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スイートミルクティー ピーチアイスを添えて【竜】

※このお話はオセロニア小説大賞応募作品「猛炎の鎮魂歌ブレイズオブレクイエム」のその後のお話です。このまま単品でもお楽しみいただけますが、上記作品をお読みいただくとよりお楽しみいただけます。


 あの忌まわしき儀式から数か月が経過した。この城の皇帝─シエ・スーミンは今日も忙しくペンを走らせていた。書いては捺印、書いては捺印を繰り返し大事な案件は片付きほっと胸を撫で下ろした。まとまった書類を侍女がきれいにまとめて綴じると、待機していた兵士にそれを渡し依頼主に届けてもらう。他に残っている雑務がないことを確認したシエ・スーミンはようやく肩の力を抜き、大きく伸びをした。

「スーミン様。お疲れさまでした」

「ああ。今日もお疲れ様。色々と助かった」

 侍女を労い、声をかけた。きりりとした目、透き通った青色の角、艶やかな黒髪は自身の腰元まである。まるで深海を思わせるディープブルーのマーメイドドレスに身を包み、ゆっくりと歩くのは竜の腹の部分。そして、そのままシエ・スーミンの背後まで続き先端には竜の首が三つ程。それぞれ個性があり、内一つはシエ・スーミンと念を通じて話すことができる。

(お前さんもお疲れさんじゃ)

「ああ。というか、お前は勝手に口を開くな」

(なんじゃい。侍女がいなくなったからやっと口を開けられると思ったのにの)

「もう少しの間静かにしてろ」

 シエ・スーミンに叱られた竜は口を少し尖らせ、不満を表したがそんなことを全く気にすることなく、後片付けを済ませる。きれいになったデスクを見て、シエ・スーミンは引き出しからあるものを取り出した。

「ちょっと一息入れさせてもらおう」

 シエ・スーミンは大事そうにティーセットを取り出し、お茶を淹れる準備を始めた。元々、そんなにお茶に興味があったわけではないのだが、あることがきっかけで自身でも淹れることになった。今ではそれが一番リラックスできることだと知ってから淹れる頻度は増えていった。

「スーミン様。偵察終わりましたーっと」

 軽いノックの後に聞こえたのは調子の良い声─ニクスだった。薄紫色をした髪色、すらりとした体躯。黒いローブに身を包み、頭から黒曜石にも似た角を生やしている。ニクスは物理ではなく魔術を用いて戦うタイプであり、腕力はない代わりに魔力は凄まじくシエ・スーミンを驚かせる程。そんな彼が近辺の偵察が終わり、報告にやってきたのだ。

「ああ。ニクスか。偵察ご苦労」

「特に異常はありませんでした……って、もしかして、お茶にしようとしてました?」

「ああ。私も今終わったところだ」

「……差し出がましいようなのですが……スーミン様」

「……なんだ。もったいぶらずに言え」

 ニクスがもじもじしながら何か躊躇っているのを見て、シエ・スーミンはぴんときた。ああ、そういうことか。一人で納得した彼女は小さく手招きした。

「飲むか?」

「……すいません。いただきます」

 以前、周辺の警備のために出撃した際にシエ・スーミンとニクスが交わした約束。それは、ちょうど今のように二人がお茶をしようとしていたとき、近辺で襲撃があった。完全に沈黙をさせるわけではなく、ある程度ことが収まればそれでよしとした。そして、みんなが振るう力はこの周りの住人や、仲間を守るための力だということを誓った。そして、その現場周辺に行くときにニクスは飲みかけの紅茶を非常に残念がっていたのでまた飲みたいとお願いをしたのだ。

「……あれから結構経ちましたね」

「ああ。おかげでこの周辺はとても平和だ。力を貸してくれて感謝する」

「言いましたよね。俺はスーミン様についていくって」

「……そうだったな。ほら、熱いから気を付けて飲むんだぞ」

 ティーカップに注がれた琥珀色の液体から、華やかな香りが漂い気持ちを落ち着かせてくれた。程よく冷ましてから口に含むと、今度は新鮮な果実の甘みが広がりなんとも爽やかな飲み心地だった。

