第四夜 僕、エロい身体を売りに出します。
前夜:これといった活躍をしない栄太に業を煮やした月の女王は、ドラマチックな展開を望み栄太が所有している本をもとに運命を再構築する。血沸き肉躍るエルフの冒険譚を期待していた女王だが、本棚の中身はエルフのスケベな本でいっぱいだった。栄太は己の運命に慄くが、直後にゴブリンとの間にスケベフラグが立ってしまった。
僕は月の女王さまのいいつけで、薄い本のシチュエーションに遭遇する運命になってしまったらしい。何を言っているかわからないと思うが、実のところ僕もまだ理解が追い付いていない。というかエルフに変身するというとんでも大事件だけですでに脳内のキャパをオーバーしてるのに。
昨夜ゴブリンに出会い、『悶絶 ~ゴブリン責め! あんなところもゴブリンに~』なるルートが開拓されてしまった。いやあ、参った参った。女神さまもお目が高い、生前はアレにずいぶんお世話になったもんなぁ、HAHAHA
どうしてこうなった! 何としてもゴブリンに弄ばれるのはNOだ。いや、ゴブリンだけじゃなくて男全般にNOだ。まだ女を知らないピュアボーイなのに先に男を知ってしまうなんて冗談ではない。いや、これから先も一生男を知るつもりはないがな!
待て、落ち着け、まだ凌辱ENDと決まったわけではない。今からでも慎重に手を打てばほのぼのENDに辿りつけるかもしれない。
僕は今、マジックショップ『猫の目』にいる。手早く服を脱ぎ、店の服に着替える。今日はゴブリンの襲撃に備え、お店のマジックアイテムを丹念にチェックしよう。
ゴブリンは魔術師か祈祷師でない限り魔法耐性はない。ここにあるマジックアイテムはどれも有効なはずだ。使えるものがあれば何とか交渉して、従業員価格で売ってもらおう。
「在庫チェックしてきます!」
店長にそういうと、僕は倉庫からひとつひとつ巻物を調べる。麻痺の巻物、暗闇の巻物、毒の巻物、浄化の巻物……びっしりとある項目を上から順に潰してゆく。うわぁ、解呪の巻物売れ残ってんなぁ。
麻痺の巻物で体を封じてしまえばゴブリン一体なら勝てるはずだ。しかし相手は武器を持っているかもしれない。硬化の巻物や身体向上の巻物もあったほうがいいかもな。飛び道具に備えまずは暗闇の巻物で視野を奪った方がより効果的だし逃げやすくなる。しかし、いくら戦術を語ったところで、肝心の戦略に問題が。
「お金がない」
深くため息をつく。ブラジャーで散財してしまいマジックアイテムを買うお金がないのだ。件のブラジャーだが上下お揃いで持ってきてしまった。本当はこんなえげつないやつを持ち歩きたくないが、部屋に置いておくのもためらわれた。試しにベッドに置いてみたんだけど、なんか事後みたいで生々しくて恥ずかしくなってしまった。まぁ鞄に女物の下着を忍ばせている方がよっぽど恥ずかしいんだけど。
どうしよう、どうする? お金がないと何も始まらない。ないなら売るか借りるかしなくては。誰に借りる?できるだけ返済を待ってくれる人。
「やぁ、お疲れ様。お茶をどうぞ」
在庫チェックを終えて戻ってきたら店主がお茶を出してくれた。お言葉に甘えていただきます……あっつ!
「さっき娘が調子が悪いって言って、部屋に閉じこもってね。今日は私とふたりで店番だ」
「それは心配ですね。そういえば昨日も様子がおかしかったような。突然胸をおさえて出ていきましたよ」
そうか、この人がいた! 店主のプロントさんだ!
