第271話 ショウ&ルシフェル対ミコト&フィジェット
俺が一人で動いていたのは、ねーさん達を油断させるためだった。ルシフェルと二人で動けば、手の内を知られている彼女達は警戒して俺達との戦闘を避ける可能性があった。
そのため、俺は一人で先行し、ルシフェルはマップ上で俺のマーカーを確認しながら追いかけてきていたってわけだ。
さっきまでは、俺がねーさんとミコトさんに挟まれていた状況だったが、今はそれと同時に、俺とルシフェルでミコトさんを挟む形に変わった。
「ねーさん、俺に『挑発』を使ったのは失敗だったな。おかげでルシフェルは完全にフリーだ。ここからは、俺とねーさん、どっちがヒーラーとしてアタッカーを支えられるかの勝負だな」
「……くっ」
ねーさんが悔しげに唇を噛む。
だけど、彼女は引きずるような女じゃない。即断即決、それがねーさんの強みだ。次の瞬間にはミコトさんに向けて鋭く指示を飛ばしていた。
「ミコト、ルシフェルだ、ルシフェルを狙って! ヒーリング能力なら、うちのほうがショウより上だよ!」
「――はいっ!」
さっきまで俺の無防備な背中をどつきまわしていたミコトさんが、踵を返しルシフェルへと駆け出した。
ミコトさんが接敵するまでの間は、ルシフェルが一方的に遠距離攻撃できる分だけ有利。
だが近距離戦に入れば、金属防具を装備できない精霊使いのルシフェルより、「神降ろし」でステータスが強化されたミコトさんのほうが堅い。
つまりトータルで互角。――ならば、勝敗を分けるのはヒーラーの手腕。
俺のヒールはサブ職の白魔導士由来のものだけ。
対してねーさんはサブ職に加えて、本職の聖騎士としての回復まで持っている。
ヒール性能だけを比べれば、ねーさんのほうが明らかに上だ。
そう、「ヒール性能」で勝負するなら――。
「かかったな、ねーさん!」
手慣れた操作で装備ウィンドウを開き、「狂気の仮面」を装備する。何百回もやってきたことだ、頭で考えずともできてしまう。
「悪いけど、俺はヒーラーじゃない。アタッカーだ! ――スキルみじん切り!」
「ひ、卑怯だぞ!」
ねーさんがうらめしげな眼で俺を見る間もなく、俺の包丁が彼女の体力を大きく削る。
すぐに自己ヒールで回復されるが、それでも全快には届かない。
俺の言葉を真に受け、俺をヒーラーと判断してミコトさんをルシフェルへ向かわせた――その判断ミスが、ここで効いてくる。
今のうちに向こうのヒーラーであるねーさんを叩く!
「フィジェットさん、私はどうすれば……!?」
ルシフェルと既に接敵しているミコトさんが、不安げに声をあげる。
このあたりが本職アタッカーと即席アタッカーの差なんだろう。天性のアタッカーなら体が勝手に動き、すでにルシフェルへと攻撃を繰り出しているところだ。
「ミコトはとにかくルシフェルに集中して! こっちはなんとかするから!」
すぐにねーさんの指示が飛び、ミコトさんはルシフェルへと攻撃をしかける。
ミコトさんが迷って手を止めた時間はわずかとはいえ、戦場においては無駄なロスに違いない。
とはいえ、ねーさんもまたミスを犯している。
二人が先に倒すべきなのは、ルシフェルではなく俺だった。俺の攻撃はねーさんの強固な防御も、ミコトさんの神降ろしによる防御強化も無視する。つまり、二人にとって天敵とも言える存在だ。
本物のアタッカーならその嗅覚で、本当に倒すべき相手を嗅ぎ分けられたかもしれないが――残念だったな、ねーさん。
「一人で俺を止められるとは思うなよ! ――スキル乱切り!」
俺の料理スキルが再びねーさんの体力を削り取る。
背後では、ミコトさんとルシフェルの交戦音が響き、ルシフェルだけでなく、ミコトさんの体力ゲージも減っていく。
――さあ、ねーさん。
今の状況で、自分とミコトさん、どっちを回復する?
