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第五夜 僕、やっぱりゴブリンと一戦交えます。

前夜:栄太は『猫の目』のロゴを身体じゅうに貼り付け、店の宣伝をして回ることになった。その対価としてゴブリンのルッソを撃退するために、ロゴにデバフの魔法を付呪してもらう。魔法の効果はてき面で見事ルッソを気絶させることができた。


 午後10時 港の酒場にて

 

「なぁ、ルッソの野郎どうしたんだ?大通りでノビてたってよ」

「なんでも褐色のエルフを力ずくで奪おうとして返り討ちにあったんだってよ」

「あぁ、昨日ルッソが熱っぽく語ってたあのエロい女エルフか」

「……(女に触れた瞬間体がしびれた)」


「やれやれ、見るに堪えんな」

「げぇ! 親方!」

「……(あれは(トラップ)系統の魔法だ)」


「なぁルッソ。お前は若けぇ。女に、ましてやエルフに入れ込むのは仕方がねぇことだ。しかしな、力で解決する時代は終わったんだ」

「……(しかし魔法を唱えているような素振りはなかった)」


「よく聞けルッソ。俺もそのダークエルフの話は聞いた。とびきりの美人で胸が極上なんだってな」

「え!? そんなに」

「俺も聞いたことがある。チチをぶるんぶるん揺らして走ってたらしい」

「……(ボコられるたびに目が見えなくなって体がだるくなった。弱体系の付呪魔法?身体中の入れ墨はそれか)」


「なあ、ルッソ。その女は『ブラジャー』とかいうエルフの秘宝を探しているらしい。さっき仕事終わりに商人が来て船を手配しろと依頼があった」

「……エルフの秘宝。マジックアイテムか」


「そうだ。詳しくは教えてくれなかったが、女のみが扱える代物で全てを無上の幸福へと導くらしい」

「……(マジックアイテム、付呪魔法、付呪師)」


「そんでな、俺たちはその船で東の大陸に商人たちを連れていくことにした」

「……(商人、マジックショップ、罠魔法、もやし野郎、同じ部屋)」


「漁のアガリよりデカイ報酬だ」

「……(あのダークエルフ、もやし野郎と同棲してたのか! あの野郎はマジックショップで働いている。つまり、あの女の身体中にあった入れ墨はさしずめ淫紋(マーキング)ってことか!? 他の男に見せつけるために!) 一本につながったぜ!」


「わかったか!お前も俺の船に乗れ。お前が『ブラジャー』を手に入れたら、彼女も振り向いてくれるさ」

「ああ、(野郎をぶちのめしてオレがご主人様だって)あの女に分からせてやんないとな!」


「そうだその意気だ! じゃあ二日後、午前4時に俺の船まで来い!」

「じゃあ急いで準備しねぇとな! あの女はオレのもんだ!」



 朝起きると僕の体はまた貧弱なもやしの体になっていた。体のいたるところに模様が残っている。昨日プロントさんにお願いして魔法にある条件を付けくわえてもらった。


「プロントさん、実は魔法に条件を加えたいのですが」

「なんでしょう?」

「昼間は魔法を発動しないようにできませんか? 昼間だと意図せず接触することもあると思うので無用な発動は避けたいんです」

「なるほど、確かに手当たり次第魔法が発動してしまうとマイナスの宣伝になってしまいますもんね。いいですよ。条件付けの魔法を上乗せしましょう」


 これで昼間の僕はせっせと労働に勤しむことができる。こんなもやし野郎をわざわざ襲うような暇人はいないはずだ。昼間はいつも通りにしていればいい。体の模様は長そでと長ズボンでごまかせるし、額はバンダナ、頬は大きめの湿布で隠せる。僕みたいな影の薄いやつを気に留めるひとなんかいないはずだ。


 よーし!今日も元気に働くとするか!でも不安だから巻物は鞄に入れておく。ついでに下着も。



「おはよございまーす!」


 『猫の目』に着くと元気に挨拶をする。


「やぁ、おはよう。今日はとびきり元気だね。何かいいことでもあった?」


 プロントさんも頬をほころばせながら挨拶を返す。あなたと商談がまとまって嬉しいんですよ! 心の中でほくそ笑む。


「あ、アンナちゃん、おはようございまーす!」


 アンナちゃんがひょっこり顔を出したので彼女にも元気に挨拶をする。あれ?出て行っちゃった。ちょっと馴れ馴れしかったかな?


