第25話 白き守護者の記憶
俺達は悟った。
このままでは、何度戦ってもヌシには勝てない。
だから――一から調べ直すことにした。
手分けして、山と村を当たり直す。
山の探索はみんなに任せ、俺は一人で再び村長の元へと足を運んだ。
もしかしたら、何か変化があるかもしれない。
だが、村長から聞けた話は、前回メイ達と一緒に聞いた内容と、何も変わらなかった。
一度戦えば何か変わるかと思ったが、そんな甘い話ではなかった。
メイが何度も戦っている以上、変化があるならとっくに起きているはずだ。
それでも、今は一つずつ当たるしかない。
「村長、どこかに火を灯す祭壇がある、という話を聞いたことはありませんか? この村だけじゃなく、山やほかの場所でもいいのですが」
「いや、そんな話は聞いたことがありません」
「では、誰か知ってそうな人に心当たりはありませんか?」
「さぁ……。長老なら何か知っているかもしれませんが……」
またあの長老か……。
会話がかみ合わなかった前回を思い出し、俺は頭を抱える。
とはいえ、無駄だと思えることでも今はとにかく当たっていくしかない。
俺は重い足で長老の元へと向かった。
「おお、息子よ、珍しく村に帰ってきたのか」
「…………」
長老の家に足を踏み入れると、長老はいきなりボケをかましてきた。
悲しいのは、これがギャグとしてのボケではなく、本気のボケだということだ。
「すみません、長老さん。ヌシのことを何か知っていればと思って伺ったのですが、やはり何もご存じないですよね?」
俺は長老に近づいていく。
正直、何かヒントがもらえるとはほとんど期待していなかった。一から調べ直すと決めたので、何もないことを確認する程度のつもりだった。
「あんた、その体についているのは……」
しかし、予想に反して、長老がこれまでと違う反応を示し、そばに寄った俺へとその手を伸ばしてきた。
あれ? なんだこの反応は?
前はこんな反応をしなかったぞ?
だいたい、俺の体に何がついているというんだ?
戸惑う俺をよそに、長老は俺の体から何かをつまみ取ると、それをじっと見つめた。その瞳には、かすかな驚きと懐かしさが混じり合っているように見えた。
俺も長老の指先を凝視する。
長老の指先に挟まれていたのは白い毛だった。
俺のものじゃない。
――だが、この白は見覚えがある。
いや、忘れるはずがない。
「――――! 長老、その毛は――」
俺は思い出した。
忘れようがない真っ白の毛を持つ存在を。
そして、そいつが何度も俺達にその白い毛を飛ばしてきたことを。
「……これはヌシの毛じゃな」
そう。
長老の言葉通り、それはヌシの毛に違いなかった。
「ヌシのことを知っているんですか?」
「……ああ。ヌシは近くの山に棲む神聖な幻獣じゃ。この村ができて間もない頃、村を外敵から守ってくれた村の守り神のような存在だと、わしが子供の頃に、村の長老連中から聞かされた」
長老の声は、先ほどまでのものとは明らかに違っていた。
その変化にも驚いたが、それ以上に、俺は長老の言葉に衝撃を受けていた。
敵だと思っていたヌシが、実は守り神だったなんて……。その話が事実なら、俺達の考え方が百八十度ひっくり返ることになる。
「長老はヌシを見たことがあるんですか?」
「ああ。子供の頃、一人で山に入ったとき、獣に襲われそうになったわしを、ヌシが助けてくれたんじゃ。獣を追い払ったあと、ヌシは静かに去って行ったが、そのときにこれと同じ白くて綺麗な毛が残っていた。ああぁ、あの時のことがはっきりと思い出せる……」
遠い昔に思いを馳せる長老の瞳には、さっきまでとは明らかに違う、知性の光が宿っていた。
――ヌシの毛が、記憶を呼び戻したのか。
しかし、俺には疑問が残る。
なぜその守り神であるヌシがこの村の家畜を襲うのか、そこがわからなかった。
「長老、そのヌシがこの村の家畜を襲っています。何か心当たりはありませんか?」
「ヌシがそのようなことを? そんな馬鹿な……。この村では昔から、ヌシの棲む洞穴の前に『ヒ』を建て、感謝の意を示してきたというのに……」
ん? ヒを建てた? キャンプファイアでもしていたのか?
俺は少し混乱してしまう。
「待ってください、長老! その『ヒ』とは一体どのようなものですか?」
「ヌシの形を模した記念の『ヒ』じゃ。洞穴の前に昔から建っておる。わしが子供の頃には少々朽ち始めていたが……。そういえば、わしも年を取って足を悪くしてからは、あの『ヒ』を見に行っておらんなぁ……」
長老は昔を懐かしむように、遠い目をして言った。
俺はそんな長老を見ながら、彼の言葉を頭の中で整理する。
記念の「ヒ」……。
――いや、待て。
それって……「碑」じゃないのか?
火じゃない。
碑。
……そういうことか!
そういえば――。
ヌシの洞穴の前に、崩れた岩の残骸があった。
あれはただの岩じゃない。
あのとき妙に気になった違和感の正体は、これだったんだ。
あれこそが、ヌシを模した記念碑の跡だったんだ。
長老が子供の頃にすでに朽ち始めていたのなら、最近になって完全に崩れてしまったとしても不思議ではない。
そうだとすれば、ヌシが「ヒ ヲ ササゲヨ」と言っていたのは――
壊れた記念碑の代わりに、新しい碑を作って捧げろ――そういう意味だったのか。
その瞬間、すべてが一つに繋がった。
ヌシは、俺達がどれだけ近づいても自分から攻撃してくることはなかった。
ただ、「ヒ ヲ ササゲヨ」と訴えていただけだ。
守る代わりに、感謝を捧げる。
それが、この村との約束だった。
だが、その約束は、いつしか忘れられた。
碑の意味も、ヌシの存在も。
だから――ヌシは警告していたのかもしれない。
感謝を忘れた村人に。
だとすると、俺達は何も知らずにヌシに襲いかかっていたことになる。
一方的に。
守り神を。
ゲームのはずなのに、背中に冷たいものが走る。
いや、ちょっと待てよ。
ヌシの毛を見て長老の記憶が戻ったということは、一度はヌシと戦闘をして、あの毛針を受ける必要があったということだ。
自己嫌悪に陥りそうになるが、ゲーム的にはあの戦闘は必要なことだったと自分に言い聞かせた。
ともかく、このことを仲間に伝えなければならない。
――ヌシが求めていた、本当の答えを。