「……くっ!」
【フィジェットはミコトにヒール・大 体力が250回復】
自分より仲間を優先。それはタンクとしての性かもしれない。
でも――それは悪手だよ、ねーさん!
「――スキル、ぶつ切り!」
刃が裂き、ねーさんの体力は残りわずか。
しばらくは「ヒール・大」も使えない。生半可な回復なら次の料理スキルで一気に削り切れる。
だというのに――ねーさんは笑った。
「勝ったと思うのはまだ早いよ、ショウ!」
【フィジェットは「神聖守護盾を使った】
嫌な記憶が背筋をなぞる。
前回はこの物理攻撃無効の防御スキルの前に、まったくの無力だった。
だが――このスキルは万能の絶対防御スキルじゃない。
「蒼哭の鎮魂!」
澄んだ声が、戦場の背後から静かに切り裂いた。
【ルシフェルはフィジェットに蒼哭の鎮魂 ダメージ345】
【ルシフェルはフィジェットを倒した】
ねーさんは驚きの表情を浮かべたまま、ゆっくりと倒れ込む。
――さすがだぜ、ルシフェル。
ミコトさんと戦っている最中でも、俺達の動きを見逃していない。
完璧なタイミングで放った完璧な一撃。
トドメを持っていかれ、ねーさんのスターがルシフェルの手に渡る――それでも不思議と悔しさはなかった。むしろ頼もしさが勝った。
敵に回すと本当に嫌な奴だが、味方にするとこれ以上ない。
「お前にばっかりいい格好はさせないからな!」
俺は踵を返し、ミコトさんとの戦いを続けているルシフェルのもとへと駆け出した。
サブ職業を回復職にしているルシフェルは、まだ体力を残している。ミコトさん相手に、倒すことよりも、生き残ることを優先していたのだろう。
おかげで、二対一の状況になった。
もうミコトさんに勝機はない。
しかし、それでも彼女は気合いを込めた拳を振り上げる。
――いい判断だ。
この戦いはポイント勝負。どうせ倒されるとしても、その前に相手を一人でも道連れにできれば、自分は1ポイント獲得し、相手は1ポイント失う。
勝敗が見えていようが、ここは重要な局面だった。
「よくわかってるじゃないか、ミコトさん」
アタッカーの嗅覚は未熟でも、ゲーム自体をよく理解している。さすがだ。
でも、俺達だって、みすみすポイントを失うわけにはいかない。
「――悪いけど、俺達のポイントは渡せないよ!」
ミコトさんの背中にたどり着くやいなや、俺は必殺のスキルを放つ。
【ショウはミコトにみじん切り ダメージ350】
「あとちょっとだったのに――ショウさん、ひどいです!」
【ショウはミコトは倒した】
ミコトさんは静かに崩れ落ちた。
――危なかった。
ルシフェルの体力は残りわずか。
次のミコトさんの攻撃が間に合っていたら、間違いなくルシフェルは倒され、俺達は1ポイントを失っていた。
「……ふぅ。間に合って良かった。なんとか守りきれた」
俺はポイントを守れたことに安堵し、大きく息を吐いた。
「私を守るためにそんなに必死になって……」
ふと気づけば、ルシフェルが潤んだような瞳で何かつぶやいてる。
いや、ルシフェルを守るというか、ポイントを守りたかっただけなんだが――まあ、わざわざ訂正するようなことでもないか。
ねーさんとミコトさんの撃破と、ねーさんが持っていたスターの分で合計3ポイント。元がマイナス2ポイントだったから、現在1ポイント。このイベントに勝つためには、余計なことに時間を割いている余裕なんてなかった。




