焦げ目が堪らない♪ざくざくプディング【竜】
「はぁ~、なんであたしばっかりこんな目にぃ……これもすべて世の中が悪いのだわ!!!」
大きすぎる溜息を吐きながらずんずんと歩く、少しくたびれたエプロンドレスを身に着けた少女がいた。赤を基調としたヘッドドレスに穴だらけのエプロン、うっすらとではあるが雪が混じる地面には冷たくはないのだろうかと心配になる素足。背中には小さな悪魔のような黒い羽を生やし左腕にはこれでもかとばかりに入ったマッチ箱が入った籠を抱えた少女─マナリアは世の中の不条理を嘆いていた。
「ったく、なんでみんなあんな幸せそうな顔でいられるのよ。こっちはこんなに苦しんでいるってのに」
たまたま入った町で見かけてしまった、男女の幸せそうな笑顔を見たマナリアは背筋が凍るような思いに駆られた。
それは、マナリアの過去にあった。貧しい家庭で育ったマナリアは今日食べられるか否かの瀬戸際の生活を余儀なくされていた。頼みの綱である父親の収入はお世辞にも多いとは言えず、母親も病弱な体に鞭打って働きに出るも収入はごく僅か。とても三人がお腹いっぱいになるまでの食糧は手に入れることはできなかった。それでも、マナリアは大好きな父親と母親がいてくれるだけで幸せだった。
あの日が来るまでは。
突如父親の働いていた場所がなくなり、また母親が働いていた場所も忽然と姿を消してしまったのだ。それにより収入を得られなくなってしまった三人は路頭に迷い、苦しい日々が何度も続いた。季節はちょうど寒くなった冬の始まり、父親はマナリアの頬を撫でながら、母親はマナリアの頭を撫でながらこの世を去った。そのことに気が付くのにしばらく時間を要したが、それと同時にマナリアは深い深い悲しみを味わった。涙が枯れるまで泣き、声が出なくなるまで叫び世の中の不条理を嘆いた。
「お願い! この状況を……上から見てほくそ笑んでいる奴らに復讐したいの!! 誰か……誰か力を貸して!!!!」
それはマナリアの魂の訴えだった。何度も何度も訴え、何度も何度も空を仰ぎ、声を出すことも呼吸をすることにも疲れ果てたマナリアは次第に力が抜け、冷たい地面に倒れた。
次に目を覚ましたとき、最初に思ったことは「あ、あたし生きてる」だった。なんとも素っ気ないことだなと自嘲しながらゆっくり体を起こすと背後から何やら気配を感じた。その気配は人のものではなく、なにか悪いもののように感じたマナリアはゆっくりと振り返った。するとそこにはめらめらと燃えながらすっかり黒ずんでしまった頭蓋骨がふわふわと浮いていた。
「オマエ チカラ ホシイカ」
片言だがそう聞こえたマナリアは、最初こそびくっとしたものの再び目には復讐の炎が宿ると力強く頷いた。
「ワカッタ」
黒ずんだ頭蓋骨が真っ赤に燃え上がると、マナリアは内側から何か力が湧いてくるような感覚に襲われたあと、すっきりと目が覚めた感覚を覚えた。しゃんと立つマナリアの左腕にはいつの間にあったのかわからない籠がぶら下がっており、その中には大量のマッチ箱が入っていた。
「ソノマッチ アクム ミセル ミセタヤツノ ヒメイ オレノ エサ」
「こんなマッチで悪夢を……? 本当かしら」
どこにでも売っていそうな質素なマッチ箱を振りながらマナリアは呟いた。本当かどうかとにかく試してみようかと思ったマナリアは適当にマッチ箱を手に取り、一本を擦ってみた。するとマッチの先端が猛烈な勢いで燃え、その炎はマナリアが狙いをつけた人物を包むとその人物は次第に苦しみに悶え始めた。
