↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パティシエ シュクレのスイーツコレクション  作者: 冬厳@主夫ロニア
おすすめセット11 お土産にぴったり♪小分けスイーツ(温泉ストーリー)
PR
349/452

ばちばち弾けるクリームソフト【神】

 疲労。それは誰でも溜まるもの。若かろうが老いてようが男性であろうが女性であろうが、人であろうが神であろうが。蓄積量はそれぞれだが、全く溜まらないということはないだろう。その疲労を少しでも軽くしようと人々は知恵を絞り、編み出したのがこの温泉という施設。景色を楽しみながら浸かる湯は体だけでなく、心も解れていくような感覚にきっとなるはず。

「……ってあるけど、本当なのか??」

 人間界に降りてきた天津神の一人─タケミカヅチ。雪を思わせる白銀の髪と透き通った肌、ややきつめな瞳にゆったりしたサルエルパンツのようなものを履いている。雷を司る神様だからか、体中を小さな稲光がぱちぱちと空気を鳴らしていた。戦神である兄フツヌシの日頃の疲れを癒してもらいたいと思い、地上に降りてきたものの何がいいのかさっぱり見当がつかないでいるところ、風に運ばれた一枚のチラシを見てタケミカヅチは首を傾げた。そこには自分も経験したことのない温泉という文字があった。

「温……泉? なんだそりゃ。まぁ、時間もあるし行ってみるか。下見ってことで」

 どんなものなのか見てやろうと思い立ったタケミカヅチは、チラシに書かれている場所まで空中を移動した。


「いらっしゃいませ。本日はようこそおいでくださいました」

 深々と挨拶をする和服姿の女性に驚いたタケミカヅチは、頭から出ている角のようなものを慌ててひっこめ、人となりを装った。ここは人間が住まう所だと改めて認識したタケミカヅチは、急ごしらえでむきだしの上半身に羽織を出した。今の季節柄、羽織の下が地肌というのは少々怪しまれるかもしれないが……今は誰にも指摘されないことを祈るしかなかった。そしてもう一つ。タケミカヅチはやらなくてはいけないことがある。それは……。

「お、おんせんって……なんすか?」

 聞いたことのない温泉とはどういうものかを尋ねるということだ。あまり人と話すことに慣れていないタケミカヅチはこの言葉を出すのに少々の躊躇いがあった。その問いに対して和服を着た女性ははきはきと答えてくれた。

「温泉というのは地中深くに眠っている温かいお湯のことを言いますわ。お湯そのものは熱くて火傷をしてしまう程なものが多く、こちらの施設では適温に調整しお湯を張っていますわ。きっとお客様にもご満足いただけるかと思いますので、ぜひ楽しんでいってください」

 お面のようなものを被っていてもわかる、口角の上がった言葉の中にも笑顔が見えるようなそんな案内にタケミカヅチはすっかり聞き惚れていた。それから簡単な案内を女性から受け、男性用の暖簾を潜り入浴場へと入っていった。

「うわぁ……なんだこりゃ」

 広々とした脱衣所には誰もいなく、タケミカヅチだけの空間があった。左右にある脱衣を入れる籠は大きくどんなものでもすっぽりと収めてくれそうなもの。人と人とがぶつからないように配慮されたその配置にも気遣いを感じる内装、その内装の真ん中には誰でも涼めるようなのか、大きな竹でできた椅子のようなものがあった。そしてその椅子の上には紙と竹でできた楕円形のものがあった。不思議に思ったタケミカヅチはそれを手に取りなんとなく横に振ってみた。するとその楕円形のものから柔らかい風がタケミカヅチの髪を揺らした。

「これ、面白いな。どっかに売ってないかな」

 新発見とばかりに喜ぶタケミカヅチだが、本来の目的は兄を癒す場所探しだということを思い出し準備を済ませ浴場へと入っていった。


「……でけぇ」

 目の前に広がるのはたくさんのお湯が並ぶ部屋だった。天井も高く、お湯から発せられる湯気はその天井を目掛けて走っていく様を呆然と見つめているタケミカヅチ。お湯の近くには丸い器のようなものと台座のようなものが綺麗に積まれており、一種の芸術品のようだった。

「なんか……すげぇな。ここ」

 語彙力が破壊されたタケミカヅチはその芸術品に手を伸ばし、看板に書いてある規約を読んでそれに従うことにした。たとえ神であってもそういうことはしっかりと守るのがマナーだろうと思っているタケミカヅチはしっかり体を洗い終えると誰もいない湯舟に浸かった。

「……あつっ」

 外が寒かったせいか、手先や足先が特に熱く感じたタケミカヅチは反射的に湯舟から出たのだが徐々に慣らしていくと丁度よい温度のお湯だと実感ができた。深みのある湯舟にしっかり肩まで浸かり安堵の息を漏らすタケミカヅチは、今までに感じたことのない幸福を感じていた。

「はぁ……いいな」

 誰もいない湯舟に自分だけがいるというなんとも贅沢すぎる今。高い天井を見上げながら背中をうんと伸ばす。しばらく湯舟に浸かっていると、窓ガラス越しに見える外の景色が気になったタケミカヅチはゆっくり湯舟から出て引き戸に手をかけ、外に出た。するとそこには純和風庭園が広がっており、それを見ながら湯舟に浸かることができるようになっていた。さらに天井もなくとても開放的な空間が広がっていた。

「おお……少しさみぃけど……よっと」

 湯加減を確認し、適温だと感じたタケミカヅチはゆっくりと湯に浸かり、目の前に広がる和風庭園を眺めた。ただの石だと思っていてもこうして考えて配置をすれば、それだけで景色の仲間入りをし、竹や他の草木もきちんと配置をすればこのような素晴らしい景色になるということ感じたタケミカヅチはすっかり温泉の虜になっていた。

「はぁ……とろけるわぁ」

 温泉という施設に魅了されたタケミカヅチは、しばらく空と目の前の和風庭園が織りなす絶景に酔いしれていた。本来の目的─フツヌシを癒す何かを探すというのをすっかり忘れて。


 湯上り後。丁寧に温泉のことを教えてくれた和服の女性がロビーで挨拶をしてくれた。すっかり身も心も解れたタケミカヅチはいつものピリピリした雰囲気ではなく、どこか穏やかな表情で女性に挨拶を返した。

「お客様。お湯加減はいかがでしたか?」

「あ、ああ。すっげぇよかった。特にあの、ろてんぶろ?? ってやつ。すごかった」

「お気に召されたご様子でなによりです。季節によって少しずつ変えているので、またいらしたときは少し違っているかもしれませんね。うふふ」

「え、あれってあんたがやってんの?」

「お恥ずかしながら……」

「な……」

 あの素敵な和風庭園はこの着物の女性が行っているという事実を知ったタケミカヅチは、衝撃を隠せなかった。そしてどこまで客目線なのだと。この施設を忙しく動き回っていながらあの庭を造ったり、迷っている人を案内したりとどこまでも真っすぐな女性にタケミカヅチは神でありながら感心してしまった。

「こ、今度は兄貴と来るんで……」

「まぁ、お兄様がいらっしゃるのですね。その時はまたぜひご利用くださいませ。心よりお待ちしておりますわ」

 本当に心から嬉しそうに笑うその女性。その真っすぐな笑みを見たタケミカヅチは、またここに来たいと本気で思った。そして兄貴に胸を張って「ここはマジでおすすめだから」と言えるよう、自分なりにもう少し温泉というものを知っておいてもいいかなと思いながら施設を後にしたタケミカヅチだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。