「実はプロントさん、折り入ってお願いがありまして」
「なんだい? 行ってごらん」
「実は急に入用になりまして、できれば少しお金を貸していただけると……」
雇われている身分で雇い主に金の無心をするのは気が引ける。しかし今はのっぴきならない状態だ。恥も外聞もあったもんじゃない。
「ふむ、若いころは何かと入用だからね。金貨二枚でいいかな?」
「いいんですか!?」
思わず飛び上がる。なんでも言ってみるもんだ。
「実は昨日、君が出て行ったあとに、思いがけない商品が売れてね。目途がたったときに返してくれればいい。もちろん無利子で結構」
店の主人はそういうと、にっこりと笑った。ありがてぇ……ありがてぇ……
◇
今日夕刻を告げる鐘が鳴る。仕事を終えプロントさんに深々と頭を下げ店をあとにした。できるだけ早く部屋に帰らなくっちゃ。エルフに変身するのを見られるのはまずいからね。
部屋に着くと窓から太陽が沈むのが見えた。もうすぐ夜になる。そして僕はエルフの体になる。昼だろうと夜だろうとゴブリンと真っ向勝負で勝つ自信はない。魔法で自分を守らなくては。プロントさんから借りたお金でどれだけマジックアイテムが買えるだろうか?
こうやってゆっくりと自分の体の変化を観察するのは初めてだ。月の光を受けて白い光の粒子が僕の体を包む。髪がスラスラ伸びていき肩を覆う。黒い髪が毛先から順に銀に染まる。反対に僕の生っ白い腕はすらりと伸び褐色に染まり、情けないほど細い腿は徐々に肉付きのいい丸みを帯びてゆく。
このエロい身体に最初は喜んだけど、今ではめちゃくちゃ後悔している。男を寄せ付けるし乳首から血も出てしまう。別に怪力が出せるわけでもない。どうやって身を守ったらいいんだ。どうやって……
ん?たわわに実った僕の胸を見てふと閃いた。このエロいだけの身体を武器にかえる方法が。いや、さらにお金だって稼いでしまえるかもしれない!これぞまさにコペルニクス的転回!これならゴブリンどころか他の男たちも撃退できるかもしれない。あ、ちなみに売春じゃないぞ!
ぐふふと不気味な笑みがこぼれる。こうなったら行動あるのみだ、鞄からブラジャーを取り出す。昨日付け方は教えてもらった。胸がぴったりカップにおさまる。それからこのエグいパンツも穿いておこうか。
「まさに勝負下着だな。よーし、『猫の目』へ行くぞ!」
◇
ローブを羽織りフードを目深までかぶる。マジックアイテムショップ『猫の目』まで来た。
「いらっしゃいませ」
店主のプロントさんが迎えてくれる。もうすぐ閉店ということもありお客さんはいない。これは好都合。店に入るなりローブを脱ぐ。どうだ!
「!?」
プロントさんの毛が逆立つ。驚いてる驚いてる。こういうのは最初のインパクトが重要だもんな。
「そ、その格好は……!」
胸でパツンパツンになった白シャツのボタンを大きく開けている。エグいブラジャーがこぼれるほどはっきりと見えるように。ズボンはベルトを緩く締め、わざと腰穿きにしてスケスケのパンツも見えるようにしている。ローブからの流れといい、やっていることは完全に痴女だ。おまわりさーん! ここに変態がいますよー
「どうも、こんばんは。昨晩あなたの娘さんからこの素敵な下着を頂いたものです。あまりにも気に入っちゃったものだから、どうしてもお礼が言いたくて」
なるほど、この容姿はコボルトも魅了するか。悲しきかな男の性、明らかにプロントさんの目は僕の胸に集中している。
「さ、さようでございますか」
「今日は、ちょっと、巻物が見たくって」
麻痺、暗闇、脱力、鈍足、感電、あとは反動がいいかな。弱体系はこんなもんか。強化系は防御、俊足、耐性、状態異常回復。あと解呪拒否は絶対に外せない。それぞれひとつずつ取ると胸いっぱいに抱えプロントさんのもとに戻る。
「こんなに!」
「ええ、おいくらですか?」
ざっと見積もって金貨10枚は下らない。完全に予算オーバーだ。プロントさんはせっせと計算する。
「えっと、合計で金貨11枚と銀貨6枚です」
やっぱり結構するな。さぁここからが本番だ。気合い入れていくぞ!
