小粒甘栗のスイートパイ【竜】
「ちっくしょう……チロの野郎……どこへ行きやがった」
軽装備の少年が鬱蒼とした森の中を歩いていた。目的は弟のチロガルムを探し出すこと。途中まで一緒だったのだが、口論になりチロガルムが脱兎のごとく駆けてしまい見失ってしまったのだ。
「はぁ……おれももう少し大人にならないといけないのに……くそっ」
そんなチロガルムの兄であるアムルガム。爽やかなミント色の髪からのぞく小さな角、ややつりあがった目元は怖いというよりもやんちゃな印象を与える。それは、まだ小柄な体格のせいかもしれないが、それを本人の前でいうと本気で怒ると誰かが言っていた。しかしながら両手に持っている得物はかなりの重量があるようにも見えるのだが、それをいとも簡単に持ててしまうその筋力は大人顔負けである。
「はぁ……あいつ……まだ怒ってるかな……」
今更ではあるが、チロガルムにしてしまったことを悔いるアムルガムはどこか虚ろな目で空を仰いだ。謝りたいけれど素直になれない自分に苛立っていると、どこからともなく情けない鳴き声が聞こえた。
「……腹減った……」
それはアムルガムの腹の虫だった。そういえば何も食べずに家を出てしまい、最後に食べたのは昨日の晩御飯以来だった。今はちょうどお昼時だろうか、太陽がきらきらと輝きながら頭上を照らしていてその熱線がアムルガムの頭上にちりちりと伝わっていた。
「どこかに……ごはんが食べられるところはないか……」
お腹をさすりながら森の中を歩くと、どこからともなく食欲をそそる良い香りがアムルガムの鼻腔をくすぐった。その匂いを頼りに森の中を歩いていくと、たどり着いたのは大きなログハウスだった。すべて木でできているそれは、温もりを感じながらどこか堂々とした佇まいだった。空にのびる煙突からは白い煙がぽつぽつと噴出しており、中に誰かがいるのかもしれないと思ったアムルガムは入口を探し恐る恐るノックをしてから中へと入った。
カランカラン♪
軽快なドアチャイムがログハウスの中に響くと、その音にびっくりしたアムルガムは小さく悲鳴をあげた。その後、ログハウスの中から女性の声で「いらっしゃいませー」と聞こえると、女性の脇にはやや大きめな本のようなものが抱えられていた。
「ようこそいらっしゃいましたー。一名様ですか?」
大きなウサギのような耳をぴこぴこと動かし、マロンブラウンの髪にくりくりした同色の瞳。ふわふわふりふりの真っ白なエプロン、まぶしい太陽のようなぴかぴかの笑顔の女性─ルゥフィリアがそこに立っていた。
「お好きな席へどうぞ~。カウンター席やボックス席、テラス席もありますよー」
「あ……えっと……じゃあ……カウンター席で」
「はぁい! かしこまりました~!」
戸惑いながらもカウンター席を選んだアムルガムは、ぴょんぴょんと跳ねるような足取りのルゥフィリアのあとに続きやがて大きな窯がカウンター越に見える席へと通された。
「こちらへどうぞ! それと、こちらがメニューです! 本日のおすすめはハンバーグセットです!」
抱えていた本を開くと、そこには種類豊富のメニューが可愛らしいイラストとともに描かれていた。どれも見やすく、そしてどれも美味しそうに見えたアムルガムは生唾をごくりと飲み込んだ。
「あら。メニューはお決まりかしら?」
冷たいお水が入ったグラスを運びながらルゥフィリアがやってきた。にこにこと笑いながらメニューを待っているルゥフィリアに対し、どれにしようか迷っているアムルガム。しばらく悩んだ末、選んだのはおすすめのハンバーグセットと、小さ目サイズのナポリタンだった。それとデザートにチョコレートサンデーを頼み、メニューを手渡した。
「はーい! ご注文、承りました♪」
ルゥフィリアは鼻歌を歌いながらキッチンへ入ると、手慣れた手つきでハンバーグをこねこね、そしてリズミカルにキャッチボールをしてから熱してあったフライパンにそっと落とした。途端、ジューっと脂が躍る音が聞こえアムルガムの空腹は絶頂を迎えた。
(あぁ……早く食べたい……っ!!)
