となっていたのだ。

 サイコロを振るのは両者合わせて後四回。そのうち一回でも”太陽”か”雪だるま”の出目となれば負けが確定する。逆に言えば、その二つが出る前に”渦巻き”の出目を後二回出さなければいけなくなっていた。

 負ければカジノコイン十五万枚が全て消える。だがそれだけではない、代表としてゲームに参加している以上、仲間たちの想いも背負っているのだ。それぞれの想いを持って思想の大陸を手に入れる為に動き出した旅、勝てばそれに大きく一歩近づき、負ければ振り出しに戻るどころか巻き返せる保証も無い。


 大雪の中、祈るようにミラを見つめるマインとルルとナオミ。ミラは寒さではなく、その身に降りかかる大きなプレッシャーでサイコロへと伸ばす腕を震わせていた。絶対に負けられない戦い――ミラはそう意識し、額に大量の冷や汗を浮かべていた。しかし、ミラは思い出す。


――「お前のそばには、俺がいる」


 ゲームが始まる前のジークの言葉。ミラは目を瞑って一呼吸置くと、焦りの色を吹き飛ばしてサイコロを掴み取った。そして、七回目となるサイコロを振り投げる。



 凍て付くテーブルの上を弾ませながらゴロゴロと転がるサイコロ。その行きつく先をミラ達は真剣な目で見つめている。サイコロは、ゆっくりゆっくり一回転しては動きを穏やかにし、そしてピタリと動きを止めた。

 その瞬間、部屋には轟音が響き渡り、いびつな形をした筋が空間内に走っては黄色く輝いた。


 ホログラムに映し出されたサイコロの出目、それは――”カミナリ”だった。



「そんな……」


 ミラは呆然として一つ呟くと、椅子の背もたれに大きく寄りかかり、無気力にダラリと両腕を下げていた。”カミナリ”の出目により、1マス目に存在していた指定対象の”渦巻き”の像は、待機場へと下がったのだった。


「あららら、”カミナリ”を引いちゃいましたかー。残念でございますねぇ」


 表情はにこやかなのだが、励ます気など一切含まれない毒付いたセリフを吐くカジノ長は、サイコロを握るなりテーブル上へと投げ放った。



 八回目となるサイコロの出目は”傘”。

 土砂降りに打ちひしがれながらカジノ長は、その出目を前にすると今までのにこやかな笑みから一転し、椅子から立ち上がってはミラを見下すような目つきで高らかに笑いをあげた。


「ふふふふ、あっはははははは! これで”太陽”、”雪だるま”、”傘”の像が2マス目へと進み、私はトリプルリーチとなった! あなたの指定する”渦巻き”は待機場、サイコロを振れるのは残り二回のみ! ”渦巻き”の出目を三回出さなければいけないあなたにはもはや勝機は無く、私の勝ちは確定したも同然です!」


 カジノ長は両腕を広げて天へと高らかに叫び、打ち付ける雨をまるで祝福の恵みと感じるほどに高揚していた。


(ふふふふ……トリプルリーチですか。なかなかしびれる”演出”をしてくれたものですね。ゾクゾクしますよ。これであの”黒い閃光”と思わしき一行は負けが確定した。このゲームでの絶対的支配権は、カジノ長である私が握っているのですから勝てるはずなどないのです。……いや、過去に一人だけ例外がいましたね。あの人間の大陸の王……クラマ様を除いて、このゲームで私に勝てる者などいないのです!)


 薄ら笑みを浮かべながら思考するカジノ長だったが、次の瞬間にその場には似つかわしくない低い笑い声が小さく響いた。



――ククク。



 それは、俯いて大きく頭を垂らす”ミラ”が、口元だけを緩めて笑っていたのだった。


「なにがおかしいんですか。気でも触れましたか」


 カジノ長はキッとミラを睨みつけた。ダラリと頭を垂らすミラはその前髪で表情までは見えないが、緩めた口元はハッキリと確認でき、圧倒的ピンチでありながら不敵な笑みを零すその姿に違和感を覚えていた。


