カスタードたっぷりのミルフィーユ【神】
寒空の下、一人の戦神が歩いていた。白銀色の鎧を身に纏い、同色の双剣を腰に納めている。腰の高さを優に超す長さの髪は左右のトップで丸めてから、それぞれ左右にだらりと垂らしていた。時折吹く冷たい風は、ヴァイセの長い髪で遊ぶかのように撫でながらどこかへ飛んでいくと、くすくすと笑いあっていた。
「……」
これまで幾千幾万の戦いに身を投じてきたヴァイセは、今の自分は果たして役に立っているだろうかと悩んでいた。剣技については申し分ないのだが、いかんせん自身に力がないためあともう少しというところで負けてしまうという場面に遭遇することも多かった。
「もう少し……わたしに力があれば……」
ふと立ち止まり、自分の右の手のひらを見てそう呟くと悔しさからか、ぐっと力を込めた。もっと自分に力があれば、たくさんの戦果を挙げることができたのに……もっと……もっと力があれば。自身の不甲斐なさにぎりりと歯を食いしばりながら、ヴァイセは行く当てのない旅を再開させた。今嘆いても仕方がないと自身に言い聞かせ、ふらりふらりと歩を進める。
急に風が強くなり、ヴァイセは思わず身を縮こませた。
「……寒いな」
まさかこんなに寒くなるとは思っていなかったヴァイセは背中の荷物から汚れた外套を取り出し、一時的に寒さを凌いだ。いつまで防寒ができるかはわからないが、ないよりはましだと考えたヴァイセは躊躇いなく身に着けると、再び足を動かした。
やがて遠くの方で小さな町を見つけたヴァイセは、安心したのか頬が少し緩んだ。体が冷え切る前に町に辿り着くと、そこは活気に溢れていた。もう夜になろうとしているのに、町のあちこちではそんなことなどお構いなしとばかりに元気が飛び交っていた。
「こっちの商品、おすすめだよ! 見ていってくんな!」
「ここで手に入れなかったら二度と手に入らないかも?!」
「さぁさ、新鮮な野菜や果物。たっくさん用意してるよ」
「……うわぁ……」
その活気に圧倒されたヴァイセは思わず魅入ってしまった。みんなの顔がこんなにもきらきらと輝いていて、とても楽しそうに笑っていて、なにより元気いっぱいだった。
「と、とりあえず宿を手配しないとだな」
町の人たちの声にびっくりしながら宿を探していると、ぼんやりとした暖色の明かりに照らされた「INN」の文字が見えたので、ヴァイセは静かに扉を押して中へ入ると軽快なドアチャイムの音が耳を打った。
カランカラン♪
「あら、いらっしゃい。おひとりかい? ちょうどひと部屋空いてるんだ」
受付の奥から元気な女将さんが顔をひょこっと出し、宿の空室状況を教えてくれた。どうやらあとひと部屋しかないらしく、これを逃すと野宿決定だそうな。そこまで言われてしまってはと思ったヴァイセは宿帳にサインをし、手続きを行った。
「ヴァイセさんね。宿泊、承ったよ。これが部屋の鍵さ。部屋はそこの階段を上がって突き当りを右に入ってすぐのとこさ。ごゆっくり♪」
女将から部屋の鍵を受け取り、言われた通りに進んでいくとすぐに目的の部屋は見つかった。扉を開けると、中は必要最低限の家具がきれいに並べられていた。清潔なシーツで包まれた少し大きめのベッド、白を基調とした小さなデスクに一輪挿しの花瓶には名の知れぬ綺麗な花が挿されていた。赤とオレンジ色の花弁はまるで太陽を思わせるなんともエネルギッシュな印象を受けたヴァイセは、心がじんわりと温まるのを感じた。窓からは町の人たちの活気ある様子を見ることができ、見上げれば空には大きくてまん丸の月がふわりと浮かんでいた。
「わたしも何か見てこようか」
町の人たちの活気が気になり、ヴァイセは必要最低限の荷物を手に宿を出た。あっちでは新鮮な果物や野菜を売っていたり、こっちでは陶器を売っていたり。はたまた焼きたての食べ物を販売していたりと様々だった。かつてこんな賑わった町を見たことがなかったヴァイセは胸の高鳴りが抑えられないほど、興奮していた。
「まずは……腹ごしらえだな」
興奮したままヴァイセが選んだのは、目の前で豪快に焼き上げるお肉だった。目の前でごうごうと音を立てる炎を巧みに操りながら肉を焼き上げる姿はまさにプロフェッショナルだった。
