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最終話 清掃おじさん「俺たちの戦いはこれからだ!」

 サクヤさんが再びこちらの世界へやってきてから、一ヶ月が経った。

 あの日、福岡探索者協会へサクヤさんを連れていった後は大変だった。


 半年前から事情を把握していた協会の上層部を通じて政府へ連絡が入り、翌日には俺とサクヤさんも東京へ向かうことになった。


 そこから先は、正直なところ俺にはよく分からない。


 サクヤさんが持ち帰った俺達の条件は崩壊世界——サクヤさん達の世界——の各国にも共有されていたらしく、向こうのアメリカやイギリスをはじめとする国々からも代表者がやってきた。

 こちらも日本だけで決められる話ではないので各国や国連が動き始め、平行世界同士の話し合いなんていう、人類史上初めてに決まっている会議が始まった。


 俺も何度か呼ばれた。

 だが、俺が話せることなんて自分の『清掃』についてくらいである。


 政治や外交なんて分かるはずもないので、必要なことだけ答えて、後は偉い人達に任せることにした。


 崩壊世界へ行く話も、すぐには決まらなかった。


 当然だと思う。

 向こうにはエルダー・ドラゴニュート以上のモンスターが存在し、人類が100年以上も取り戻せていない地域まである。俺が魔素を消せるからといって、そこへ送り込んで死にましたでは話にならない。


 どうやって俺の安全を確保するのか、どの地域から『清掃』するのか、魔素を急激に減らした場合に環境へどんな影響が出るのか。


 調べることはいくらでもあるらしい。


 俺としても、急ぐつもりはなかった。

 サクヤさん達の世界を助けられるなら協力したいとは思っている。


 それでも俺には、こっちでの生活がある。


「主任!そっち終わりました!」

「了解。じゃあ高橋は山下と合流してくれ。佐々木、こっち手伝ってもらえるか?」

「分かりました」


 今日も俺は博多第一ダンジョンでモップを握っていた。


 結局、何も変わっていない。

 いや、何も変わっていないというのは少し違うか。


 俺の周りは、かなり変わった。


 まず、会社に来る仕事の依頼が増えた。

 それ自体はありがたいのだが、何故か俺を指名する依頼まで増えている。


 俺はホストじゃない。

 清掃員を指名してどうするんだ。


 しかも、探索者にならないかという誘いは未だに来ている。国内だけならまだしも、海外の探索者チームからまで声が掛かるようになった。特にダンテさんからと獅子堂さんからの誘いが凄い。世界最強と日本最強、感性が似ているようだ。

 もちろん、全部断った。


 給料については社長と少し話し合った。

 何しろ最近の俺は、普通のダンジョン清掃だけでなく、とんでもない現場へ呼ばれることが増えている。


 危険手当くらいは欲しい。

 そこは現実的に大事だ。


「主任〜終わりましたよ〜」


 山下がやってきた。


「こっちも終わった。今日は早かったな」

「そりゃ主任がいますからね!日本を救った英雄様に清掃させたら、そりゃダンジョンも綺麗になりますわ!」

「やめろって、それ!」

「世界を救った英雄様でしたっけ?」

「もっとやめろ!!」


 半年経ってもこれである。

 最近ようやく世間が落ち着いてきたというのに、身内が一番しつこい。


 清掃道具を片付け、四人で地上へ戻った。

 会社へ帰って報告を済ませれば、今日の仕事は終わりだ。


 時刻は午後五時過ぎ。明日は休み。

 帰って風呂に入って、適当に飯を食って、今日は早めに寝よう。


 そんなことを考えながら会社を出たところで、駐車場に見覚えのある車——黒い大型8人乗りの車——が停まっていることに気付いた。


 嫌な予感がする。

 俺が近づくより先に、助手席のドアが開いた。


「田中さーん!」

「⋯⋯水野さん」


 水野さんだった。

 いつもの明るい笑顔で駆け寄ってくる。


「お仕事お疲れ!」

「ありがとうございます。どうしたんですか?」

「迎えに来た!」

「え、何でですか⋯⋯?」

「今日みんなでご飯行くから!」


 聞いてない。


「俺、何も聞いてないんですけど」

「今言ったじゃん」

「そういう問題じゃないでしょ!大人なんだから、ちゃんとアポとか取ってくださいよ!」


 水野さんは楽しそうに笑う。

 すると運転席から黒川さんが降りてきた。


「すみません、田中さん。夏希がどうしても直接迎えに行くと言うので」

「黒川さんまで⋯⋯」

「田中さん、明日はお休みですよね?」

「そうですけど」

「でしたら問題ありませんね」


 何が問題ないのだろう⋯⋯。

 