「ほほう。これは中々ね。なんだか気分がいいわ」
他人が苦しんでいる様子を楽しんだあとは、マッチの魔力なのか頭蓋骨の力なのかはわからないが対象になった人物は悪夢にうなされたことは覚えていなかった。しかし、何かあったという感覚だけが残るというなんとも気持ちの悪い副作用を残した。こうしてマナリアは自分を貧乏にさせた世の中に対して復讐をして回ることにした。
「……にしても、今日は少し寒いわね」
ぶるりと体を震わせるマナリアは空を仰いだ。空はすっかり暗くなり眩いばかりの星々たちは小さく瞬いていた。びゅうと吹いた夜風にさらに体を大きく震わせたマナリアは「こうしちゃいられないわ」と言いながらどこかで寒さを凌げる場所を探し始めた。
「どこかに、どこかに凌げる場所はありませんかぁ」
両手を擦りながら、時々自分の吐息で手を温めながら夜道をさまようこと数十分。小さな町を見つけることができたマナリアは「やったあ」と歓喜の声をあげた。これで今日はなんとかなりそうだわと安心した矢先、マナリアの目に映ったのは幸せそうな人たちの笑顔だった。
「なっ!! むっかつくわ! こうなったら……悪夢をプレゼントしてやろうかしら。どーいーつーにーしーよーかーなっと」
瞬間的にカッとなったマナリアは籠からマッチ箱を取り出そうとしたとき、ふいに足元から声がした。
「おねえちゃん、だぁれ?」
「へ??」
思わず素っ頓狂な声が出てしまったマナリアは声のしたほうへと視線を移すと、そこには鼻水を出しながらじっとマナリアを見つめている少年がいた。
「おねえちゃん、ふるえてるよ?」
「そ……そんなこと……」
ないと言いたいのだが、実際足は寒さで震えていた。がくがくと震える足をごまかしてきていたけど、さすがにもう我慢の限界だった。
「ぼくたちのまち、あったかいよ?」
「え? ちょっと……きゃあ!!」
マナリアは悲鳴をあげながら少年に手を引かれると、真ん中に大きな木がどっしりと構えた町へと入っていった。家には暖かそうな明かりが灯っており、マナリアは一瞬自分を忘れ魅入っていた。
「ここがぼくたちのまちだよ」
「おやおや。お客さんかな」
連れてこられた先には穏やかな笑みを浮かべる男性と、その隣で微笑んでいる女性。それと数人の町の人たちだった。誰も彼も見知らぬマナリアを温かく迎えてくれた。
「ようこそ。あら、寒そうよ。中に入って温かいお茶でも用意するわ」
「このお洋服、穴だらけだわ。よかったら新しいお洋服作るわ」
「ちょちょちょ……ちょっとなんなのよー!」
笑顔の圧に押されたマナリアは近くの家の中へと連れ込まれると、さっそく新しい洋服に着替え温かい食事を提供してもらった。スープにパン、それと大きなお肉が一枚と今までに食べたことのないような料理が並べられていた。
「さ、温かいうちにどうぞ」
「い……いいの?」
「もちろんよ。さ、召し上がれ」
「う……い、いただきまぁあっす!!」
空腹も限界に達していたマナリアは口の周りがソースで汚れようと作法がなってないと思われてもいいと思われるほど、夢中になって食べていた。一つ一つがどれも暖かく、温かかった。
(おいしい……おいしい……おいひい!!)