「気を悪くしないでくれ。まだ調子が悪いようで今日も娘はお休みだ」


 そうなのか。ずいぶんと症状が重いんだろうか。心配だな。それはそれとして、アンナちゃんの分も僕は目いっぱい働いた。なんだか体が軽いぞ。ひょっとして付呪魔法が発動しちゃってるのかな? なんてね。


 たくさん働いたらお腹がすいてきた。今日は久しぶりに外でご飯を食べようかなぁ? プロントさんに外出を伝えると僕は鞄を持って店を出た。太陽が眩しい!これから本格的に夏を迎える。長そで長ズボンは辛いけど、まぁ何とかなるだろう。


 露店を巡り今日の昼食を考える。ケバブサンドいいなぁ。フライドチキンも捨てがたい。なんて目移りしていると背後から「おい」と声をかけられた。



「ちょっとツラかせよ」


 背後にはルッソがいた!昨晩デバフのフルコースを叩きこんだばかりだってのにまだ懲りてないか。いや、ルッソは思いを寄せているダークエルフが僕だってことを知らない。なら僕に何の用があるのだろう?逆らうと怖いのでとりあえずルッソのあとについていく。どんどん細い路地を通り暗く汚いところへと移る。周りはもう誰もいない。


「どうしたんですか、僕そろそろ店に戻らないと……」

「オマエあのダークエルフと同棲してんだろ?」


 僕の言葉を遮ってルッソが振り向く。同棲?あぁ、そう誤解されても仕方がない。


「同棲?なんのこ……」


 言い終わるより早くルッソのこぶしが飛んできた。勢いよく吹っ飛ぶ。


「知ってんだよ、何もかも。オラ立て」


 口の中が血の味でいっぱいになる。一発しか殴られていないのに足が震えてうまく立てない。ルッソは何か勘違いをしている。せめてそれを正さなければ。


「立てねぇなら立たせてやるよ」


 ぐいと胸ぐらをつかまれる。


「オレをおちょくってたんだろ!」


 今度は腹に重い衝撃が走る。程なく胃袋がひっくり返るような痛みが走る。みぞおちが早鐘を打つように痙攣する。


「可笑しかったか? オイ! ゴブリンが夜中に愛を叫んでてよ!」


 ルッソの膝が僕の顎に入る。ぐらりと世界が揺れ大の字で倒れこむ。


「扉の向こうで笑ってたんだろ!? ひとつのベッドで!ふたりでよぉ!」


 髪を力任せに持ち上げられる。ブチブチと髪が抜ける音がする。


「なんでお前なんだよ! なんでオレじゃいけない!」


 そのまま地面に叩きつけられた。鼻から突っ込んだもんだから、地面に赤い染みが広がる。


「腕は細ぇ! 影は(うせ)ぇ! 顔なんてオレと同じくらいパッとしねぇ! オラこっち見ろ!」


 無理やり顔を向けさせられる。勢いで額に巻いていたバンダナが取れる。


「はッ! お揃いってわけかよ! お熱いじゃねぇか!」


 またもやぶん投げられる。何も言えない。何も言わせてくれない。


「ここまで言われてなんで言い返さない! 殴り返して来いよ! ほら!」


 ルッソは挑発してくる。無茶言うなよ、僕の体力ゲージは1ミリも残っちゃいない。巻物で反撃しようかと思ったが、ここまで距離を詰められたら何もできない。


「おい、お前の鞄からなんかこぼれてんぞ。なんだこれ?女ものの下着じゃねぇか!」


 あーそれは見られたくなかったな。みっともないし、高かったし。


「おいおい、女に会えなくて寂しいからって、こんなん持ち歩いてんのか? とんだ変態野郎だな!」


「あの女も大変だよな! お前のために身体中に変なスミを入れさせられたり! 変態な趣味に突き合わされたり! エルフの秘宝をあちこち嗅ぎまわったりな!」


 エルフの秘宝?なんだそれ?


「何でだ! 彼女は何でそんな屈辱的なことをされても、お前に付きあってられる?お前は彼女に何をした!」


 なんとか顔を上げ言う。


「何も」

「じゃあオレは何もしていないお前に負けたのか? オレの愛は!」

 

 搾り取るようにルッソは言葉を漏らし腹をける。そうか、やっとわかった。ルッソは僕に嫉妬しるんだ。


「お前はさっきから何もしない! 指一本すら動かさない! お前はわかってたんだ!」


「こんなことをしたって彼女の心はお前にある! たとえ! ここでお前を殴り殺したって! 彼女はオレに振り向いてもくれない!」


「オレを愛してはくれない!」


「わかってたんだ、こんなこと、何も、意味がない」


「本当に愛してたんだ、出会ったとき、運命だって」


「認めたくなかったんだ、彼女にとって、オレは、無価値だなんて」


「そんなの、耐えられない」


 ルッソは頭を抱えると膝を折った。


《『悶絶 ~ゴブリン責め! あんなところもゴブリンに~』フルボッコEND達成。参考文献とともにルート消滅します》


 無機質な声が頭に響いた。



 さて、その後どうなったかというと、ルッソは何も言わず立ち去り、取り残された僕は満身創痍のまま『猫の目』へと戻った。プロントさんは大遅刻をした僕を怒ることなく大慌てで(この顔を見たらそうなるだろう)聖光教団の施設へ連れてってくれた。


