ホワイトアップルのクリームプリン【神】
「どーーん」
ドカーン
「やーー」
チュドーン
「えいやー」
カッ
オリュンポスの闘技場で無邪気に遊んでいる共生の蛇竜─テュポーン。片方は幼い少女、もう片方は赤く燃えるような鱗を持った大きな竜。幼い少女の胸元には黄金色に輝く果実型の神器「マナ」が暴れる度に揺れ、さらに光り輝く。普段のテュポーンは大人しいのだが、何かスイッチが入ると破壊衝動に駆られ、あちこちで暴れ各地に結構な被害をもたらしていた。そこで、オリュンポスの神であり最高神であるゼウスが、このテュポーンの力を抑えるため、果実型の神器をテュポーンに与えた。これでもかなり力は抑えられているはずなのだが……闘技場の中は既に大きなクレーターのような穴ぼこがそこかしこに出来上がっており、テュポーンと手合わせしていた兵士たちは恐れをなしてみんな逃げ出してしまった。
「あれ。もう終わりなの? ぶう」
まだまだ暴れたりないテュポーンは不満そうに頬を膨らませ、相方の手をぎゅっと握った。
「ちゅぷ、もっと遊びたい」
手を握られた相方は優しく諭すように手を握り返すと、自分の上に乗るよう頭を低くした。
「でも……ちょっと……疲れたかも……」
うんしょうんしょと言いながら少女は、相方の頭に乗り体を預けると、すやすやと寝息を立てて眠り始めた。
「なんじゃ。一体どういうことになっておる」
用事が済んだ最高神のゼウスは、体を動かしたいと言っていたテュポーンの様子を窺うために闘技場へ赴いたのだが、その光景に息を飲んだ。闘技場内部にはいくつものクレーターができあがっており、医務室では衛生兵が本気の治療を行っていた。
「頑張って! 薬の補充、お願い!」
「移動するわよ! せーの……!」
ゼウスは思っていた以上にテュポーンの力が凄まじいことに気が付き、このままではいずれここオリュンポスが破壊されるのではないかと思うようになった。
「すまんの……わしのせいなんじゃ」
治療にあたっていた看護師にぽつりと呟くと、看護師は一瞬驚いた顔を見せたがすぐに表情を戻し患者に向き直った。
「ゼウス様。今はそんなことを言っている場合ではありません。もし、責任を感じていらっしゃるのなら、それをどうにかすることが大事なのではないでしょうか」
きりりと冷たい冬の風のような言葉がゼウスの耳に入ると、ゼウスは何も言わず医務室を後にした。
(これは……いよいよまずいことになりそうじゃのう……なんとかせねば……)
穴ぼこだらけの闘技場を見て、ゼウスはそう決意するとテュポーンの気配を頼りに地を蹴った。
テュポーンを探すこと数十分。大きな丘の上ですやすやと寝息を立てているテュポーンを発見したゼウスは、安心したのと同時にどうも複雑な気持ちを抱いたままゆっくりと地に足を下した。こんな可愛い子にこんなことはしたくないのだが、これもこの世界を破壊されないようにするためだと何度も自分に言い聞かせ、ゼウスは腰を低くし寝息を立てているテュポーンに優しく声をかけた。
「テュポーンや。気持ちよく眠っているところすまんが、ちょっと話を聞いてくれんか」
「……んー。なぁに……ゼウスの……おじちゃん?」
眠たい目をこすりながらゆっくりと上体を起こすテュポーン。ふわあと大きな欠伸をひとつ、また眠そうに目をこすると、ゼウスに何かあったのかと尋ねる。
「そうじゃ。お主と一緒にちょーっとばかり、お勉強をしなくてはならなくての」
「……えーー……お勉強、いや」
「なに。そんなに身構えなくてもいいんじゃ。お勉強といっても、戦い方についてのお勉強じゃ」
「戦い方……? 体動かすお勉強?」
「そうじゃ。これからわしと一緒に魔物を退治に行こう」
「えーーーーーー。おじちゃんと」
明らかに「嫌だ」というオーラを放ちながらテュポーンがいうと、ゼウスはむむむと唸りながら「アメをあげよう」と提案した。すると今度はテュポーンの目がきらきらと輝き、やる気を見せた。
「ちゅぷーの分もくれる?」
まさかの相方の分も要求されるとは思っていなかったゼウスは、一瞬声が曇るも快諾(?)し、これから魔物退治へと向かうのであった。
「……と、その前に。ほい」
「お……おおおお。おじちゃん。ちゅぷーになにしたの」
ゼウスが指をくるくると回し、テュポーンに指を指すとテュポーン(竜)の体がきらきらと輝きだし次いでテュポーン(少女)の体もきらきらと輝いた。
「なんか……力があふれてくるような感覚」
「これからゼウスおじちゃんと魔物退治するにあたって、大事なことを先に言っておこう。力を抑えることを考えながら戦うんじゃ。ちゃーんとおじちゃんのいうことを守ったら……アメをたぁんとあげよう」
「おお……アメ。がんばる! ね、ちゅぷー!」
「ほっほっほ。頼もしいの。では、早速……」
「れっつ、魔物退治!!」
暴れたくてうずうずしているテュポーンをゼウスが誘導し、辿り着いたのは冥界の入り口だった。そこには生きた者の魂をすすろうと亡者で溢れていた。この冥界は兄であるハデスが治めている地であり、多少のことなら目を瞑ってくれるだろうと勝手に思いここで戦い方の勉強を始めることにした。広さも高さも闘技場の比ではないくらいにあるので、テュポーンが暴れても大丈夫だろうと思ったゼウスは我ながらいいアイデアだと自画自賛していた。
「どれ、ここはわしが……」
戦装束に着替えたゼウスがまずは挨拶代わりとばかりに、亡者たちに向かって拳を突き出すと拳の直線状にいた亡者たちはあっという間に光の粒と化した。辺りに被害を出さず狙ったものだけをやっつけるという方法をテュポーンの目の前でやってみせると、テュポーンは「やりたいやりたい」と手足をばたばたさせながら実践してみると、あっさりとそれをやってみせた。
「どりゃー」
「おお。できてはいるが……やりすぎんようにな……」
できているのだが、どこか危なっかしいそんな素振りを出しながらもテュポーンは確実に力の使い方を体に覚えさせていった。これには亡者たちも黙ってはいなかった。こいつらはヤバいやつらだと認識した亡者たちは、深淵から亡者の群れを呼び出すとまるで荒れ狂う大海原のように押し寄せてきた。
「むぅ……これはすごいの」
「はいはーい! テュポーン、いきまーす。ちゅぷー、いくよ?」
二人は息と力を合わせて亡者の群れに力を開放すると、亡者たちはきれいさっぱり消え去ってしまった。こころなしか暗かった冥界がほんの少し明るくなったような気がしなくもなかった。
「だいしょーり! ぶいっ!」
「これは想像以上じゃな……」
堂々と勝利のブイサインをしたテュポーンに対し、テュポーンの中に眠る隠された力の奔流に驚いている最高神ゼウス。だが、逆を返せばこれを制すればきっといいことがあるのではないかと考えたゼウスは、約束通りテュポーンにたくさんのアメをプレゼントするため、ゼウスの住まう神殿へと転移魔法を展開し、不純物がある程度取り除かれた冥界から脱した。転移魔法で移送されている間、テュポーンは「アメだ♪アメだ♪」とずっと小さく歌っていた。




