8|いちばん大切なもの
その日は、とつぜんやって来ました。
「あれ?」
ヌールが、ふらりとよろけました。
あおいがふりむいたときには、ヌールは、地めんにたおれこんでいました。
「ヌール!」
かけよると、ヌールのいきは、ぜえぜえと、くるしそうでした。
顔は、まっ白です。
「ヌール、ヌール!」
あおいが、何どよんでも、ヌールの目は、ひらきません。
「クロ、早く!」
クロは、すぐにヌールをせなかにのせると、大きなつばさで、一気に空へまい上がりました。
びょういんにつくと、おいしゃさんが、いそいでやって来ました。
ヌールは、ベッドにねかされ、あおいはそのとなりで、ただじっと、見まもることしかできません。
しばらくして、おいしゃさんは、しずかに首をふりました。
「これは、わたしのくすりでは、なおせないびょうきです」
あおいは、クロを見上げました。
「クロ、ヌールをたすけて」
クロは、ヌールをじっと見つめると、しずかに言いました。
「このおねがいは、とても大きい。この子のいのちをすくったら、あおいのねがいをかなえる力は、もうのこらないよ。それでもいいの?」
まわりに、大人たちがあつまって来ました。
「あおいちゃん、まって」
「その大切なねがいを、自分のために、つかいなさい」
「国のために、つかうべきだよ」
「せかいじゅうの、たからものをあげるから」
大人たちの声が、あおいをとりかこみます。
でも、たからもの。おかし。国のため。
大人たちが言うものは、どれも、あおいにとって、一番大切なものではありませんでした。
あおいにとって、一番大切なのは、もっとべつのものでした。
はじめて「こんにちは」と、声をかけてくれたこと。
黒いかみをこわがらずに、いっしょにあそんでくれたこと。
そして、これからも、ヌールとすごせる時間。
あおいの答えは、はじめから、きまっていました。
「いらない」
あおいは、大人たちに、はっきりと言いました。
「たからものも、いらない。国のためとかも、分からない」
あおいは、ヌールのそばにひざをついて、いつもの歌を歌いはじめました。
「くーろ、くーろ、かなえてちょうだい♪」
そこまで歌うと、あおいの声が、ふるえました。
ヌールのいきが、ヒュー、ヒューと、かぼそく鳴っています。
「ヌールを……」
つづきが、出てきません。
目から、なみだが、ぽろぽろとこぼれおちました。
あおいは、なみだをぬぐいながら、それでも言いました。
「ヌールを、たすけて。クロ。おねがい」
クロは、あおいを見つめました。
そして、いつものような、大きな声ではなく――
「ヤッラ。」
しずかに、そう言いました。




