第262話 ランダム発生イベント
「ランダム発生イベントだって?」
初めて聞くタイプのイベント名に、思わず声が漏れた。
仲間たちの顔を窺うが、三人とも同じように困惑している。どうやら、知らないのは俺だけじゃないらしい。
「そういえば、今回のアップデートに『新型イベント』の追加ってありましたよね? もしかして、それのことじゃないですか?」
ミコトさんの言葉で、ようやくピンとくる。
確かに、アップデート内容の中に「新型イベント」という文言があった。俺はてっきり、それは真インフェルノのことだと思い込んでいたが……違ったらしい。
真インフェルノはあくまで「新HNM」の枠であり、イベントはイベントで、別枠として用意されていたようだ。
しかも、「新型」という名の通り、「ランダム発生」という聞き慣れない形式も、そういうことなら納得できる。
「……でも、これってどんな内容なんだろうな?」
慎重に説明を読みたい――そう思った矢先。
「ショウ、参加人数に制限があるみたいだ! 今、18/24。あと六枠しか空きがないぞ、どうする!?」
焦りの混じったメイの声にハッとする。ウィンドウの端に、小さく「現在の参加登録者数」と表示されているのを見つけた。
どうやら、このイベントは誰でも無制限に参加できるわけじゃないらしい。
「イベント説明」という項目があるが、今じっくり読んでいる時間はなさそうだ。
ランダム発生で、しかも定員制――。つまり、この瞬間を逃したら、次に参加できる保証はない。
……なら、答えはひとつだ。
「みんな、とりあえず参加だ! 詳しいことは、参加してから考えればいい!」
一瞬で、数値が埋まった。
残り六枠が、わずか数秒で消滅。俺たち以外にも、ほぼ同時に参加を選択したプレイヤーがいたようだ。
登録は通ったようだが、全員参加できたかどうか一抹の不安がよぎる。慌てて三人の方を見る。
「みんな、参加できた?」
「大丈夫だ、間に合った」
「私も参加できました」
「私もだ」
――よかった。四人とも無事に滑り込み成功だ。
残り六枠ということは、ちょうど一パーティ分。ほんの一瞬でも遅れていたら、間に合わなかったかもしれない。
「にしても……これ、どんなイベントなんだろうな?」
メイが腕を組む。誰も答えられない。なにしろ全員が初体験だ。
ウィンドウの中央には「処理中」の文字が点滅している。動きはない。
この静止が、逆に緊張感を高めてくる。
「今のうちに、イベントの説明に目を通しておこう」
俺は三人にそう声をかけ、「イベント説明」の項目を開いた。
いつ処理が終わって始まるかわからない。じっくり読む時間はないだろう。
俺は流し目で、ざっと内容を追っていく。
…………。
どうやらこのイベントは、特定の街で定期的に行われるものではなく、「いつ・どの街で」発生するのか完全にランダムらしい。
イベントが開始されると、街にいるプレイヤー全員の前に「参加しますか?」というメッセージが表示され、先着二十四人だけがエントリーできる仕組みだ。
ここ北の街ベルンは、新エリア解放以降、プレイヤーの往来が増えた場所。
その中で四人全員が同時に参加できたのは、かなりの幸運といえる。
おそらく、イベントが発生した直後、偶然この街に入ったのだろう。そのタイミングの良さに、自分でも驚く。
もしかしたら、他のプレイヤーが内容を確認して様子見していたおかげで、俺たちが滑り込めたのかもしれない。
イベントの概要を確認したあと、続いて目を通したのは――
今回の主題、「激闘タッグバトル」のルール説明だ。
肝心なのはここからだ。参加はしたものの、今のところ俺たちは何をどう戦えばいいのか、まったく把握していない。
どれどれ――
激闘タッグバトル――それは街を舞台にした二人一組の対戦イベントだった。
といっても、実際のベルンの街を使うわけではなく、参加者専用の「コピーエリア」が生成される仕様だ。
この形式は、以前の「吟遊詩人総選挙」のイベントと同じ。つまり、通常プレイヤーとは隔絶された特別空間での限定バトルというわけだ。
そのフィールド内で、二十四人のプレイヤーが二人一組――計十二チームに分かれ、ポイントを競い合う。
敵プレイヤーを倒せば+1ポイント、倒されれば−1ポイント。