「ククク。待ってたんですよ、この瞬間をっ――!」


 ミラは勢いよく顔を上げると、テーブルの左手に設置されたボタンを叩きつけた。そして、移動してきたサイコロを握っては、椅子から立ち上がって大きく叫んだ。


「救済処置を使用します!」 

 

――救済処置。それは、ミラが指定する”渦巻き”の像と、それ以外であるカジノ長の像との差が2マス以上ある今、連続で二回サイコロを振ることが出来る救済処置のルールが適用される条件が整っていたのだった。



「ちっ、無駄なあがきを」


 カジノ長は軽く舌打ちをするものの、ニヤリと口角を上げては不気味な笑みを零した。


(ふふふ……おバカさんですね。救済処置を使って二回連続”渦巻き”が出るのに賭けたのでしょうが……それでもあと1マス分足りないのですよ。通常であれば1/6の確率が二連続で出るのは運が良ければ起こり得るでしょう……しかし、このゲームに限ってはそれは”絶対に有り得ない”のです。もはや覆すことの出来ないこの状況、何をしても無駄なのですよ)


 

 ミラはそんなカジノ長を尻目に、まだゲームには負けていないと強い眼差しを放ち、手に持つサイコロを勢いよく投げ放った。


 そして、空間には突如襲い掛かる強風が巻き起こる。ホログラムに映し出されたサイコロの出目は、ミラの指定していた”渦巻き”だったのだ。


「まだまだぁ!」


 ミラはテーブル上のサイコロを強引に掴み取り、そのままテーブル上へと投げ入れる。

 テーブル上にて転がるサイコロは、縦横無尽に吹き荒れる強風によってあちこちに転げ回り、テーブルの端へとぶつかるとピタリと動きを止めた。


 ホログラム内には再び”渦巻き”の出目が表示され、ミラ側の像は2マス目へと進み、カジノ長側の像は3マス目へと移動した。だが”渦巻き”はミラの指定対象なので、カジノ長の”渦巻き”の像が3マス目へと足を進めてもルール上は無効扱いとなるのである。



「バ、バカな! 有り得ない!」


 驚愕の面持ちで青ざめるカジノ長は、八つ当たりをするかのようにテーブルを何度も蹴り飛ばしていた。


(何をやってるんだ! クソ! クソ!)


 しきりにテーブルを蹴り飛ばした後、テーブルに設置されたボタンを乱暴に押してはサイコロを握るカジノ長。そしてサイコロを持つ手を大きく振りかぶった時、それを遮るかのようにミラの声が響き渡った。



「待ってください! まだ終わってません!」

「なに!? もう二回振っただろうが! 次は俺の番だ!」


 もはやかつての礼儀正しく振舞う姿は無く、今のカジノ長は怒りと焦りで気が動転しているようだった。


「救済処置を使っただけです! 次の九回目は私の番ですよ!」

「ちっ――!」


 凛と佇むミラの姿に、カジノ長は大きな舌打ちを放つと、乱暴にテーブルへとサイコロを叩きつけた。

 ミラはボタンを押し、移動してきたサイコロを握りしめては椅子へと腰かけ、最後の勝負に向けた深呼吸をしていた。


 カジノ長も椅子へと腰かけ、ひじ掛けを掴んでは荒れ狂う強風に耐えるように身構え、早くサイコロを投げろと言わんばかりの威圧感を放っていた。しかし、カジノ長はあることに気が付いた。


(待て……おかしいぞこの状況。出目が指定対象の二連続というのは”演出”の一つかと思ったが、こんな状況になる組み合わせは用意していないぞ。まさか”仕込み”に何かあったのでは……そうだ、そうに違いない。マズイぞマズイぞ……あのガキの変な自信……もしもこれに負けたら、クビじゃ済まされないっ――)


