ココナッツのクラッシュアイス【魔】
「あっついわね……あぁああ……」
「何回も暑い暑い言うな。こっちまで暑くなるだろう」
とある魔界にて、暑さでぐだっている悪魔の女性二人が会話のドッチボールを行っていた。どちらかが言えばそれに対しもう一人が鋭い突込みを入れるを繰り返しもう何時間が経過したか……二人の額には大きな汗が浮かびぽたりぽたりと自分の足元を静かに湿らせていた。
常に自信たっぷりな地獄の業火を統べる者─アドラメレクと七つの大罪の「暴食」を司る悪魔─ベルゼブブは今後のことについて話がしたいとアドラメレクが無理やり押しかけてきてからずっとこの調子だった。話以前にベルゼブブの部屋思って以上に暑く、動くことさえままならない。
「……しっかし……なんなのよこの暑さ。魔界でもこんなに暑い日なんてなかったわよ」
「……このままでは脱水症状で意識が遠のくのも時間の問題だ……み、水……」
水を手に取ろうと動くも、暑さのせいで動きが非常にゆっくりで冷蔵庫まで到着するのにどれだけ時間がかかるか……。
「あぁああ!! もう!! 我慢できないわ!! ベルゼ!! 行くわよ!!」
「い、行くって……どこへ……!! うゎああ!! ちょっ、アドラ!! 離せ!!」
「あんなノロノロしてたらこっちまで干からびちゃうわよ! あたしはまだ動けるから、このまま担がせてもらうわ! 異論は認めないわ」
「あ、アドラ……離せぇええ!!!!」
ベルゼブブの抗議に耳を傾けることなく、アドラメレクはベルゼブブを担ぎ部屋を飛び出した。
「っぷ! ぷへぇ!! しょ、しょっぱい!!!」
「あ、気が付いた」
「おのれアドラ……って、ここはどこだ?」
「どこって……海よ海。暑くて暑くて我慢できなくって、考えた先はここってワケ♡」
「……だからといって、海に投げることないだろう」
「あら? さっきまで目を回して気を失っていたベルゼをこのあたしが介抱してあげたのよ? むしろ感謝してほしいくらいだわ」
「……くそ……」
アドラメレクがやってきたのは誰もいない海だった。白い砂浜に青く澄んだ海、空は雲一つない気持ちの良い青空が広がっていた。時折吹く風も魔界の風とは違い、爽やかだった。
「ここは……人間界……なのか?」
「たぶんね。無我夢中で走ってたからそこまで考えてなかったわ」
「……お前」
「でもまぁ、結果オーライでしょ? ほらほら、ベルゼも水着に着替えてさ、遊びましょ」
「……ふん」
アドラメレクから水着を手渡されたベルゼブブはまんざらでもない様子で受け取ると、そそくさと更衣室へと入り着替えを始めた。その間にアドラメレクはその辺にある露店からあれやこれやを借り、自分たちが過ごしやすいよう整え始めた。
「……待たせたな」
「お帰りー。って、あら。似合ってるじゃない」
暖色系の水着とパレオの組み合わせは思っていた以上に似合っていることにベルゼブブ自信も驚いていた。まさかこのような色合いのものを身に着けるとは思っていなかったベルゼブブはしばらくの間、水着と自分を見比べていた。
「中々いい選択だった。って、お前は何をしている」
ベルゼブブが不思議そうに見ている先には、緑色の球体を安定させているアドラメレクが映っていた。そして長い棒と白い布を軽く振り回しながら緑色の球体の周りをぐるぐる回っているアドラメレクにベルゼブブが尋ねた。すると、アドラメレクはさも当然かのように目をきょとんとさせながら答えた。
「え? あたし? 見てわからない? スイカ割の準備よ」
「スイカ……割? なんだそれは」
「え?? あんた、スイカ割も知らないの?? ぷふーーーー!」
「…………っっ!!」
アドラメレクがバカにしたようにベルゼブブを指さしながら笑っていると、笑われているベルゼブブは顔を真っ赤にしながら鋭い爪を振り上げたのだが、あっさりかわされてしまった。
「えぇえい! いちいち癇に障る笑い声を出すな!」
「だって……あんたがスイカ割知らないなんて思わなかったんだもん。じゃあ、このあたしがスイカ割のルールを教えてあげるから、しっかり聞きなさいよ」
「……」
悔しくて返事をする代わりにアドラメレクをぎろりと睨むと、アドラメレクは口笛を吹きながら緑色の球体を指さした。
「まずはこの白い布で目を隠して、この棒を起点にしてぐるぐる回るの。それから、もう一人の声を頼りに近づいて棒を振るの。それでスイカが割れれば成功。スイカが割れなかったり、見当違いなところに振り下ろしたら失敗ってわけ。ね? 単純でしょ?」
「……まぁ、わからなくもないものだが……」
「でしょ? なんかこれって、人間界で流行ってるみたいなのよ。実は前から気になっててさ。そんじゃ、始めましょ」
「って、わたしからなのか??」
「順番はどっちでもいいじゃない。あたしがばっちりナビしてあげるから、ちゃーんと割りなさいよ」
