★甘癒星屑飴【神】
じりじりと照り付ける太陽。そんな太陽に熱せられた静かな熱風。見える陽炎。窓の外を見たら一瞬で「出たら危険だ」と判断できる程暑い暑い日。本来音で涼しさを届けるはずの風鈴も、あまりの暑さに職務を放棄し、力なくぶらんとぶらさがっていた。
こんな暑い日に外出してしまったことを少し後悔している少女がいた。大きな木の下で月のゆりかごに腰を下ろし、星々の瞬きを模した天球儀を手にしながら額の汗を拭っていた。名前はアステール。深い青のショートヘアーを輝く星を模した髪留めで結わい、髪留めの先端には真っ赤なリボンがアクセントになっていた。アステールの使命は落ちた星々を拾い、夜空に還しながら旅をしている。誰かが星に願いをかけ、それが叶うとそれはきっとアステールが拾った夜空から落ちた星が無事に還ったと信じられている。すべての願いが叶うわけではないが、それでも一つでも願いが叶えばきっとそうなのだろうと思う人はおり、アステールは星の精霊と信じられており、どこかの場所では信仰の対象となっている。
どこかで体を休めたいと思ったアステールは、辺りを見回していると段々と暑くなり、町を見つける前にこうして木陰で一時凌いでいた。
「はぁ……今年の夏も一段と暑いですねぇ……はぁ」
手でぱたぱたと仰いでもあまり涼しくないということはわかっていても、仰がずにはいられないそんな気候の中、アステールはこのまま動けなかったらどうしようかと考えていた。
「……夜になれば、少しは涼しくなるかもしれません」
日が沈めばきっと涼しくなるだろうと思ったアステールは、飲みかけの水を大事に飲みながら涼しくなるのを待った。
やがて日は傾き、少しずつ風に含まれていた熱も和らいでいき過ごしやすい気温にまで下がった。アステールは完全に真っ暗になる前にどこか町へと入りたいという思いから夢中で走っていると、遠くでぼんやりとしただけどどこか温かい明かりが見えた。その明かりを目印に走り、たどり着いたのはどこか異国情緒を感じる町だった。大きな楽器からは心地の良い重低音が体をびりびりと震わせ、甲高い笛の音色は胸の中をどきどきとわくわくを同時に盛り上げてくれた。
「はぁ……なんと賑やかな町なのでしょう……わくわくしますね」
すっかり町の活気に飲まれたアステールは天球儀を抱きしめながら町の中に入ると、自分と服と違うことに気が付いた。自分はローブに対し、町の人は色鮮やかな花や模様が描かれたものを身に着けていた。
「なんでしょう……とても気になります」
気になるのだが、なんて声をかけていいか迷っているとアステールの背後で「何か困りごとかい?」という声が聞こえた。声のする方を振り向くと、そこには心配そうにアステールを見つめている女性が立っていた。アステールは気持ちを落ち着かせ、事情を説明すると女性は「なるほど。よくわかったよ。それじゃあ、あたしについておいで」といい、アステールを手招きした。アステールはそれに続いて歩いていくとやがて大きな門扉のある家へと招かれた。どきどきしながら門扉をくぐると、そこは独特のいい香りのする部屋で、その両脇にはたっくさんの町のみんなが着ているような着物が並べられていた。
「わぁ……すごい数です」
「そうだろ? うちは呉服屋を営んでるんだ。お嬢ちゃんの希望の服があるか、言ってみな?」
「え……いいのですか? えっと……きらきらしたものってありますか?」
「きらきら……ねぇ。ちょっと待ってて」
そういって女性は何やら調べ物を始めると、とあるページでめくる指を止めて場所を確認していた。女性は迷わずにその場所へと行くと手に一着の着物を持って戻ってきた。
「一着だけあったよ。そういえば、注文を受けたのにその人ったらどこかへ引っ越しちゃったんだ。せっかくだし、お嬢ちゃんが着ていきなよ。お代はいらないよ」
「え……そ……そんな……」
「いいっていいって。代金だって支払っていったのにいなくなっちゃったんだから。それに、この着物もこのまま忘れられるより、嬢ちゃんに着てもらいたいってそう思ってるよ」
「……」
「さ、奥に試着室あるから着替えておいで」
「あ、はい。ありがとうございます」
さらさらとした生地にうっとりしつつ、アステールは見ず知らずの女性にいただいたきらきらした服を受け取り着替えた。慣れない部分は女性に手伝ってもらいながら着替え終わり、姿見で全身を確認するとアステールの元々の神々しさと可愛らしさが増したようないで立ちだった。アステールの髪色と同じの帯、純白の袖は少し長めにできていて、完全に手を出そうとすると少しまくらないといけない程長かった。裾はまるで青色のオーロラのように段違いで色使いが違っており、なんとも涼し気だった。
「おお。ぴったりでよかったよ。うん、似合ってる!」
「わぁ……とってもきらきらしてて素敵です」
「せっかくだし、今日はうちの町のお祭りがあるんだ。楽しんでおいで」
「お祭り……ですか?」
「ああ。美味しいもの食べたり、盆踊りしたり楽しんでおいで」
「あ……ありがとうございます!」
「喜んでもらえてこちら側としても嬉しいよ。気を付けていってらっしゃい」
こうして女性が営むの呉服屋を後にし、アステールは改めて町の中へと繰り出した。慣れない履物に苦戦しながらもゆっくり一歩ずつ町の中へと入っていくと、あっちでは甘い香り、こっちでは香ばしい香りと見ていてそして歩いていてとてもわくわくしたアステールは自然と笑みが零れていた。
たくさんの人に目を泳がせながら歩くアステールの足を止めたのは、一つのお菓子だった。そのきらきらしたお菓子はアステールを一瞬で魅了し、虜にした。
「きらきらしたお菓子……素敵です」
それは所謂りんご飴なのだが、アステールにとっては未知の領域なそのお菓子は普段内気な性格を振り払い、気が付けば自ら店主に声をかけていた。
「あの、このきらきらしたお菓子、いただけますか?」
「お? ああ、りんご飴か。はいよ。落とさないようにな」
りんご飴と言われたきらきらしたお菓子を手に取ったアステールは店主に頷き、しばらく道の端っこでりんご飴を見つめていた。
「なんてきれいなんでしょう。お味は……はむっ……」
かりっとした甘い食感のあとに、甘酸っぱいりんごが追いかけアステールは頬を緩ませた。
「美味しいです。冷たくって甘くって……うふふ」
一口食べる度に甘味が増していき、りんご飴の色も彩りを増していった。それはこの町に住んでいる人の楽しいという気持ち、嬉しいという気持ち、感謝という思いがアステールが手にしているりんご飴に反映されているかのようだった。
「みんなの楽しい気持ち、嬉しい気持ち、わたしのもちゃんと届いてます。この思い、必ず……必ず空に還します。だけど、今だけは……このきらきらしたお菓子と一緒に過ごさせてください」
ゆっくりと幸せを噛みしめているアステール。一口噛みしめる度に、人々の感情が沸き上がるような感覚を、必ず自分が感じた気持ちも添えて届けてみせると強く心に誓いながら空を仰いだ。空には幾千幾万の星々が瞬いていて、まるでアステールの声に返事をしているかのようだった。