手こねハンバーグを焼いている間に、付け合わせの野菜をミルクの風味豊かなバターで軽く炒め白いお皿に可愛く盛り付け。琥珀色のスープにはこれでもかとばかりに野菜がたっぷり入っていて、ボリューム満点だった。ハンバーグをひっくり返し、残り半分を焼いている間に今度はナポリタンの調理に取り掛かった。リズミカルに野菜をカットしていき、少量の油でぱぱっと炒め、茹で上がったパスタに野菜のうま味と油をなじませていく。ある程度馴染んできたところに、荒く潰したトマトがたっぷりのケチャップをおたまで山盛り二杯分を野菜とパスタにまぜまぜ、薄くスライスしたマッシュルームとたっぷりのきのこも一緒に加え更に混ぜていくとあっという間にナポリタンの完成。茹でたて出来立てのナポリタンがアムルガムの前に運ばれると、アムルガムの口からはよだれが一筋垂れていた。
「お待たせしました♪ ナポリタンです! ハンバーグセットももう少しでできるから待っててね!」
ルゥフィリアはすぐにハンバーグを裏返し焼き具合を確認し終えると、付け合わせの野菜が盛られたお皿の上に丁寧にハンバーグをのせると、残った肉汁を使いソースを作り始めた。これもトマトソースをたっぷり使いうま味を余すことなく楽しめるよう、ルゥフィリアが考えたものだ。ほんのちょっぴり赤ワインを加え風味を加えアルコール分を飛ばし終えると、できあがったソースをハンバーグの上にたっぷりとかけた。
「はぁい! お待たせしました♪ ハンバーグセットです! パンのお替りもたくさんあるから、いーーっぱい食べてね!」
目の前に出された料理を前に、アムルガムの我慢は限界を突破し「いただきますっ!」の挨拶とともに一気にかきこんだ。トマトの酸味がほどよく残っているソースはお肉のうま味と重なり、口の中で絶妙に交じり合いアムルガムを至福の頂へと到達させた。琥珀色のスープもコンソメと野菜のうま味が溶け込んでおり、しかしながら口の中がさっぱりとする不思議な味わいのあるスープで、ハンバーグからのナポリタン、そしてスープのループを構成した。付け合わせの野菜もきれいに食べ終えると、アムルガムの表情はやっと落ち着いたものとなり、どこか緊張感もほぐれた様にも見えた。
「ふぅ……ごちそうさまでしたぁ……」
「あと、食後のデザートを持ってくるわね」
「あ、お願いします」
運ばれてきた料理をきれいに平らげ、そのきれいさにルゥフィリアは小さく笑いながらキッチンへと運んで行った。しばらくしてデザートのチョコレートサンデーが運ばれたのと同時に、ドアチャイムが鳴り響いた。
「いらっしゃいませー!」
反射的に振り返ったアムルガムの目に映ったのは、弟のチロガルムだった。その顔は少しでも刺激を与えてしまうと泣き出してしまいそうなそんな顔をしていた。
「ち、チロ! どうしたその傷は……」
「にぃにのばかぁあ!!」
席を立ちチロガルムにぼろぼろになっている理由を聞こうと近付くと、チロガルムは我慢ができなくなったのか大声で泣きながらアムルガムに泣きついた。
「うぁああぁぁあ!! ああああぁぁあ!! に……にぃにの……ば……ぁああああ……ああああっ!」
「すまなかった……おれが悪かった……ごめんな……ごめん」
「あらあら。なにかあったのかしら?」
「実は……」
ルゥフィリアに経緯を話すと、女性は「そうだったのね」といいながらチロガルムの頭を優しく撫でた。
「チロ……ちゃんだっけ。お兄さんを探していたのね。偉いわぁ! よしよし!」
「……うっ……うっ……!!」
どうやらチロガルムは自分からどこかに行ってしまったのだが、やはり怖くなってしまい兄の元に戻ろうとしたのだが、そこにはすでに兄の姿はなく大声で何度も呼んでも反応がなく、一気に不安が募っていったそう。怖くて不安に押しつぶされそうになったとき、どこからか美味しそうな匂いがしてその匂いに付いていったら……だそうだ。
「チロ。ごめんな、おれが悪かった。だから、もう泣くな……」
「ううん……ぼくも……ごめんなざい。ごめんなざいいい!!」
アムルガムはチロガルムをぎゅっと抱きしめながら背中を優しくさすった。その間にルゥフィリアは、温かい琥珀色のスープをチロガルムの前に置いた。
「さ、召し上がれ。きっとお腹空いているわよね?」
「…………うん」
「遠慮しないでたくさん食べてね」
「いただき……ます……」
チロガルムは琥珀色のスープを静かにすすると、安心したのか黙々とスープを食べ始めた。その勢いは徐々に増していきあっという間にスープを完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
「あらあら。よかったらこっちもあるのよ? ね? どれにしよっか??」
「え……いいの?」
「もちろんよ! お腹を空かせている子を放っておけないわ」
「……じゃあ、なぽりたんっていうのを」
「はい! ちょっと待っててね」
ナポリタンを注文したチロガルムはその間、兄のアムルガムに甘えるように服の袖をずっとぎゅっと握って離さなかった。口には出さないがよほど寂しかったのだと悟ったアムルガムはそんなチロガルムを抱き寄せた。やがて山盛りのナポリタンを用意したルゥフィリアが嬉しそうにチロガルムの前に出すと、チロガルムの目はきらきらと輝きだした。
「おーーー……すごい……」
「ミートボールもおまけでつけたからね。たくさん食べてね!」
「いただきます!」
チロガルムはフォークを片手にナポリタンをゆっくりと味わった。一口一口噛みしめるように食べている姿にアムルガムは心から安心し、ルゥフィリアに小さくお礼をいった。するとルゥフィリアはそれをウインクで返すと二人にできたてのチョコレートサンデーを用意した。
「あれ、さっきおれ……」
「せっかくなら一緒に同じものを食べたいじゃない? さ、お二人一緒に召し上がれ♪」
ついさっき運ばれたチョコレートサンデーはいつの間になくなっており、その代わりに新しいチョコレートサンデーがアムルガムとチロガルムの前に置かれていた。
「チロ、食うか!」
「うんっ!!」
「「いただきます!」」
二人揃って口の周りをチョコレートまみれにさせながら、食べている様子をルゥフィリアはくすくすと笑いながら見守っていた。心もお腹も満たされた二人は女性に「ご馳走様」といいながらドアチャイムを鳴らし、外へと出て行った。最後に残ったチョコレートサンデーの容器を見てルゥフィリアはまたくすっと笑った。
「あらあら。兄弟ね」
二人の食べ方がまるでそっくりで、チョコレートソースをスプーンでひっかいた後が瓜二つだったのだ。
「うふふふ。またいつでもいらしてね。美味しい料理をたくさん用意して待ってるわ」
ルゥフィリアはチョコレートサンデーの容器をキッチンへと運び、後片付けを始めた。ごきげんな鼻歌と共に。




