ふわシュン! 綿あめアイス【神】
「今日は……少し遅いわね」
すっかり暗くなった森の中で一人の少女が呟いた。神話などによく出てくるエルフ族と同じようにピンと尖った耳、黒檀のような艶やかな黒髪。白を基調とした着物に身を包み誰かの帰りを待っている。名前は彩祥名花。彼女の歌声は枯れた木々に花を咲かせることができる不思議な力を持っていた。とある日、その歌声を利用しようとした悪い貴族たちに目を付けられ攫われてしまった。そして不思議な力がこもった歌で木々に花を咲かせることを見世物にしていた。元々歌うことが大好きな彼女はそれをよしとしていたのだが、時が経つにつれ歌うことを止めてしまった。理由は自然の摂理に反してしまうのではないかというものだった。木々や花々はそれぞれ咲く季節があるから楽しめるものであって、それらを無視しなんでもかんでも花を結ばせては……と感じるようになり、貴族たちに叩かれても歌うことはしなかった。
歌うことを止めてしばらく時が流れた日、彩祥名花が捕らわれている牢の外がやけに騒がしいことに気が付いた。何かあったのかと外の様子を伺うと、見覚えのある少年が貴族たちと戦っていたのだ。黒い羽織に鹿のように雄々しい角、顔の上半分を赤い仮面で覆い隠している竜人の少年─白梅雪花だった。まだ彩祥名花が捕らわれる前、歌を歌っているとどこからともなくやってきて、無言で聞き耳をたてていたのを覚えている。そして白梅の咲く寒さの厳しい季節、彩祥名花が今日も歌を歌っているとどこからか白梅雪花がやってきていた。そしてその歌に耳を傾けていると、白梅雪花のすぐ上にある枝から小さな蕾がそっと花を開いた。まるで長い眠りから目を覚ました子供のようなゆっくりとした動作で床から起きるかのようなそんなようにも見えた。その様子をふっと笑いながら見ていた白梅雪花。たまたま息継ぎのときに目が合い驚いて歌を止めると、それから二人は歌だけでなく自分たちの気持ちを伝え合う仲になった。
「白梅雪花……。白梅雪花なの?!」
無言で剣を振るう少年に何度も声をかける。集中を切らせてしまうかもとわかっているけど、まさか助けにきてくれるとは思っていなかった彩祥名花は目に涙を浮かべてその場に蹲ってしまった。やがて誰の声も聞こえなくなると、自分の背後で静かに何かが開く音がした。はっとして振り返ると牢の扉が開いていた。そしてその先に立っていたのは……紛れもなく白梅雪花だった。
「助けにきた。さぁ、今すぐここから出よう」
「え……いいの? わたし、自由になっていいの?」
「当たり前だろう。さ、急ごう」
白梅雪花の手を取り立ち上がると、少し強めの力で引っ張られそのまま牢から逃げ出すことに成功した二人。もう誰にも強制されて歌うことがなくなったと実感したとき、彩祥名花は白梅雪花の手をぎゅっと握り返した。
二人が牢を出てしばらくしたとある日。白梅雪花が「様子を見てくる」といったきり、帰ってこなかった。日が傾きかけていた頃に別れ、今では月が夜空にぷかぷかと浮かんでいるそんな時間だった。中々戻ってこないことが心配になり、彩祥名花はすぐに立ち上がって白梅雪花が向かっていった方向に進もうとしたのだが、合流ができなかったことを考えると大人しくせざるを得なかった。
「どうしたのかしら……」
切り株の上に腰を下ろし待っていると、茂みががさがさと動きしばらくして茂みの間から白梅雪花の顔が見えた。戻ってきてくれたことに安堵した彩祥名花は大きく息を吐くと「無事……かしら?」と白梅雪花を労った。「問題ない」と答えた白梅雪花は彩祥名花の手を引き誰もいない道へと出すととある道を指出した。
「この先に大きな屋敷があった。そこでは何やら催しものをしていてとても賑わっていた。そこならおれたちを知ってる人はいないし、少し休憩していかないか?」
「催し……気になるけど……本当に大丈夫かしら」
人気のあるところに少し抵抗のある彩祥名花を、白梅雪花は柔らかく否定をした。
「おれが顔を出しても誰も気にする様子はなかった」
「そう……なのね。なら、せっかくだし、行ってみようかしら」
「わかった」
行くと決めた彩祥名花の手を優しく引く白梅雪花の手はいつになく温かく感じた。