「ほいよ。熱いから気を付けて食うんだぞ」
「かたじけない」
まるで生きているかのような炎で焼き上げられた肉に齧り付くヴァイセ。甘くも辛いタレが染み込んだ肉は驚くほどに柔らかく、ジューシーだった。空腹も手伝ってか、大きな肉はあっという間になくなってしまい、残った骨を少し名残惜しそうに見つめるヴァイセだったが、ちゃんとお礼を言ってから屑籠へ捨てると散策を再開させた。
それからヴァイセは気になった店に手当たり次第に入り、心が動いた商品を手にとり喜んでいた。この町に入ってからヴァイセは、今まで押し殺していた何かから解放されたかのように笑っていた。
「ふう。満足満足。そろそろ宿へと戻るか」
手ぶらで出発していたのに、今では両手に買い物袋を抱えてるまで買い物を楽しんだヴァイセはほくほく気分で宿へと戻ると、女将が締め作業をしていた。
「あらヴァイセさん。おかえりなさい。たくさん買い物ができたみたいで」
「ああ。この町の不思議な力であれこれ買い物をしてしまった。……ここまで買い物をしたのも久しぶりだ。なんだか、とっても楽しかった」
「そう。それはよかったわ。あのね、この町の活気はね、一時的じゃないの。ずーっとこのままなの」
「……そう、なのか?」
「ええ。ここは大きな都市へ行くために必ず通る町なの。だから、嫌でも冒険者さんたちはここを通らざるを得ないの。だから、その人たちのために色々な便利なアイテムや美味しい食事が並んでいるの。ちょうど、今のヴァイセさんと同じかしら」
「……なるほど。ここで英気を養って出発ということか」
「そういうこと。だから、ヴァイセさんもここで目いっぱい自分にご褒美をあげちゃってね。今のあなた、ちょっと無理していたように見えたものだから」
「……」
女将の一言に思わず言葉を失ったヴァイセ。その沈黙は言い当てられたことによるものなのだが、女将はそうではなくヴァイセの気分を害してしまったと勘違いし、焦って手と首を振った。
「ご、ごめんなさいね。気に障ったのなら謝るわ」
「いや。間違っていない。よくわかったな……」
「なんとなく……ね。だから、この町の活気で元気をチャージしていってね」
「そうさせてもらう。ありがとう……しばらく世話になる」
「いいわよ。ゆっくりしていってね」
女将に挨拶をし、自室へと戻り荷物をどっかと置き椅子に腰かけたヴァイセはふと窓の外を眺めた。まるで無限に体力があるかのような町の人たちの活気に、ヴァイセの英気はじわりじわりと回復していった。それと同時に、ヴァイセの中に言葉にできないむず痒さが生まれた。
「……これはなんだ……」
得体の知れないことに戸惑い、あれこれ考えてみたのだが結局原因がわからず、時間だけが流れていった。とにかく、今は自身に休息が必要だと訴えているのだと思うことにし、軽くシャワーを浴び、そのまま床へ就いた。
翌朝。気持ちの良い朝日に目を刺激されたヴァイセはゆっくりと身体を起こし、うんと伸びをした。こんなにぐっすりと眠ったのはどれくらいぶりだろうと思いながら洗面所へ向かい、軽く洗顔を行い鏡を覗き込んだ。そこには今までの疲れた顔ではなく、どことなく明るい表情へとなっている自分の顔が映っていた。
「……なんだろう。心のつかえが取れたというか、充実感に満たされているというか……」
昨日の活気ある町の人たちを見たことや、美味しい食事にありつけたこと。心が動かされた物品を購入するという普段ではあまりない行動ひとつひとつが、今のヴァイセの心の豊かさを育てているのかもしれない。しかし、昨日就寝前に感じた言葉にできないむず痒さの原因はまだ判明しておらず、ヴァイセはどうしたものかと悩んだ。
「……このむず痒さは一体なんなのだろうか」
この町に来てからこの違和感は生まれ、小さな思考の隙間に入り込みヴァイセを悩ます存在となった。なんとも言えない表情のまま、ヴァイセは窓の外を眺めると、まだ朝早いというのに町の人たちはせっせと店を開ける準備をしていた。
「……精が出るな。ちょっと散歩にでもでかけるか」
気持ちを切り替え、ヴァイセは昨日と打って変わって静かな町を散策することにした。そうすれば、少しでも気は紛れるだろうから。