 後部座席の窓が開いた。


「田中さーん。早く乗ってよー」


 小宮川さんが手を振っている。

 その隣には橘さんもいた。


「急にすみません、田中さん。でも、お店は予約してありますので」


 もう逃げ道がない。


「⋯⋯分かりましたよ。ちょっと自分の車に荷物置いてきます」

「やった!」


 水野さんが嬉しそうに俺の腕へ抱きついた。


「ちょ、水野さん!」

「いいじゃん。最近全然遊んでくれないし」

「仕事も色々あったんですよ」

「良いも〜ん!今から遊んでもらうし!」


 近い。というか柔らかい。

 42歳を目前にしたおっさんには刺激が強いので離れてほしい。


「あ、なっちゃんずるーい」


 車から降りてきた小宮川さんが、反対側から俺の腕を取った。


「小宮川さんまで何してるんですか!」

「美月も田中さん不足だったから補充してる」

「何その恐ろしい栄養素⋯⋯」


 何故か両腕を塞がれた。

 助けを求めて黒川さんを見ると、目が合った。


「⋯⋯楽しそうですね、田中さん」

「どこがですか⋯⋯。助けてください」

「嫌です」

「黒川さん?」


 何故か笑っている。

 橘さんまで口元を押さえていた。


 最近、こんなことが増えた。

 伊勢から帰って以降、水野さん達との距離が明らかに近くなった気がする。


 水野さんだけではない。

 黒川さんから二人で食事に誘われたこともあるし、小宮川さんは以前にも増して距離が近い。

 橘さんも時々連絡をくれるようになり、この前は料理を作り過ぎたからと家まで持ってきてくれた。


 ありがたい。

 ありがたいのだが、四人とも美人なので非常に困る。


 しかも俺が少しでも意識すると、水野さんや小宮川さんにはすぐバレる。


「田中さん、顔赤くない?」

「赤くないです」

「赤いよ」

「夕日です」

「まだそんなに夕日出てないけど?」

「じゃあ暑いんです」

「今日そんな暑くないよ?」

「水野さん、うるさいですよ」

「あ、照れてる〜」

「照れてません」


 楽しそうに笑われた。


 最近、水野さんが遠慮しなくなってきた。


 エルダー・ドラゴニュートの一件以降、特にそうだ。

 あの時抱きしめたことについては、お互い一度も話していない。


 俺としては触れない方がいいと思っている。

 向こうがどう思っているのかは分からないが、変に掘り返されたらなんて反応して良いのか分からないからな。


「夏希ちゃん、美月さん、その辺にしてください」


 橘さんが助け船を出してくれた。


「橘さん⋯⋯!」

「田中さん、ちなみに今度のお休みって空いてますか?」

「え?」

「教えていただきたいお店があるんです。一緒に行けたらと思って」


 助け船じゃなかった。


「由香里さんまで抜け駆けしてる!」


 水野さんが俺から離れ、橘さんの方へ行った。


 助かった。

 いや、何も解決していない。


「田中さん」


 今度は黒川さんだった。


「はい?」

「来週、以前お話ししたお店に行きませんか?」

「黒川さんまで!?」


 思わず声が出た。

 黒川さんが珍しく悪戯っぽく笑う。


「駄目ですか?」

「いや、駄目じゃないですけど⋯⋯」

「では決まりですね」


 何なんだ、これ。

 俺はいつからこんな生活になったんだ。


 昔は仕事が終われば一人で帰って、飯を食って、煙草を吸って寝るだけだった。


 それで不満もなかった。

 19年間、ずっとそんな生活をしてきた。


 それが今では仕事が終わると二十代の美女四人に待ち伏せされ、休みの日の予定まで勝手に埋まっていく。


 世界最強になるより、こっちの方がよほど想定外だった。


「とりあえず行こ!お腹空いた!」