マナリアは自分でも気が付かないうちに目から涙を零しながら食事をしていた。
「はぁ、美味しかったぁ」
食後の紅茶を楽しみながらマナリアは自分のお腹をゆっくりとさすった。これ以上食べられないくらいにたくさん食べたマナリアの笑みに、用意した女性たちも思わずくすくすと笑った。
「な、なによ! 何かおかしなことあった??」
急に自分のことかと思ったマナリアは顔を真っ赤にしながら怒鳴ると、女性たちは「違うわよ」と言いながらゆっくりと口を開いた。
「あなたが美味しそうに食べてくれたから、わたしたちも嬉しかったの。誤解させてしまってごめんなさいね」
その言葉にマナリアは急に恥ずかしくなり、口を尖らせながら「あたしこそごめん」と言い小さくなった。その姿にまたくすくすと笑う女性たちの背後から、さきほど見た穏やかな笑みを浮かべた男性が入ってきた。
「お邪魔するよ」
「あ、町長。どうぞ」
「ちょ、町長?」
「自己紹介が遅くなってごめんなさいね。私はこの町の町長なんです。そして、改めてようこそおいでくださいました」
深くお辞儀をされたマナリアはなんだかむず痒くなり、いてもたってもいられない状態のまま何とか口だけを動かした。
「な……なんなのよ」
「驚かせてすみません。実は……」
少し悲しそうな目をしながら町長は話し始めた。どうやらこの町のシンボルとなっている木が、寿命を迎えているとのこと。そこで町の人総出で飾り付けをして引退をさせようという企画を立てているというのだ。
「そこで、ぜひあなた様にも参加していただきたいのですが……突然の申し出で本当に申し訳ございません」
「な、なんであたしが参加しなきゃいけないの? 理由がないわ」
「でしたら……あの木の最後を一緒に見届けてはくれませんか? ここで出会えたのも何か縁。ぜひ、楽しんでいってもらえたら……」
マナリアは少し考えてからふんと鼻を鳴らし「ま、見るだけならいいわよ」と答えると、町長は嬉しそうに顔を綻ばせながら「ありがとうございます。この縁に感謝いたします」とまた深く頭を下げた。
「もう……そういうのはいいから。んで、ちょっと気になったんだけど、あの木ってそんなにまずいの?」
疑問に思ったマナリアは窓の外にある木を指さした。すると町長は「では、お近くでご覧いただきましょう」といい、マナリアを案内した。木の近くまで行くとその様子は明らかだった。さっきはやや遠目からだったが、今はあちこちがスカスカで今にも倒れそうだった。間近で見たマナリアは思っていた以上に深刻な木の様子に表情を曇らせた。
「あぁ……ほんとだ……」
「この様子だと来年は無理だろうと皆で判断し、今年で最後を迎えようと決めたのです」
「そう……なんだ……」
まだまだ元気そうな木なのに、実際は限界に達していた。「助けて」と声もあげることができない、ただ蝕まれたら最後というなんとも悲しい現実にマナリアはぐっと唇を噛んだ。
もし
もしも
この木が最後を飾るとしたら何が相応しいだろう
そう考えたマナリアは「あーあ」とわざと大きな声を出した。その大きな声に町長はびっくりした様子で声をあげると、何事かと尋ねた。すると、マナリアはへへっと悪戯っぽく笑うとマッチ箱をかたかたと鳴らしながら町長に尋ねた。
「この木、最終的にはどうするつもりなの?」
「え? といいますと?」
「だーかーら、お役御免になった木はどうするのかって聞いてるのよ! 切るの? それとも放置なの?」
「えーっと……まだそこまでの決断には至っていないのですが……どうされましたか?」
町長が困った顔で答えると、マナリアは「な~るほど」と一人嬉しそうに笑うとずいと町長の前に顔を近づけた。
「それ、あたしが引き受けたげる」
「へ?」
なんだかんだ言いながらマナリアは町の人たちと一緒に木の飾りつけを楽しんでいた。きらきらのモールを付けたりオーナメントをぶら下げたり、いつしかマナリアは本来の自分を取り戻したかのように笑っていた。
「これ、どうかしら?」
「あら、いいわね。じゃあ、これを……ここにつければ……!」
「わぁ、きれー!」
「おねーちゃん、じょーず!」
「へへへぇ、任せておきなさいって」
子供たちからの評判もいつしか良くなり、マナリアはいいお姉さんへとなっていった。悪戯されても「なによー!」とわざと怒ってみせたり一緒に追いかけっこをしてみたりと楽しんでいた。
そして、町のシンボル最後の日。すっかり暗くなった外に町の皆が集まり、木を囲むように待っていると町長がゆっくりと合図を送った。
