第266話 最初の遭遇
俺は周囲を警戒しながら、北の街ベルンの路地を進んでいく。
店の扉は閉ざされ、NPCの姿もない。見慣れたはずの街並みが、まるで見知らぬ場所に変わったような違和感を覚える。
後ろを振り返っても、ルシフェルの姿はない。おそらく別方向に向かったのだろう。
「さすがに一対二でまともに戦うのは不利だよな。不意打ちを仕掛けるか、同じように一人でいるプレイヤーを狙うか……」
火力に自信はあるが、さすがに俺もバカじゃない。ほかのプレイヤーを見つけても、二人組なら正面から戦うような真似をするつもりはない。
特に「狂気の仮面」装備中は、自己回復さえできない。
だからこそ――確実に倒せる相手を、確実に仕留めていく。
「――むっ、あれは……!」
警戒しながら歩いていたとき、前方の十字路に星型のブローチのような光る物体を見つけた。
きっとあれがポイントアイテムのスターに違いない。
「これは幸先がいい!」
敵を倒しても1ポイントなら、スターも1ポイント。拾うだけでノーリスクで得点できるなら、逃すわけにはいかない。
俺は駆け出そうと足に力を込め――その瞬間、十字路の別の道から人影が現れ、素早くスターを拾い上げた。
それは見覚えのある人物だった。
「ねーさん!」
俺の声に反応して、スターを拾った姿勢のまま、フィジェットがこちらに顔を向け、驚いた表情を浮かべる。
先に拾えなかったのは残念だが、ねーさんを倒しさえすればスターは俺のものになる。このまま黙って見過ごすわけにはいかない。
「ねーさん、このスターは俺のものだ!」
ここでねーさんを倒せば、撃破とスターで2ポイント。
俺は迷いなく地を蹴った。
彼女は「最強タンク論争」でも真っ先に名前が挙がる、サーバー屈指のタンクだが、俺の「料理スキル」は防御力を無視する攻撃。
ねーさんのような防御型のタンクにとっては、まさに天敵だ。
それを理解しているのか、ねーさんは拾ったスターを握ったまま、来た道を引き返すように走り出した。
「待て、ねーさん!」
いつでも「自分こそ最強」とでも言いたげな、あのねーさんを追いかける――その状況が楽しくて、思わず口元が緩む。
十字路を曲がった先で、再びねーさんの背中を捉えた。
ミコトさんの姿は見えない。どうやら二人も、俺たちと同じく別行動を取っているようだ。
タンクとヒーラー。どちらも生存能力が高い。
なら、ペアで固まらず、分散してスターを拾う――
そういう作戦なのだろう。
――だが、運が悪かったな。
出会ったのが、よりによって「最強アタッカー」の俺だったなんて。
「逃げても無駄だ! 諦めるんだ!」
叫んでも、ねーさんの走りは止まらない。
このイベントでは、戦闘状態に入ると逃げる側に移動速度低下のペナルティがかかる。
だから一度戦闘に持ち込めば、逃げ切るのは不可能。
だが、今はまだ距離がある――交戦状態に入れない。
もし発見した時にもう少し近ければ、開幕から一気に仕留められたのに。
今回のイベントの制限時間は三十分。
このまま鬼ごっこを続けるのは無駄だが、獲物を見逃すのも惜しい。
そう思っていた、その瞬間――
ねーさんが曲がり角の先へ消えた。
――しめた。
あの先は行き止まりだ。
前にクリアしたイベントのキーキャラがいた場所で、よく覚えている。
ねーさんはそのクエストをやっていないのか。あるいは、HNMのことばかり追いかけていて忘れているのか。どちらにしろ、俺にとっては大チャンスだった。
案の定、ねーさんは行き止まりの壁の前で立ち止まる。
「残念だけど、鬼ごっこはここまでだよ」
戦闘可能距離まで近づいたところで、戦闘態勢に入り足を緩める。
一度戦闘状態に入れば、双方が解除するか、一定距離以上離れるまで状態は継続する。
逃げる側にはペナルティがつく以上、もう逃げ道はない。焦る必要などなかった。
対人で料理スキルを使うため「狂気の仮面」を装備すると、包丁を片手に、一歩ずつ距離を詰めていく。
あのねーさんを追い詰めている。
その事実に、なんとも言えない高揚感がこみ上げてきた。
ホラーゲームでは狩られる側の気持ちばかり味わってきたが――なるほど、狩る側はこういう気分なのか。
……絶対こっちのほうが楽しい。
「ねーさんに恨みはないが、俺のために死んでもらうよ」
狩られる側となったねーさんをさらに追い詰めるつもりで、そんなセリフまで吐いてみせる。
だが――そこで、違和感が胸に刺さる。
追い詰められたはずのねーさん。
その顔に、焦りの色がまったくない。
……観念した? いや、ねーさんに限ってそれはない。
そう思った瞬間――
【フィジェットはショウに挑発】
ねーさんのスキルが発動した。
俺はターゲットをねーさん以外に切り替えられなくなってしまった。
だが、一対一の状況では完全に無意味。
他に狙う相手なんていないのだから。
――いや、待て。
一対一じゃない……そんな可能性が脳裏をかすめる。
嫌な予感に背筋が冷える。俺は反射的に振り向いた。
そこには――ミコトさんの姿があった。
きっとどこかに潜んでいたのだろう。
俺はねーさんを追いかけるのに夢中で、まるで気づかなかった。
こうして俺は、ねーさんとミコトさんに挟まれる形になっていた。
――だが、焦る必要はない。
二人はタンクとヒーラー。
火力面では圧倒的に俺が上だ。
普通のアタッカーなら、ねーさんの鉄壁の防御力に阻まれ、耐久面で勝る二人にじわじわ押し切られるかもしれない。
だが――俺のスキルの前では、ねーさんの防御力なんて存在しないも同然だ。
問題があるとすれば、二人とも回復スキルを使えること。
しかし、このゲームはもともと「プレイヤーより桁違いに体力の多いモンスター」と戦う仕様。プレイヤーへの回復よりも敵へのダメージの方が、圧倒的に大きく設定されている。
対人イベントということで多少の補正はつくかもしれないが、俺の火力なら、二人分の回復量をまとめて上回れるはずだ。
「うまく俺を誘い込んだつもりかもしれないけど――相手が悪かったな!」
俺はねーさんとの距離を一気に詰め、包丁を構え、料理スキルの軌跡を描きながら斬りかかった。