宿の外で朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、朝露に濡れた草木の香りがヴァイセを包み込んだ。爽やかな空気にほんの少しだけ気分があがったヴァイセはぐるりと町を一周すると、今までの自分からは想像もしなかったくらい、いろんな人に話しかけ情報を得ていた。ひとつ得る度に知識が増え、また一つ増える度に笑みが増えていったヴァイセはいつの間にか笑顔を取り戻していた。その笑顔のまま、町はずれにある小さな祠のようなものを見つけ祈りを捧げると一旦宿へと戻った。宿に戻ると女将が簡単な朝食を用意してくれていて、食堂には焼きたてのパンと大きなハムエッグが美味しそうな香りを放ち、ヴァイセを誘っていた。
「おはようヴァイセさん。朝食の用意ができたから呼びに行こうと思っていたのよ」
「そうだったのか。ちょうど朝の散策を終えたところだったんだ」
「あらそうだったの。昨日とギャップがあったでしょ?」
「そうだな。それでも、色々な人たちと話をすることができて、とても充実だった」
「そうなのね。それはよかったわ。さ、冷めないうちにどうぞ」
「ああ」
ヴァイセは朝食を摂り、女将に礼を言ってから再び町へと出ると既にいくつかの店は営業を始めていた。そして、あの活気ある声が町の中に響くのと冒険者たちが入ってくるのは同時だった。
「いらっしゃい! 旅の必需品は当店で!」
「ポーションはきらしてないかい? うちの特製ポーションはおすすめだよ!」
「旅のお供に美味しい食事はいかがかな?」
入ってきた冒険者たちは、最初ヴァイセが入ってきたときと同じ顔をしていた。呆気にとられ、びっくりしている様子がすぐにわかった。それほどまでに、この町の人たちの活気というのはパワーがある。そのパワーに呼応するかのように、ヴァイセの中で小さく小さく脈打つ何かが生まれた。
「……これは……」
自身の胸に手を当て、とくんとくんと自身の命の太鼓を感じるヴァイセ。その音色はとても力強く、何かを破ろうとしているようだった。それと向き合おうと、ヴァイセは人気のないところで今までに起きた出来事を順番に並べ、じっくりと考えた。そうして並べられた絵札をじっくりと眺め、そして感じたことを思い返すと一つの答えが導き出された。
「……これは……新たな可能性……なのか?」
今まで自身にもう少し力があればと悔やんでいた自分、無我夢中で戦い戦果を挙げていた自分。そして、町の人たちから貰った活気という名のエネルギーを吸収し満たされている自分。これらが全て一体となると、ヴァイセの中に眠っていたもう一つの可能性がゆっくりと目を開いた。
「わたしの剣は、ただ勝利のために振るうのではない。戦いの果てに芽吹く未来こそ、真の栄光だと知れ……」
ただ勝利ことだけが重要ではない。勝利し、その先にことを見据えることこそが大事だと気が付いたヴァイセは人知れず、装いを改めていた。まるで七色に輝く銀河のような双剣を手に、迷いのない瞳はこの先のことを考える道標のよう。腰元からなびくヴェールのようなものも双剣と同色に輝いており、見る角度によってはまるで銀河そのものを見ているかのような錯覚を覚えてしまうほど、美しい。
「この町の人たちから沢山の活気を貰った。この笑顔のおかげで、わたしも心を解放することができた。ならば、町の人たちも、この町を訪れた人全員を、この世界の人たちを守るため、この剣を振るうことを誓おう。それが、今のわたしができる恩返しだ」
抜いた双剣を納め、高ぶる気持ちをゆっくりと静めながら宿を出る支度を始めるヴァイセ。残念ながら女将に挨拶をすることは叶わなかったが、部屋の中にあった小さな便箋に今の気持ちを書いて宿を、そして町を後にした。またこの町へ来たいという思いを胸に、ヴァイセはあえて何も言わず旅を再開した。
ヴァイセが去ってから数時間後。大量の荷物を抱えた女将は宿帳に何かが挟まっていることに気が付き、その場で荷物を下ろし宿帳を捲った。
「あら……うふふふふ」
そこにはきれいな字でこう書かれていた。
─行ってきます。そして、また元気が足りなくなったとき、お邪魔します。




