第39話 レッドドラゴン「インフェルノ」
「バフをかけますね」
ミコトさんが静かに祈りの姿勢を取る。
淡い光が広がり、俺達を包み込む。
防御と耐性が底上げされる感覚。
光が消えた瞬間、空気が張り詰めた。
俺達は通路の出口に並ぶ。
先頭はクマサン。
最初に敵の視界に入った者が標的になる。
その役目は、タンクの誇りだ。
「頼むぞ、クマサン」
クマサンは、前を見据えたまま小さく頷いた。
「行くぞ、みんな!」
次の瞬間、クマサンが駆け出した。
広間へ飛び出すと同時に、インフェルノの瞳が細められる。
巨大な首がゆっくりと動き、視線が固定される。
――来る。
「スキル、挑発!」
エフェクトが弾け、灼熱の視線がクマサンへ吸い寄せられる。
さらに続けざまに「陽動」。
ヘイト上昇のメッセージを横目に、俺はドラゴンの側面へ回り込む。
タンクと同じ正面に立つのは愚策だ。
通常、このゲームの攻撃判定は三方向――正面・側面・背面。ダメージはその順に上昇する。
しかし、今回のアップデートで追加された新要素――部位ダメージ。
特定の敵に限り、攻撃部位によって補正が変わる。
この巨体を見た瞬間、確信した。
――対象は、こいつだ。
背後を取るだけの単純な戦術は通用しない。
どの部位を狙うか。
そこが勝負だ。
太い後ろ脚へ滑り込み、スキルウィンドウを開く。
――この一瞬で、すべてが決まる。
部位の前に、まず料理スキル。
これが黒色なら終わりだ。
撤退か、消耗を抑えた敗北か。
仲間にはいずれ再戦の機会があるだろう。
しかし俺にとっては、これが最初で最後になる。
何度も想像してきた最悪の未来。
失望に潰されないために、覚悟だけはしてきた。
だが――
視界に浮かぶスキル名は、鮮やかな白。
料理スキルは、生きている。
胸の奥で何かが弾けた。
右手に握る新たな包丁――メイメッサーへ、力がこもる。
「食らえ、インフェルノ――スキル、輪切り!」
【ショウはインフェルノに輪切り ダメージ182】
包丁が赤黒い鱗を裂いた。
手が軽い。
刃の先まで俺の神経が通っているかのようだ。
「メイ! このメイメッサー、最高だ!」
「当たり前だろ――誰がショウのために打ったと思ってるんだよ」
チラリとメイに目を向けると、嬉しそうな顔で、魔法のスクロール「ブリザード」を展開する。
料理スキルが使えなければ、その時点で試合終了。
あの顔は、そうならずに済んだことに安心したものだろうか。
「メイ、あんまり無理するなよ! 使い捨てのくせに魔法スクロールは高価だ。この戦いのせいで破産したとか言われても責任が持てないぞ」
「こういうときのための金だ。ここで出し惜しみする気はない」
彼女に迷いはない。
次のスクロールがすでに構えられている。
――格好いいじゃないか。
これは負けてられない。
「俺もギアを上げるぜ!」
地を蹴る。
本命は後ろ脚ではない。
狙うのは――尻尾。
多くのゲームでドラゴンの尾は弱点に設定されているものの、この世界でもそうとは限らない。
それでも、試す価値はある。
「食らえ、インフェルノ! これが俺のメイメッサーの力だ!」
【ショウはインフェルノにみじん切り ダメージ550】
数値が跳ね上がる。
最強種相手に、この威力。
――想定以上だ。
とはいえ、ただ数字に喜んでいるわけにはいかない。
まだ検証の途中だ。
今のは最大火力スキル。ダメージが出ても、尻尾が本当に有効部位かどうかは、まだ断定できない。
必要なのは比較。
最初に後ろ脚へ輪切りを入れたのは、そのためだ。
同じ技、同条件で差を見る。
輪切りのクールタイムを確認する。
その一瞬、視界の端で、クマサンがインフェルノの灼熱の牙を受け止めているのが見えた。たとえあの攻撃が火属性の効果を帯びていたとしても、ベアアームの耐火性能なら、わずかにでも和らげてくれるはずだ。
あいつが、前で支えてくれている。
だから、俺は、攻撃に集中できる。
――きた。
灰色だった文字が白く戻る。
「スキル、輪切り!」
【ショウはインフェルノに輪切り ダメージ205】
後ろ脚は182。
尻尾は205。
誤差ではない。
明確な差だ。
尻尾が弱点――予想は確信に変わる。
「みんな! 後ろ脚より尻尾だ! 尻尾の方が通る!」
すぐに共有する。
ログは全員に表示される。
とはいえ、この規模の敵相手では、すべての数値を瞬時に把握し続けるのは難しい。
情報は、声に出して整理する。
「了解。こっちも見えてきた。火は無効。雷と土は通りが浅い。氷が最有効、水が次点だ」
メイの報告が飛ぶ。
スクロールを乱発していたわけではない。
属性検証だ。
無駄に見える行動も、最適解に辿り着くための布石になる。
「インフェルノ。これが人間の戦い方だ。力だけじゃない」
初見でも、弱点は暴ける。
削る。
測る。
詰める。
俺達は確実に、インフェルノを攻略し始めていた。