「……やっぱり、スーミン様が淹れる紅茶、うめぇっす……はぁ」

「そんな大袈裟な。ほら、カップをこっちによこせ」

 シエ・スーミンは一回り大きな箱を取り出し、何かをすくってニクスのカップに入れた。手渡しニクスが覗き込むと、白い塊がじわりじわりと溶けていき広がっている様子が飛び込んできた。それを知っているニクスはいつも以上に興奮し、紅茶をすすった。

「……はぁ……これは格別っすねぇ……」

「本当に美味そうに飲むな、お前は」

「実際、美味しいっすもん……幸せっす」

 甘い紅茶にすっかり魅了されたニクスは幸せの吐息を漏らし、ふわふわとした夢心地に浸っていた。とそこへ、夢心地に浸っているニクスの意識を呼び戻すように王室の扉が少し乱暴に開かれた。

「邪魔するぞ」

 入ってきたのはシエ・スーミンと同じような黒い髪に鋭い二本の角、フリルのついた漆黒のドレスに身を包み歩く姿はまるで女帝。その女帝は特に臆することなく王室内に入り、シエ・スーミンに軽く挨拶をした。

「久しいな。スーミンよ」

「ああ。久しいな」

 困惑しながら両者を互いに見ながらニクスは、小さな声で質問をした。

「あの……お知り合いですか……」

「ああ。名乗っていなかったな。私はレオノーラ。一国の長を務めている。今日、ここにきたのはスーミンがこの城の皇帝になったと聞いてな」

 ふふんと鼻を鳴らし、レオノーラはニクスを見る。それに怖気づいたニクスは静かに王室を出ていった。

「まぁ、立ち話もなんだ。かけてくれ」

「失礼する」

 座ってから気が付いたレオノーラは、ん?と小さな声を漏らした。何かと思いシエ・スーミンはどうしたと返す。

「お前……そんな奴だったのか?」

「そんな奴……とは??」

「いや……その……だな。お前が……紅茶を嗜んでいるとは知らなんだ……」

 シエ・スーミンは小さく笑った後にあぁそのことかと言い、席に着いた。

「これは、母さんの影響だ。母さんはいつも美味しい紅茶とお菓子を用意してくれてな。ことがある度に美味しい紅茶を飲んでいたんだ。その味が忘れられなくてな……」

 シエ・スーミンは懐かしみながらティーポットを愛しむように撫でた。この茶器類全て母さんからもらったものだと付け加えると、レオノーラは低く唸った。

「……なるほどな。それで、その母上殿は今……」

「……亡くなったよ。私の目の前でな……」

「……っ!!」

 不治の病にかかり、最後の最後まで最愛の娘の名前を呼びながら旅立ってしまった大好きな母。最後まで娘が素敵な皇帝になれることを信じてくれた母。最後まで娘の身を案じていた母はもうこの世にはいない。そのときのシエ・スーミンは今までに味わったことのない絶望感、虚無感と向き合いながらあの忌まわしい儀式を終えた。

 忌まわしい儀式─それは、時期後継候補の息子ないし娘が現皇帝を殺すこと。これは父親が皇帝であったシエ・スーミンも例外なく儀式に参加し、今がある。父は厳格な性格と過去の出来事もあったからなのか、力というものに異様に執着していた。力ある者こそ絶対なる正義。力ある者こそが勝者。そういった思想を常に掲げていた。だが、シエ・スーミンも黙ってやられるわけではなかった。シエ・スーミンは戦うことも確かに大事ではあるが、それ以外にも話し合って解決することも大事だし、みんなと協力して平和にすることが大事ではないかと何度も皇帝にかけあっていた。しかし、皇帝の耳には届くことなく両者は儀式に則り、剣を交えることに……。