「ちょーっと待ってください! 取引をしましょう!」


 慌てて笑顔を取り繕うカジノ長は、掌をミラに向けては一時ストップと促した。

 ミラは深呼吸を止めると、きょとんとした面持ちでカジノ長と向かい直った。


「あなた達の実力は十分に分かりました! すみませんねぇ、試すようなことをしてしまって。どうでしょう、このゲームを白紙に戻させては頂けませんかね?」


 冷や汗を流しながらにこやかに手をすり合わせるカジノ長。だが、そんなカジノ長を見つめるミラの表情は眉をひそめていた。


「このゲームを無かったことにして、私達が勝ったらもらえるはずのカジノコインはどうするんですか」

「そ、そうですねぇ……」


 カジノ長の額を流れる冷や汗は量を増し、ダラダラと顔中を流れ出した。


「ほ、他のゲームの必勝法をお教え致します! 配当の高い物から優先にいくつか教えますので、時間はかかるでしょうが間違いなくこのゲームで得られたはずの分のカジノコインが保証されるように致しますので! ど、どうでしょうか?」


 探るように伺うカジノ長だったが、ミラの目つきは更に鋭さが増し、それに当てられたカジノ長は小さく震えあがった。


「ひっ――! す、全て! 遊戯スペースにあるゲームの全ての必勝法をお教え致します! こ、このゲームに負けてしまうと、私は多大な損失を負ってカジノ長の任を解かれてしまいます。いや、クビどころじゃ済まなくなってしまうのですよ! だから、人助けだと思って……その……お願いします」


 怯えるように小さくなるカジノ長を尻目に、ミラは冷酷な目つきで静かに口を開いた。


「あなたは、自分が助かる為に一緒に働く仲間たちを売るのですか?」


 カジノ長は怯え上がっては勢いよく立ち上がり、両手の掌をミラに向けては必死の形相を浮かべている。


「違うんです! し、死にたくないだけなんです! お願いします! サイコロを振らないでください! な、なんでも好きな物を買って差し上げます! 高級な服でも、貴族しか食べられない料理でも、それこそ家でもなんでも買いますから!」


 ミラは下を向いてスッ立ち上がり、ゆっくりと顔を上げるとにこやかな笑みを浮かべていた。その表情に少し安堵の息を漏らすカジノ長だったが、次の瞬間ミラの表情は一変した。まるで虫けらを見るかのような凍て尽く視線でカジノ長を見下し、微笑みから無機質な表情へと変えると口元だけを動かして一言呟いた。



「地獄へ堕ちろ」


 そして、その言葉と同時に手から滑り落ちるように無造作にテーブルへと転がるサイコロ。カジノ長は顔を真っ青にしては口を開けたまま大きく震えている。



 九回目、動きを止めたサイコロの出目は――”渦巻き”だった。



「う、うわぁああああああああああ」


 その瞬間、カジノ長はなりふり構わず走り出し、部屋の扉を強引に開けてはその場から逃げ出して行った。

 ホログラム内ではミラ側の”渦巻き”の像が3マス目へと進んでいて、ミラの目の前には大きく”WIN”の文字が映し出されていた。



 ゲームが終了したことによりホログラムは消え、吹き荒れていた風も止んで、最初の薄暗くて静かな空間へと戻っていた。



「「「「やったぁー!」」」」


 ミラ、マイン、ルル、ナオミは両手を上げて大きな喜びの声をあげ、本来静かな空間とは思えぬほどきゃーきゃーと騒ぎ回っていた。

 そんな中で一人ジークは目を閉じ、腕を組んでは思考していた。



 今回のダイスゲーム、ルールもしかりだが圧倒的にカジノ側が有利な条件だった。それは、明らかにイカサマが組み込まれたあのサイコロだ。あれは”磁鉱石”という磁力に反応する性質を持った鉱石で作られていた。最初のテーブル上をスライドしたときにその原理を確かめたのだが、プレイヤー側のテーブルの淵に仕込まれていた電流が流れる部分に引き寄せられている仕組みだった。だが、それと同時にサイコロの六面全てが別々の磁力反応を持ち、電流の発生源にも違和感を覚えた。……タネが解れば後は簡単だ。俺は二つの状況を作り出した。