ぱっ ぱっ ぱぱっ
町のみんなで飾りつけをした木は、まるで笑っているかのように輝きだした。その鮮やかな光に子供たちはもちろん、大人たちもみんなはしゃいでいた。
「……きれい」
マナリアは自分でも気が付かないうちにそうこぼしていた。かつてこの光景が憎いと思っていたのに、今はなぜだろう。こんなにも眩しくて華やかで幸福感を感じている。すっかり木の飾りつけに魅了されたマナリアは口をぽかんと開けながら眺めていると、子供たちはマナリアの足元に集まりきゃっきゃとはしゃぎ始めた。
「おねーちゃんといっしょにかざりつけした、あのきらきらのぼーる。とってもきれいだね」
「あれ、いっしょにかざりつけしたよ。あ、あれも、それも!!」
「そうだね。一緒に飾りつけしたね」
マナリアの顔は柔らかな光に照らされ、いつもより表情が丸く見えた。それはこの飾りつけのせいなのかはわからない。でも、マナリアは心からこの光景が美しいと思えた瞬間だった。そして、いよいよこの木との別れの時間。マナリアは木の前に立ち大きな声を張った。
「お楽しみのとこ、失礼しまーっす! どうやら今年でこの木が引退だそうで? その最後を飾らせていただきまぁす! みなさん、心の準備はいいですか??」
いつになく張り切っている自分にどきどきしながら、マナリアは周りの反応を伺った。どよめきの声で溢れる中、マナリアは町長に目で合図を送ると町長は静かに頷いた。それを確認したマナリアはいつも携帯しているマッチ箱を取り出し、勢いよく擦った。
「さぁ、美しい最期をその目に焼き付けなさい!!」
マナリアはそう叫ぶと、あの黒ずんだ頭蓋骨を呼び出し木のてっぺんに向かわせた。さながら星の飾りのような立ち位置に立った頭蓋骨はめらめらと燃えながら目を見開いた。
「モエロ ウツクシク」
頭蓋骨から放たれた炎は乾燥した木に燃え移り、ごうごうと勢いよく燃え出した。やがて炎は木全体を包むと、町全体を赤色に染めていった。次第に赤からオレンジと様々な変化をもたらした炎はさっき見た光の輝きとはまた違った光を作り出していた。町の人からは悲鳴も飛び交う中、内数人は涙を流しながら両手を合わせていた。それは今まで町を見守ってくれてありがとうという思いが込められた町の人たちの最後の挨拶だった。不思議と取り乱す人はおらず、町の人たちは静かに燃えてそして散っていく町のシンボルをただ静かに見守っていた。マナリアのそのうちの一人だった。こうして今まで町を長い間見守ってくれた木はその役目を終えた。
翌朝。昨日まであった町のシンボルは跡形もなくなっており、代わりにぽっかりとしたスペースが広がっていた。ちょっとだけ寂しい気もするが、いつまでも嘆いてはだめねと自分に言い聞かせながら最後に町長へ挨拶をしに家を訪れた。
「し、しつれーしまーす」
「いらっしゃい。そろそろかなと思っていました」
「え、なんでわかるのよ??」
「まぁ、なんとなく勘ですかね」
「へ、へぇ。そうなの」
そんなやりとりをしながらマナリアは町長におずおずと尋ねた。
「あの……木、燃やしちゃったけど……」
すると町長は嬉しそうに目を細め、マナリアにお礼を言った。まさかお礼を言われるとは思わなかったマナリアはどきっとしながら後ずさると、町長ははっはっはと笑った。
「いえいえ。あれで……よかったんです。あなたが来てくれて、本当によかった。そして、ありがとう」
「あ……ありがとうだなんて……いつ以来かしら。そんな言葉聞いたの」
照れくさそうに言われた言葉を噛みしめていると、町長はまた薄く笑いながら小さく「ありがとう」と繰り返すとマナリアは「べ、別にあんたのためじゃないんだから」と言いぷいと顔を背けた。
「でもまぁ? それなりに楽しかったわよ? ……こっちこそありがと」
町長の次の言葉を前に、マナリアは町長の家を出ると他の町の人たちに言葉を交わさず静かに町を去った。いつもなら気に食わないものを見つけたら問答無用で悪夢を見せていたのに、今回に限ってそんな気持ちにならなかった自分が、ほんの少しだけ可笑しかったのか町からだいぶ離れた場所で盛大に笑った。ひとしきり笑った後、マナリアは用もなくマッチを擦るとまたあの黒ずんだ頭蓋骨を呼び出した。
「ま、たまにはいいわよね。こういうのも」
「……」
何も言わないという返答をした黒ずんだ頭蓋骨に、肩をすくめたマナリアは新しく作ってもらったお洋服を見て、小さく言った。
「みんな、本当にありがとう。またね」
このとき、マナリアの心に小さな優しい火が灯った。




