第270話 罠
俺は再び一人でねーさん達に倒されたあの行き止まりの路地へと向かった。
彼女達が今もそこにいるとは限らない。
だけど、俺はねーさんがそこにいると確信していた。
このイベントの戦略は大きく分けて二つだ。
有利な地形に潜んで獲物を待つ「待機型」と、スターと敵を求めて積極的に動き回る「巡回型」。
前者は有利な場所で戦える反面、相手が来なければ戦えずスターも拾えない。後者は戦闘と獲得の機会が増えるが、不利な地形で戦うリスクを抱える。
ねーさんとミコトさんが本来の役割であるタンク&ヒーラーなら第三の作戦――移動しながらスターを拾い、接敵を避ける生存戦略を取っただろう。
だが今の二人は違う。タンク&アタッカー――何でもできる構成だ。
普通の奴なら、二人の取る戦略を読み取るのは難しい。
だけど俺は知っている。
ミコトさんの「神降ろし」は効果時間に限りのあるステータス強化スキルであることを。時間切れになれば、彼女はヒーラーに戻ってしまう。
つまり――逃げられたら終わり。時間稼ぎをされたら、彼女達の戦略は崩壊する。
だからこそ二人は、敵を誘い込んで逃げ道を奪う「挟み撃ち」を狙うに違いない。
ねーさんが「挑発」でターゲットを固定し、その背後からミコトさんが拳を叩き込む――あれは二人にとって最も強力な勝ち筋だ。
そしてそれを実行するのに、あの路地は最適だった。
囮のねーさんが行き止まりへ誘導し、隠れていたミコトさんが唯一の出口を塞ぐ――俺相手に成功した以上、彼女達は次の獲物もそこで狙っている。
そう確信して歩みを進めた瞬間――
「……あっ」
「……あっ」
角を曲がったところで、ちょうど一人でいたねーさんと鉢合わせた。
ねーさんは俺を見るなり、すぐさま踵を返して猛ダッシュする。
――だよな。
追いかけたくなる心理を突いた、典型的な誘導。
追う側は妙に優位だと錯覚しやすく、罠を疑いにくい。
前回の俺は、ねーさんが偶然スターを拾っていたこともあって警戒心ゼロだったが……今ならわかる。
追いつけそうで追いつけない速度、曲がり角の使い方――全部考えられている。
こういうのはミコトさんの策じゃない。間違いなくねーさんの策だ。
普段は勢い任せなのに、こういうところだけ妙に冴えている。
「待てっ、ねーさん! 今度こそ倒してやる!」
ここはバカを演じておく。
二度も同じ手に引っかかるのは普通ありえない。
だから少し大げさに、何も考えていない風を装っておく。
――ねーさんならきっと違和感に気づいているだろう。だけど、それでもなお、そのうえで俺を攻略しようと考えるのがねーさんという人だ。
案の定、前と全く同じルートで、俺は再びあの行き止まりの路地へ誘い込まれる。
そして今度も、背後からミコトさんが現れた。
隠れ場所を探しながらねーさんを追いかけていたが――まったく見つけられなかった。裏路地で遮蔽物が多いこの地形は、姿を隠しておくのに最適ってわけだ。ねーさんはこの街を熟知している――それがよくわかる。
「ショウさんらしくないですね。二度も同じ手に引っかかるなんて」
少し落胆したようなミコトさんの声が背後から届く。
……俺のこと、そんなに評価してくれてたのか。
だが、振り返らない。
俺はねーさんだけを正面に捉え、包丁を構え続けた。
「何か策があると思ったんだけど……買いかぶりだったみたいだね。――スキル『挑発』!」
【フィジェットはショウに挑発】
これでターゲット変更は不可能。
ねーさんは勝ちを確信しているのか、余裕の笑みを浮かべている。
「どうした、自慢の料理スキルは? 私の神聖守護盾を警戒してるのかい?」
スキルに続いて、今度は言葉での挑発が飛んできた。
だが俺は包丁を握った右手を微動だにさせない。
「――諦めたのかい? まあいい。ミコト、ショウに引導を渡してやれ!」
「……ショウさん、ごめなさい。全力で行かせてもらいます。――神降ろし!」
【ミコトは神降ろしを使用した】
強化されたミコトさんが、後ろから俺に駆け寄り、ワンツーで拳を叩き込む。
【ミコトはショウに攻撃 122ダメージ】
【ミコトはショウに攻撃 120ダメージ】
背中に衝撃が走り、ダメージ表示が流れるが、俺は焦らずにスキルを使う。
【ショウは自分にヒール・大 体力が240回復】
その瞬間、ねーさんの瞳が大きく揺れた。
後ろからは驚きに満ちたミコトさんの声が響く。
「うそ……!? 『狂気の仮面』使用中は、攻撃スキル以外は使えないはずです!」
想定通りの反応で気持ちがいい。
俺は上半身だけ振り向き、ミコトさんに顔を向ける。
「――そうだね。『狂気の仮面』を被っていればね」
彼女にはニヤつきそうになる俺の唇がきっと見えているだろう。仮面を被っていれば見えるはずのないその唇が。
「――えっ!? 仮面をつけていない!?」
ミコトさんの顔が驚きに染まる。
「仮面!? そういえば――!」
ねーさんも、ようやく気づいたようだ。戦闘態勢に入ってもまだ俺が「狂気の仮面」を装備してなかったことに。
俺があの仮面を身に着けるのは、戦闘時のみ。中二病っぽいと思われるのがいやで、普段は決して身に着けていない。だから、数回しか一緒に戦ったことのないねーさんは、つい見逃してしまったってわけだ。
これがミコトさんだったらきっとすぐに気づいただろう。だから、彼女には顔を向けないように注意していた。
「でも、回復できるからってどうだって言うんだい! 倒されるまでの時間が多少伸びただけ――」
ねーさんが言い終わる前に、四人目のプレイヤーの声が響く。
「零の嘆き!」
【ルシフェルはミコトに零の嘆き ダメージ340】
眩い魔力の一閃がミコトさんを撃ち抜き、体力が大きく削れた。
ミコトさんの後方――そこに右手を掲げて立つルシフェルの姿があった。
――ねーさん、ミコトさん、さっきのリベンジをさせてもらうぜ!