「いらっしゃいませー。ナイトプールへようこそ~!」
「二人なのだが……」
「はーい! 二名様ですね。はい、水着とタオル、浮き輪貸し出しチケットです! 楽しんでいってくださいね!」
「ないと……ぷーる?」
聞いたことのない催しに首を傾げる彩祥名花。それは白梅雪花も同じで、手渡された見慣れない軽くて薄い布のようなものに困惑していると、受付を担当していた人がここでの楽しみ方をこっそり教えてくれた。
なんでもプールというのは泳ぐ場所ではあるのだが、ナイトプールでは他にもプールに浮かぶ照明や雰囲気、ドリンクを飲んで楽しむこともできるというものだった。
「なるほど。郷に入っては郷に従えということだな」
「うーん……合ってるような違うような……まま、とりあえずその水着に着替えてから考えましょ!」
「ああ、ちょっと……わぁ!」
「彩祥名花!」
「はいはい。お兄さんはこっちねー」
こうして二人は用意された水着に着替え終えると、なんだか落ち着かない様子でプールサイドに立っていた。いつもより露出が多いことに戸惑いを隠せない彩祥名花を見た白梅雪花は、受付の人に頼んで水着の上からでも着られる羽織のようなものはないかと尋ねると、ちょうど一枚残っていたのを借り彩祥名花の肩にそっとかけた。
「白梅雪花……ありがとう。こういうところ、初めてだから……何をしていいかわからないわ」
「おれもだ。だが、雰囲気は悪くないところだと思う」
「……うん」
二人はプールサイドをぐるりと回った後、ベンチに腰を下ろした。いつも座っているイスよりも背もたれが後ろになっていて驚いたのだが、そのあとに夜空に輝く星々を見た二人は「わぁ……」と感嘆の息を漏らした。
「素敵……こんな風に夜空を見上げたの初めて」
「ああ……」
ちかちかと瞬く星々にうっとりしていると、さっき受付をしていた女性が銀色の皿のようなものにたくさんの飲み物をのせてプールの周りを歩いていた。
「飲み物はいかがですかー? 新作ジャンボかき氷のご注文も承っておりまーっす!」
「白梅雪花。せっかくだし、何か注文しましょ。わたし、そのオレンジ色の飲み物をお願いします」
「おれは……いい」
「お待たせしましたー。ごゆっくりどうぞ~」
飲み物を受け取った彩祥名花はまず、その輝かしい色味に喜んでいた。
「見てみて。こんなにたっくさん。どんな味がするのかしら……いただきます」
グラスを傾け液体を口に含んだ彩祥名花。すぐに嬉しそうな声とともに、表情までもまるで花がぱっと開くような眩しい笑顔で「美味しい!」と声にした。
「甘くて、だけどちょっぴり酸っぱくって……なんて爽やかな飲み物なの」
すっかり飲み物が気に入った彩祥名花は、ゆっくり味わいながら飲んでいると何口目かでふと視線を下に落とした。どうかしたのかと思い、白梅雪花が心配そうに顔を覗き込むとそれに気が付いた彩祥名花は柔らかく微笑みながら首を横に振った。
「なんだか……とても信じられなくって。こうしてあなたと一緒に時を過ごすことができるだなんて……本当に夢みたい。白梅雪花、素敵なところに案内してくれてどうもありがとう。わたし、とっても幸せよ」
「彩祥名花……」
「この”ぷーる”っていうのも初めて見るし、その”ぷーる”の上に浮かんでいるのもとっても素敵。まるで水面に咲く花みたいで……とっても可愛い」
外の世界に出て自分で見て、聞いて、感じた世界は牢に閉じ込められていたときの時間を急速に潤す恵みの雫のようだった。見るもの、聞くもの、感じるもの何もかもが新鮮で常にときめき、わくわくを感じられずにはいられない毎日を一人ではなく、命の恩人でもある白梅雪花と共にすることができる喜びをこうして感じられることが何よりも嬉しかった。
「夜空に咲く花も……儚いけど美しい」
彩祥名花がちゃぷちゃぷと軽く水面を蹴り小さな波を立たせていると、白梅雪花をじっと見つめた。しばらくして彩祥名花が口を開いた。
「白梅雪花……。今日は素敵な時間をありがとう。わたし、あなたのことが……………………」
彩祥名花の言葉は夜空に咲く花が開花する音にかき消された。その言葉は彩祥名花だけが知っていた。