 一つ、『幻送ノ魔眼』を使ってまずその仕掛けを奪い取った。相手はカジノ長……でなはく、テーブルの中に隠れ潜む”第三者”だ。隠れていたのはデンキウナギをベースとした魚人だった。大方、体内で発生させた電気をテーブルに流して、任意のサイコロの面がテーブルに接するように引き付け、カジノ長が絶対に勝てるように本来は出目のコントロールをしているのだろう。あのウナギの魚人は『電気操作』という特性を持っていた。俺はあいつに身体機能に関する情報を奪うことが出来る「剥奪系・魔眼」の『幻送ノ魔眼』を使い、身体機能に付随する『特性』を奪い取ったのだ。後は『素粒子支配』を用いて体の中に電気板の細胞を構築し、発電する。『物理攻撃無効』の特性がある以上、自分で感電することもないし高い電圧を得たとしてもダメージを受けることもないしな。そして奪い取った特性の『電気操作』で体内で作り出した電気を操れば俺にも同じことが出来たのだ。だが、ただ単にサイコロの出目を支配してはダメだ。第二・第三のイカサマを隠している可能性を考慮して、出来るだけ勘付かれない様にしなくてはならなかった。

 そこで二つ目だ。俺は部屋中に設置された妙な装置に気付いていた為、おそらく天候を演出するためのものだろうと推測していた。それを確かめる為にも初回は指定対象である”渦巻き”を出目としてコントロールし、状況判断を兼ねて様子を見たのだ。結果は思った通り、予想以上の演出が起きた。テーブルの中に隠れていたウナギの魚人は、その中から上空にあるホログラムの状況を伺っていた。それは、あのテーブルの天板がマジックミラーのような性質を持っていた為、中からは見ることが出来るが、テーブルの外からは見えないような仕組みになっていたのだ。他のイカサマがあった場合、ゲームの進行状況を分からなくさせる為にも手を打っておく必要性があった。そこで俺は二つ目として”天候をコントロール”することにしたのだ。まずは晴れさせて空間内の温度を上げ、次に雨を降らせて湿度を得る。温度が下がり切らずに蒸し暑さが残っている状況での雪とあらば、水蒸気を含む空間内は霜に覆われ、水たまりとなっていたテーブル部分には氷が張る。水の中から空を見上げると太陽の明るい光が見えるが、水面に分厚い氷が張ると光は遮断されて暗闇と化す。それを表現したことでテーブルの中に隠れていたウナギの魚人は、天板に張った氷の層で視界を遮断されホログラムを確認することが出来ない状況を作り出したのだ。あとは氷が無くならない様に調整するとともに、最終的に手の打ちようがなくなるラスト付近に救済処置を使用できる条件を作り出せばいいだけだった。七回目でミラが出した”カミナリ”は、救済処置の条件を得るために”わざと”コントロールしたのだからな。

 カジノ側には第三者からも状況が見えて、サイコロの出目もコントロールできるといったイカサマ……そのイカサマをそっくりそのまま返してやったのだ。

 ククク。あのカジノ長、自分の手の平で転がしていたと思っていただろうが、実際には俺がこのゲームを支配し、手の上で踊らされていたのはお前の方だったのだ。





 カジノの二階部分にて遊戯スペースを眺める領主、グルーエル。その視界の先には、必死の形相で何かから逃げるように遊戯スペースを走り抜けるカジノ長の姿を捉えていた。


「おやおや、あのカジノ長の様子を見ると負けましたか。まさかあのゲームで勝つことが出来るとは……そんな人物はクラマ様以外考えられなかったのですがね。どうやらただ遊びに来たわけではなさそうだ。目的を知る為にも、コンタクトを取ってみますかね。ぬふふ……それに、金を生み出すことにも繋がりそうですしね。ぬふふ……ぬふふふふ」


 グルーエルは一人呟き、口に手を当てては不気味な笑いを零していた。





 ダイスゲーム『六面天候』が行われていた部屋。ゲームを終えたミラ達はそこから立ち去り、ただ静寂だけが包み込むその空間で体育座りをしながら暗い表情を浮かべる男の姿があった。その男はデンキウナギをベースとした魚人。イカサマの仕掛けを担当する下っ端の従業員だった。その男は一つ溜息を尽くと、ボソッと一言呟いていた。



「俺……いつ出られるんだろ」

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