第280話 何が言いたいんだ?
俺はぐっと拳を握り込み、勝利の感覚を全身で噛みしめる。
ポイントはクマサン達と同じ。勝敗を分けたのは撃墜数だった。
守りの固いタンク&アタッカーの組み合わせより、ダブルアタッカーである俺達のほうが、今回のルールでは有利だったというだけの話だ。
もし最後の戦いで、あと少しでも時間があれば――俺は倒されていたかもしれない。
そうなっていれば、この順位は簡単にひっくり返っていた。
……本当に、危なかったな。
それに、この一位という結果は、俺一人の力で掴んだものじゃない。
ルシフェルに助けられた場面は、数えきれないほどあった。
「……ルシフェル、ありがとうな。お前のおかげで助かった」
正直に言えば、「当然だ」「お前が足を引っ張らなければもっと楽だった」くらいは返ってくると思っていた。
それでも、礼だけは言っておこう――そんな心持ちだった。
「……いや。これは二人の勝利だ。私とショウ、この二人だからこそ成し遂げられた」
返ってきた言葉は、意外なほど殊勝だった。
改めてイベント中のことを思い返してみる。
立ち回りも判断も、振る舞いそのものも、どこか献身的だった。
傲慢な「王様タイプ」という先入観を持っていたが……それは、ただの思い込みだったのかもしれない。
あるいは、一緒に戦ううちに、こいつの中にあった俺への対抗心や嫌悪感のようなものが、少しずつ薄れていったのか。
だとしたら――少し、嬉しい。
……もっとも。
この先、ルシフェルと深く関わることは、きっとほとんどない。
四人しかいない俺達のギルドと、HNMギルド「片翼の天使」とでは、挑むフィールドが違いすぎる。
ほかのHNMはともかく、真インフェルノだけは、俺もこの手で倒したいとは思っているが――それは、叶わぬ夢だろう。
もしルシフェルの「片翼の天使」が、最初の真インフェルノ討伐者になったなら……。
きっとこいつは、俺が「1stドラゴンスレイヤー」を取ったことなんて、すっかり忘れてしまうはずだ。
そんなふうに、ほんの少しだけ寂しさを覚えていると――
ルシフェルが、緊張したような、あるいは何かを決意したような表情で、こちらを見てきた。
「……なぁ、ショウ。……私と……その……フレ……フレ……」
言いたいことはあるのに、言葉にできない。
そんな様子で、もごもごと口ごもっている。
「『フレー、フレー!』って応援してほしいのか?」
「ち、違う!」
自分達のギルドの戦いを、隠れて見るんじゃなく声を出して応援しろ、という話かと思ったが……どうやら違ったらしい。
「……えっと、だな……私と……フレ……フレン……」
ルシフェルは顔を赤くし、再び俯いて、ごにょごにょと歯切れの悪い声を漏らす。
こんなふうに、言いたいことも言えずに口ごもるようなキャラじゃなかったはずだ。
一体、何を言おうとしている?
――もしかして。
「わかった」
「――――!」
ルシフェルが、ぱっと顔を上げた。
驚いたようで、どこか期待も滲んだ、どうにも言葉にしづらい表情だ。
「フレンチが食いたいんだな。――でも、悪い。このゲームにフレンチ料理はない。なにしろ、この世界にはフランスがないからな。――ただ、白身魚のムニエルや、ブフ・ブルギニョンなら作れるぞ。今回の借りもあるし、特別にギルドメンバー価格で好きな料理を用意してやっても――ん? どうした?」
料理人である俺に何か言いたいのなら、きっと料理の話だと思ったのだが……どうやら違ったらしい。
ルシフェルは、悲しそうで、それでいてどこか怒ったような、複雑な表情を俺に向けている。
「フレン」なんて言うから、「フレンチ」しか思い浮かばなかったのだが――俺の灰色の脳細胞による推理は、見事に外れたようだ。
ちなみに、ブフ・ブルギニョンとは、牛肉を赤ワインでじっくり煮込む、フレンチの王道とも言える料理である。
とはいえ、フレンチと聞いて、即座にこの名前が出てくる人は少ないだろう。
日本食なら寿司や天ぷら、イタリアンならパスタやピザ。代表的な料理がすぐに思い浮かぶが、フレンチと言われると、具体的な一皿は案外出てこない。
なぜなら、それは、これといった特定の一皿ではなく、技法・思想・構造そのものがフランス料理だからだ。フレンチとは、料理名を指す言葉ではない。ソースの引き方、火入れの精度、素材の組み合わせ、盛り付けの余白――それらすべてを貫く「考え方」の総称だと言っていい。
――などと、心の中で一人、熱く語っている俺の前で、ルシフェルは小さく肩を震わせていた。
「……そんな話じゃない。……私が言いたいのは――」
【各タッグチームには、イベントによる経験値と、順位に応じた賞金をお渡しします】
【また、1位のタッグには称号『ゴールデンペア』が与えられます】
ルシフェルの言葉を遮るように、無情なシステムメッセージが流れた。
このゲームにおけるイベント経験値は、通常の狩りよりも多いのが基本だ。
今回のように、ランダム発生でしか体験できないイベントなら、なおさらだろう。
それに、称号「ゴールデンペア」。
これは間違いなくレア称号だ。
そもそも、このイベント自体が狙って参加できるものじゃない。
偶然遭遇し、なおかつ1位を取らなければならない。
現時点で、この称号を持つプレイヤーが何人いるのかは分からないが……俺の経歴に、また一つ箔がついたのは確かだ。
【イベント終了につき、参加プレイヤーを元の場所へと戻します】
これまでに手に入れた称号の数々を思い返していると、さらにそんなメッセージが流れた。
そういえば、俺達はこの街に入った直後に、このイベントへ参加したんだった。
買い物や用事を済ませるつもりだったプレイヤーもいるだろうし、元の場所へ戻してくれるのは、運営なりの配慮なのだろう。
俺はその仕様に、なるほどと深くうなずいていたが――
なぜだか、ルシフェルだけは明らかに慌てていた。
「元の場所!? ちょっと待ってくれ! ショウ! 私とフレンドに――」
必死に何かを叫ぶルシフェルの声は、途中で途切れた。
視界が一瞬ブラックアウトし、次の瞬間、俺はこの街に入ってすぐの場所へと戻されていた。