「そうか……そんなことがあったのだな……」

「ああ……でも、悪いことばかりではなかった。おかげでみんなの結束が一層強まったし……なにより、争いが少なくなったのが一番だ」

 失ったものがあれば、それ以上に得たものもある。それは非常に喜ばしいことではあるが、シエ・スーミンの場合は失ったものがあまりに多すぎた。それを乗り越えられたのは、ニクスを始め城の中にいる仲間のおかげだった。最初は自身に皇帝が務まるかどうかは不安だったが、みんながあれこれ支えてくれたおかげで、こうしてここにいることができている。そのことを常に感謝し、シエ・スーミンは毎日を送っていると締めた。

「…………」

「重い話ですまない……」

「いや、スーミンが謝ることではない。ただ……私は大きな誤解をしていた……」

 シエ・スーミンは自分のカップの中身を別容器に移し、レオノーラ用に新しく紅茶を注ごうとしたが手が止まった。

「誤解……?」

 小さく頷き、レオノーラは唇を震わせながら紡いだ。

「お前にそんなことがあったなんて……知らなかった……軽々しく皇帝なんて言ってしまって……すまない」

 震える唇から漏れたのは非礼の詫びだった。そして震えているのは唇だけでなく、次第に肩、全身へと伝染していった。湯気の立つティーカップを静かに差し出すと、シエ・スーミンは静かに首を横に振った。

「気にしないでくれ。確かに失ったものは多いが……いつまでも後ろを見ていたら……母さんに申し訳ないという気持ちが強くなるからな」

「……そうか。強くなったな」

 涙を拭い、差し出されたティーカップに口を付け琥珀色の液体をすすった。

「……どうだ?」

 飲んだ瞬間、レオノーラの目がかっと開き、なにか衝撃を受けたような表情をしていた。どうかしたかと尋ねても、しばらくレオノーラの反応はなかった。

「……」

「……? レオノーラ?」

 やっと気が付いたレオノーラは何でもないといい、紅茶を再びすする。どうかしたのだろうかと不思議に思っていると、唐突にレオノーラが口を開いた。

「なぁ、スーミン。一つ頼みがあるのだが……」

「ん? どうした?」

「この紅茶の茶葉を一摘み、譲ってくれないか?」

「一摘みだと……? それじゃ紅茶一杯分にもならないぞ?」

「ああ。構わない」

 きっと何かあるのだろうと思ったシエ・スーミンはきれいなナプキンに一摘み気持ち多めに包むと、レオノーラに手渡した。

「貴重な茶葉の提供、感謝する」

「ああ……構わないが。一体何をするつもりか教えてくれないか?」

 すると、レオノーラは小さく笑いながらシエ・スーミンを見る。まるで心配するなと言わんばかりの笑みだった。それを見たシエ・スーミンは小さく息を吐き何も言わなかった。レオノーラは最後に紅茶を一口含むと、邪魔したなと言いながら王室を出ていった。それと入れ替わるようにニクスが入ってくると、怪訝そうにシエ・スーミンを見た。

「そんな顔して入ってくるな」

「いや……なんか……その……」

「心配はするな。ただ世間話をしただけだ」

「そう……ですか……」

 未だ不安が拭いきれていないニクスは、途中だったシエ・スーミンとのお茶を楽しんだ。



後日。シエ・スーミンの元に一つの小包が届いた。差出人は書いておらず、不審に思った兵士が直接シエ・スーミンの元へと持ってきてこれはどう処理したらいいかと尋ねた。

「……私が預かろう」

 小包を受け取り、周りを探っても報告通り差出人は明記してなく、仕方なく包装紙を破り中を確認することに。やがてきれいな箱が現れ、そこには便箋が貼られていた。

「便箋……?」

 そこにはこう書かれていた。


─友好の証だ。 何かあれば連絡をくれ。いつでも力になる。─


 恐る恐る箱を開けると、まず先に飛び込んできたのは甘く華やかな香りだった。そして、この香りは知っていると思ったシエ・スーミンは箱に入っているものを見て小さく呟いた。

「……レオノーラめ……」

 箱には母との思い出がたくさん詰まった紅茶の茶葉が入っていた。

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