「分かりましたから引っ張らないでください」

「何食べる〜?ジャイフル?」

「良いですね。唐揚げ定食食べたくなってきたな」

「この面子でファミレス行けるのかしら⋯⋯」


 水野さんに背中を押され、車へ向かう。


 結局、その日は四人と夕食を食べた。


 相変わらず賑やかだった。

 水野さんと小宮川さんが騒ぎ、黒川さんが呆れながら止め、橘さんが笑っている。


 俺はその中に混ざって飯を食べた。


 悪くない。

 むしろ、かなり楽しかった。


 翌朝は、休日なのにいつもの時間に目が覚めた。


 昨日は帰宅が遅くなったので、少し眠い。

 コーヒーを淹れ、縁側に座って煙草に火をつける。


 春の朝は気持ちがいい。

 スマホを見ると、メッセージがいくつも届いていた。


 水野さんからは次に行きたい場所。

 黒川さんからは来週の店の詳細。

 小宮川さんからは何故か昨日撮った俺の写真。

 橘さんからは、今度の休みについて。


 他にも、天城姉妹から東京行きのチケット番号が送られてきていたり、獅子堂さんからはしょうもないメッセージが届いていたり、白峰さんからはカニ漁の写真が届いて————なんであの人、カニ漁に行ってんだろう⋯⋯。


「⋯⋯俺の休み、どこ行ったんだ」


 煙を吐きながら笑ってしまった。


 少し前までは考えられなかった。


 かつて、俺は探索者になることを諦めた。


 自分には才能がないと思っていた。

 だから清掃員になった。


 最初は生活のためだった。

 それでも毎日ダンジョンへ入り、汚れを落とし、モンスターの死体を片付け、残留魔素を『清掃』した。


 気付けば19年経っていた。

 そして、いつの間にか俺はとんでもない量の魔素を持つようになり、ドラゴンを殴り倒し、S級探索者達と知り合い、日本中のダンジョンを回り、最後には平行世界のお姫様まで家の近くに現れるようになった。


 人生、何が起こるか分からない。


 世界最強なんて呼ばれることもある。

 英雄なんて呼ばれることもある。

 この前なんて、海外の記者に人類最強候補の一人だと言われた。


 どれもしっくりこない。


 俺は煙草を灰皿に押しつけ、立ち上がった。


 せっかくの休みだ。

 まずは家の掃除でもしよう。


 掃除機を取りに行こうとしたところで、スマホが鳴った。


 水野さんからだ。


《田中さん、今から遊ぼ!》


 早い。まだ朝だぞ。

 断ろうかと思ったが、その直後にもう一通届いた。


《もうみんなで向かってる!》

「⋯⋯先に聞いてくださいよ」


 思わず笑った。

 どうやら今日は家の掃除も出来そうにない。


 まあ、明日やればいいか。

 

 俺はコーヒーカップを片付けながら、玄関へ向かった。


 19年前、探索者にはなれなかった。

 それでも清掃員として働き続けた。その結果が正しかったのかなんて、今でも分からない。


 ただ、一つだけ決めていることがある。


 世界最強になっても。

 日本を救った英雄なんて呼ばれても。

 この先、どんな仕事を頼まれたとしても。


 俺はこれからも、ダンジョンを綺麗にする。準備が出来たら、今度は崩壊世界も綺麗にする。


 だって俺は——清掃員なのだから。

最終話まで見ていただき、ありがとうございました!

100話オーバーの話になり、全国編(作者が勝手に呼んでる)は話が膨らんで話数が増えすぎましたね(汗)


何かの間違いで人気が出るようなことがあれば、崩壊世界編を新作として投稿させていただくと思いますので、ご期待していただけるのであれば、評価ポイントやブックマーク等、よろしくお願いいたします。

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