「うーん。とりあえず治癒魔法はかけたけど、大事をとって明日一日休んだ方がいいよ」


 司祭はそういって簡単な手紙を書いてくれた。こっちの世界での診断書みたいなもんだ。一足先に店に戻っていたプロントさんに見せると一日お休みをいただいた。


 帰り道をとぼとぼと歩く。気が付けば日も落ちはじめ、そろそろ月も顔をのぞかせるころだ。女王さまごめんなさい。さすがに今日は疲れたのでこのまま寝ます。できれば明日も寝てたいな。なんて勝手に許しを乞いながら下宿先へと向かった。


「よーし、荷物はこれで全部か?」


 げぇ! ゴブリン!ルッソじゃなかったけど、もうゴブリンとは関わりたくない。


「お、あいつじゃねぇか? あのいかにもなもやし野郎!」

「おお、あいつがルッソにボコられたヒモ野郎か!」

「おーい! そこのヒモやし野郎!」


 関わりたくないのに向こうが気づきやがった。もうダメだ!三人同時は確実に死ぬ!


「いやぁ、ルッソの馬鹿野郎が迷惑かけてすまなかったな」

「アイツ単純だから女に夢中になって突っ走っちまってよ」

「ルッソも反省してんだ。かわりに俺たちが謝るよ。悪かった!」


 友だちなんだろうか三人のゴブリンは深々と僕に頭を下げた。


「いや、もういいんですよ。それでルッソさんは? あとこの荷物は?」

「ルッソは今回のけじめをつけてこの国から出ていく」

「ええっ!?」


 さすがにびっくりする。行動早くない?


「当然のことだ。勝手に女にのぼせあがって、勝手に女に付きまとって、勝手に女の彼氏をどつきまわしたんだ」

「それにあいつはもともとここを出ていくつもりだったのさ」


 僕の運命に巻き込まれた以外に、僕にもう会えないという焦りがルッソをあのような凶行に駆り立てたのかもしれない。


「いつ出発するんですか?」

「俺たちは明日の午前4時に港を出る」

「ルッソはもうこの下宿にも戻らねぇから安心してくれ」


 そういうと馬車を走らせ去っていった。


 なんだろう。胸がもやもやする。ルッソには終始酷い目にあわされたし、もう殴られるのは二度とごめんだ。怒りも憎しみもくすぶっている。しかし、あいつはどこまでも単純でどこまでも一途で、僕を見てくれていた。まぁ一方的な勘違いだったんだけど。


 転生前から遡って、僕はあそこまで情熱を傾けてくれてた人はいただろうか?

 あそこまで誰かに声をかけてもらったことはあっただろうか?

 あそこまで誰かに嫉妬されたことがあっただろうか?

 あそこまで誰かの心に触れたことはあっただろうか?


 なぜだろう、胸の奥が熱くなる。これは怒りでも恐怖でも憎悪でもない、何かだ。もちろん恋とか愛とかそういうもんじゃない。もっと(たぎ)る。何かだ。


 いつしか夜も更け、僕はダークエルフの姿になっていた。



 夏を目前にし夜はいっそう熱を帯びる。風はなぎ月は輝き船出のときを待つ。ルッソは振り返ると今まで暮らしていた街に最後の別れを告げる。ありがとう。すまない。そして、さようなら。


 心地よくさざめく波の音に紛れ、ひとつ足音が近づいてくる。女だった。銀の髪を風に弄ばれるままやってくる。肌は闇よりも上品な黒に染まり、背後から月がその輪郭を照らす。そして、(あか)(あか)い瞳がルッソを射抜く。


「ルッソがここを出ていくって聞いたから、見送りに」


 ルッソは言葉が出ない。短い恋だったが追いかけてばかりの恋だった。それが向こうから来てくれた。嬉しかった。


「キミには悪いことをしたよ。勝手に愛して、付きまとって。それにキミの彼氏にもひどいことをした。すまなかった」


 今さら謝っても遅い。そんなことはわかっていた。わかっていたが、何か伝えないといけない気がした。


「もう気にしないで。それにそういう関係じゃない」


 かすかにほほ笑む。


「あの男は手先が不器用だし、魔法も使えない。よく考えてみて。この身体で抱き着いたらどうなると思う?」


 彼女は腕を大きく開く。豊かな胸には猫を模した紋様が施してある。腕にも、脚にも、首にも、肩にも、そこらじゅうに。


「あぁ、そうだな。そうだったよな。オレが身をもって経験したはずだった」


 照れ隠しに笑って見せる。


「最後だから言う。やっぱりキミが好きだ。キスをして別れたい」


 ルッソは彼女に近づいてゆく。


「ここなら大丈夫だろ?」


 ルッソは彼女の指を取ると、片膝をつき指先に口づけをした。まるで騎士が女王に忠誠を誓うように。それは清らかで厳かな光景だった。


「オレはこれからエルフの秘宝を探しに行く。それを見つけたらキミの名前をぜひ教えてくれ」

「わかった。じゃあそれまでは『月の女王』と呼んで」

「『月の女王』か。妖艶で神聖でミステリアスなキミにふさわしい名前だ」


 船は静かに陸を離れ太陽が昇る方へと進んでいった。


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