倒されてもゲームからリタイアにはならず、スタート地点で即リスポーン。ただし、そのたびに相手にポイントを与えてしまうため、むやみに突っ込むのはリスクが高い。
さらに、街のあちこちに散らばった「スター」を拾うことでもポイントを獲得できる。
戦闘が苦手なプレイヤーは、隠れながらスター集めに徹するのも戦略のひとつだろう。
ただし、いくらスターを集めても倒されてしまえば、相手にそれまで集めたスターをすべて奪われる。
そのあたりを考えると、スターを拾うのはどちら片方に絞り、もう一方は仲間を守るような立ち回りをするのが勝利への鍵かもしれない。
「あっ、参加メンバーの一覧が表示されましたよ」
ミコトさんの声に、ルール説明のウインドウから、参加者リストが並ぶウィンドウへと視線を移す。
こういうイベントは、知らないプレイヤーばかりよりも、知った顔がいた方が断然楽しい。
俺たち以外にも馴染みの名前があればいいんだが――
【激闘タッグバトル 参加者】
【フィジェット】
【ミネコ】
【シア】
【アセルス】
【アンディ】
【ロビン】
【ソルジャー】
【バッファロー】
【アシュラ】
【ザ・ニンジャ】
【ブロッケン】
【ミート】
【ルシフェル】
【ミカエル】
【ガブリエル】
【ウリエル】
【ラファエル】
【ベルゼバブ】
【クマサン】
【ミコト】
【メイ】
【ショウ】
【マテンロー】
【リュッカ】
……え、ちょっと待て。
思わず目を疑い、二度見する。だが、リストの内容は変わらない。
なんというか、知った人が多いというか……見覚えのある名前しかない。
「ショウ、この参加者って……」
クマサンの声にも、かすかな動揺が混じっていた。
無理もない。ここに並ぶ名前は、俺たちがかつて幾度となく交錯してきた連中ばかりだ。
まずは――フィジェット、ミネコ、シア、アセルス、アンディ、ロビン。
三大HNMギルドの一つ「ヘルアンドヘブン」のメンバーで、あの「キング・ダモクレス」戦では共に戦った仲間達。
特にフィジェット、ミネコさん、シア、アセルスとは「人狼の館」でも一緒に遊んでいる。あのときのことは今でも思い出す。
そして――ソルジャー、バッファロー、アシュラ、ザ・ニンジャ、ブロッケン、ミート。
三大HNMギルドのもう一角、「異世界血盟軍」の猛者たち。
そのうちソルジャー、バッファロー、アシュラ、ザ・ニンジャの四人とは、運営イベント「チャリオット」で戦場を共にした。
……いや、正確には「敵として」だ。あのときの彼らの動きは今も脳裏に焼きついている。
さらに――ルシフェル、ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエル、ベルゼバブ。
言わずと知れた、最後の三大HNMギルド「片翼の天使」のメンバー達だ。
しかも並んでいるのは、全員が幹部クラス。ギルドマスターのルシフェルに至っては、俺のことを一方的に敵視している張本人だ。
そして残る二人、マテンローとリュッカ。
彼らもまた、かつてのユニオンを組み、「キング・ダモクレス」討伐に挑んだ関係だ。
――つまり、この二十四人の中には、俺も含めて五人のギルドマスターが集まり、残りのすべてが、いずれかのギルドメンバーで埋め尽くされていることになる。
知り合いがいればいいな、なんて軽く考えていたが……これはもう、「知り合いしかいない修羅場」だ。
シアやミネコさんあたりなら全然ウェルカムだが、ねーさんとソルジャーが揃うと、たぶん一瞬で戦場がカオスになる。
ルシフェルに至っては、言うまでもない。たぶん、俺を見つけ次第、即ロックオンだ。
「こりゃ……ただでは終わらないイベントになりそうだな」
俺のつぶやきに、クマサンも苦笑いを返す。
ミコトさんは小さく息をのんで、メイはどこか楽しげに微笑んでいた。
――不安半分、期待半分。
何が起こるのか、まったく読めない。
それでも心の奥底では、確かに高鳴っていた。
ここのところ、真インフェルノのことばかり考えていたが、今は奴のことなんてすっかり頭から消え去りそうだ。
この顔ぶれが一堂に会する「激闘タッグバトル」。
嵐の予感しかしないイベントが、いよいよ幕を開けようとしていた。