「……どうも不安しかないのだが」
「なんか言った?」
「いや。なんでもない。さ、始めようか」
白い布を目元に巻き付け完全に視界が遮られている状態のまま、棒を起点にぐるぐると回った。途中、アドラメレクも悪乗りで規定回数よりも多く回され足元がふらふらになりながら、アドラメレクの声を頼りに進んでいく。
「ほら、もっと右。右だってば。あんた右もわかんないの?? そうそうやればできんじゃない」
「くそ……まっすぐ歩けん……」
方向感覚が狂った足元はただでさえ歩きにくい上、砂の上となると動きにくさはさらにあがっていた。視界が遮られている今、頼りなのはアドラメレクの声のみの状況でベルゼブブは足元に何かがぶつかった感覚を覚えた。
「いいわよー。ベルゼー。思い切り振り下ろしていいわよー」
「……ここだな。いくぞっ!!」
ブォン
「いったーーーーーィ」
「あ……骨三郎」
「なんだなんだ?」
「あっはははははは!! 大成功!!! あっはははは!!」
スイカだと思って思い切り振り下ろした棒の先には、しっかりした紐に固定された頭蓋骨のような浮遊物の上だった。しかも喋った。
「おうおうナンだナンだ! 俺様の頭に棒を振り下ろすとは……いったぁ!!」
「骨三郎……うるさい。めいわく」
「ちっとは俺様の心配もしてクダさーい!!」
「……うちの骨三郎がうるさくしてごめんなさい」
骨三郎と呼ばれた頭蓋骨は納得がいかなそうにベルゼブブを睨んでいた。それもそうだろう。スイカだと思って振り下ろした先にはスイカではなく、昼寝をしていた骨三郎と呼ばれた頭蓋骨だったのだから。
「……すまない。なんと詫びたらいいやら……」
ベルゼブブは骨三郎にお詫びをすると、骨三郎は少し顔を赤らめながら「ふんっ!」とそっぽを向いた。隣にいた銀色の髪の少女は「きにしないで」と一言言うと「あたしはアズリエル。ついさっきあそびにきたの」と簡単な自己紹介をしてくれた。
「あ、ああ。わたしはベルゼブブで……あっちでバカ笑いしてるのがアドラメレクだ」
「うん。ねぇ、スイカ割してたの?」
「え? あ、ああ。そうなのだが……肝心のスイカがどこかに……」
ベルゼブブが辺りを見回していると、アドラメレクが遠くでスイカを高々と掲げているのがみえた。どうやら最初からスイカを割らせるつもりはなかったようだ。そうとわかるとベルゼブブはぎりりと唇を噛みしめながら睨んだ。今にも殴りかかろうとするベルゼブブをアズリエルが引き留めた。
「おこらないで。せっかくうみにきたんだから、たのしまないと」
純粋な彼女の言葉はベルゼブブの心を落ち着かせるには十分すぎるものだった。その一言で我に返ったベルゼブブは気が付かせてくれたアズリエルの目線に立ち「そうだな。すまない。頭に血が上っていたようだ」といいながらアズリエルの頭を撫でた。少し照れながらもアズリエルは小さく頷くと、アドラメレクを指さし「あ」と声をあげた。ベルゼブブはアズリエルの指す先を見ると、アドラメレクが持っていたスイカは骨三郎のいたずらにより、粉砕してしまったようだった。
「あ……ああああ! せっかくのスイカがぁああ!! 美味しいって聞いてたから楽しみにしてたのにぃいいい!」
悲しみと絶望が入り混じった悲鳴をあげたアドラメレクは、粉砕されたスイカをじっと見つめていた。ベルゼブブとアズリエルもすぐに駆け付け、粉砕したスイカを見つめているとばつが悪そうな骨三郎は「ああああ」と声をあげたまま浮遊していた。
「アドラ。店の人に聞いてくる。まだ希望を捨てるんじゃない」
もしかしたらまだ残ってるかもしれないと思い、ベルゼブブは店番をしていた人に聞いてみたのだが、どうやら最後の一個だったらしく、もう在庫もないという返事が返ってきた。
「アドラ……残念な知らせだ……」
「そんな……」
「おねえさん……うちの骨三郎がごめんなさい」
「アドラが悪いんじゃない。気にするな」
「でも……あたしが持ち出さなかったら……」
「ううん。悪いのはおねえさんじゃない」
「「骨三郎」」
ベルゼブブとアズリエルの声が重なると、呼ばれた本人は頭蓋骨を震わせた。七罪を司る悪魔と死の天使から同時に睨まれた骨三郎は身動きができずにいると、がしっと捕まれさっきよりも丈夫なロープで砂浜に固定された。
「ずみばぜぇええん!! 俺様が悪かったデスぅう!! だから……だから……勘弁してクダサーーイ!」
「骨三郎。たべもののうらみってこわいんだよ」
「せっかくの楽しみを奪った罪、償って貰うわよ」
「自身の愚かさを噛みしめろ……」
「い……いやぁああああぁぁあ!!!!」
アドラメレク、ベルゼブブ、そしてアズリエルの三人からこれでもかと叩かれた骨三郎の意識が戻ったのは、一週間後だった。




