第70話 バッドイベント
1位イングリッドの表示を見て、俺達の視線は自然とメイへ向いた。
メイは、まるでこの瞬間を待ち構えていたかのように、勝ち誇った笑みを浮かべている。
実に憎たらしい表情だ。
「ふっふっふ。呆気なかったな。早くもトップに立ってしまうとは」
「くそっ……ほとんど金の力なのに……」
「資金力もプレイヤーの能力のうちだよ」
メイは俺の皮肉をさらりと受け流し、まったく気にした様子もない。
この手の心理的揺さぶりは、彼女には通用しないのだ。
「キャサリンは私が倒しておくから、あんた達はのんびりパートナーとの日々を過ごすといいさ」
「いいえ、まだわかりません! 明日は21日目。またイベントがあります!」
「そうだ! ミコトさんの言う通りだ。イベント次第では、まだどう転ぶかわからないぞ!」
そう、俺達にはまだ希望がある。一発逆転できるようなアイテムが手に入ったり、そういったイベントが起こったりすれば、イングリッドに追いつくのはまだ可能なはずだ。
「ふふ、果たしてそうかな?」
「なに?」
希望を捨てていない俺達に対して、メイはなおも余裕のある強者の笑みを浮かべていた。
「確かに、運が良ければ私より有利なイベントを引くこともあるだろう。だが、その後また引き離すだけの話さ。圧倒的な財力、圧倒的な知名度、圧倒的なコネクション――それを持つ私とイングリッドが、最後に勝つのは決まっている」
「くぅ……」
なんという強敵悪役ムーブ!
多少のイベント差などどうとでもなるという自信が、メイにはみなぎっていた。
ギルドメンバーとしてメイのことは頼もしく思っていたが、敵に回すと厄介なことこのうえない。
俺達はメイに対して何も言い返すことができず、ただ黙り込んでしまった。
そして、翌21日目。三度目のイベント発生の日がやってきた。
7日目のようなイベントルーレットか、14日目のデートイベントあるいはキャサリンイベントのようなものか。
俺は固唾を呑んで今回のイベントが始まるのを待った。
【バッドイベントルーレット】
ふいにそんなメッセージが表示され、何か文字が書かれているであろうルーレットが回り始めた。
「今回もルーレットか!」
俺は高速で回転するルーレットを凝視し、書かれている文字を読み取ろうと集中する。
7日目は安易に止めすぎた。今度こそ、しっかり見極めて止める。
「スパゲティバリウスを超えるアイテムか、あるいは、エルシーの超強力パワーアップイベントが来れば……」
その時、ルーレットに気を取られていた俺は、「バッドイベント」の文字にようやく気づく。
「……ちょっと待て。バッドイベントルーレットだって?」
てっきり7日目のイベントが再びやってきたと思いこんでいたが、あの時は「グッドイベントルーレット」だった。
「……もしかして、これを止めれば、絶対に何かバッドイベントが発生するってことか?」
安易に止めなくて良かった――と思ったが、結局止めるしかないなら同じだった。
もしかしたら、ルーレットをキャンセルする方法がないかと、色々試してみたが状況は変わらない。
「このままルーレットが消えるまでじっと待ってれば……いや、それも危険だ」
万が一、自動で最悪なイベントに止まったら後悔しきれない。
「どうせバッドイベントを引くのなら、せめて自分の手で引いてやる!」
俺は決心してルーレットを止めた。
肉眼で見切れぬ速さで回っていたルーレットは、次第にゆっくりになっていき、そして――
足の故障
止まったルーレットに書かれていたのは、そんな文字だった。
見ただけで、どんなバッドなことが起こるのか容易に想像がつく。
「いたっ!」
さっきまで部屋の中を、何かするでもなくうろうろと歩いていたエルシーが、急にうずくまって右足をさすり出した。
「エルシー!?」
「すみません、ショウさん。練習していたら足を捻ってしまって……」
いやいや、あなた練習してなかったよね。今日はまだ練習の指示すら出していない。
――そんなモヤモヤは湧いたが、このバッドイベントを引いたのは俺の責任だ。ここでエルシーを責めるのは筋違いだ。
「大丈夫か?」
「ただの捻挫だと思います。このくらい大したことないです」
言葉は頼もしいが、顔からは明らかに痛みを我慢しているのが見て取れた。
さすがに「はい、そうですか」と言うわけにはいかない。
「とにかく、魔法医に診てもらおう。話はそれからだ」
「……わかりました」
エルシーは渋々ながらも頷いた。
魔法医とは、医術と回復魔法の両方を扱う専門職だ。
自然回復しない状態異常や怪我を治療するのが主な役割で、プレイヤーも低レベルの頃はよく世話になる。
まあ、それはともかく、俺はエルシーをこの街の魔法医のもとへと連れて行った。
診断の結果は、エルシーの言ったとおり捻挫だった。
捻挫なら魔法で治療してもらえば解決だ――と安心したのも束の間、「捻挫は魔法では治せない」と魔法医に言われてしまった。
この世界の回復魔法は、毒や麻痺といった状態異常には効くが、こういう物理的な怪我には、万能ではないらしい。
結局、魔法医からは三日間の安静を命じられ、俺はエルシーと共に屋敷に戻ってきた。
さて、困った。
クエストは終盤戦だ。この大事な時期に三日間も動けないのは痛い。
エルシーは屋敷に戻ってきてからも「大丈夫です! やれます!」と強がっているが、その言葉を簡単に鵜呑みにするわけにはいかない。
さすがに今日はこのまま何もせず安静にするとして、明日からどうするか……。
案1 今日を含めて三日間、何もせず安静にする
案2 足に負担がかからない歌や楽器練習などを選んで行う
案3 エルシーの言うことを信じ、通常通りの行動を続ける
考えられるのは、この三つの選択肢だった。
これは勝負を分ける選択になるかもしれない。
「さて、どうしたものか……」
俺が頭を抱えて思案していると、突然、部屋の扉が勢いよく開いた。
目を向けると、血相を変えたキャサリンが肩で大きく息をしていた。
エルシーの捻挫でイベントは終わりだと思っていた。
だからこそ、ここでの彼女の登場は完全に予想外だった。
「キャサリン!? そんなに慌てて一体どうしたんだ!?」
「どうしたもこうしたもないわよ! 二人ともこれを見なさい!」
キャサリンが俺とエルシーの前に一枚の紙を突き付けた。
街で配られている号外のようだった。
言われるまま、その紙に目をやった。
『スクープ! イングリッド、深夜の密会デート』
号外の一面には、そんな文字が躍っていた。