「あら、結構しますね。実は持ち合わせが金貨2枚しかなくて、なんとかなりませんか?」
「……なるほど。色仕掛けということですか?私には通じませんよ」
とたんにプロントさんの目がきらりと光る。やはり商人だ、近くで見てきた僕が一番理解している。商売となると今までの態度とは一変して顔がキリっと引き締まる。
「いいえ、もっと有益なお話があるんです。お互いにとって」
「ほほう……商談ですか?」
腕を組んで目の前に胸をぶら下げてみるが、すでに警戒モードに入っているプロントさんには効かない。
「このお店『猫の目』といいましたよね? 看板も猫ですし。袋にも猫の絵がかいてある。この店のオリジナルグッズも猫のあしらったもばかり」
「そうですが……それが何か?」
「わたし猫が大好きなんですよ」
吐息が漏れるようにそっと耳打ちをする。
「この身体に刻み込んでしまいたいくらいに」
「真意がつかめないのですが」
「接着魔法がありますよね? あれで『猫の目』という名前とお店のロゴを私の体に貼ってお店の宣伝をしませんか?」
ネットニュースで読んだことがある。10年ほど前の記事だろうか、自分のおでこを広告欄にして何百万円も稼いだ男がいた。企業の名前が入ったボディペイントやタトゥーシールを自分の体に貼ることでスポンサーを獲得したんだ。
「こういうことですか?あなたは『猫の目』の名前とロゴを貼って集客します。私はあなたに宣伝費および人件費を支払う」
「そうです。わたし自身があなたのお店の看板でありチラシなんです。斬新でしょう?」
少なくともこの世界では。
「それだけじゃありません。マジックショップを開いているくらいですから付呪もできますよね?」
「ええ、たしかに」
「そこにある巻物の効果をわたしの体に貼ってください。もちろん『猫の目』のロゴを介して」
ゴブリンのルッソだけじゃない。これからスケベ目的で接触してくる男たちが来るだろう。もし僕の肌に触れたときは魔法が発動するようにする。僕の体を使った簡易罠の出来上がりだ!
「どうしてわざわざそんなことを?」
「わたしはこの街に来てまだ日が浅いのですが、男性の視線が恐ろしく感じる瞬間があるんです。ここではエルフなんて珍しいですからね。ダークエルフともなるとなおさら注目を浴びます」
それにエロい体してるしな!
「女ひとりで生きてゆくには自分の身を守る必要があるんです。魔法をいちいち唱えていては間に合いません」
魔法はひとつづつしか発動できない。素早い動きや数で押し切られたらそれでおしまい。巻物だって同じだ。
「むむむ……!」
プロントさんはふさふさの毛並みで眉間にしわを作る。
「わたしの視線誘導の性能はあなたが身をもって知ったはずです」
本人は真剣に悩んでいるんだろうけど、はたから見るととても愛くるしい。
「それに男の店員さんに聞きましたよ。解呪の巻物が在庫を圧迫して困ってるって」
これは本当だ。解呪なんて聖光教団の施設に行けば巻物より割安でやってくれる。昔は冒険や遠征があって解呪の巻物も需要があったが、今は遠出をする時代じゃない。なにより解呪の巻物は他の巻物よりも飛びぬけて高額なんだ。
「もしわたしに触れたいと思う男性がいたら、どうすると思います? まさか乱暴目的で司祭さんを呼ぶなんてできませんよね?」
解呪の巻物を買いに来るだろうな。間違いなく。プロントさんは黙ったまま悩んでいる。あと一押し!
「お願いです! これはわたしの貞操を守るためにも必要なんです! 人助けと思ってわたしの支援者になってください!!」
最後は泣き落としだ。プロントさんのふかふかの手を取って懇願する。哀れな子羊のようにわざと肩を震わせ同情を押し売る。
「……わかりました。協力しましょう」
ふぅっと重い溜息を吐くと。僕の顔を真正面から見つめる。なんてつぶらな瞳なんだろう。
「これまで辛い思いをされてきたんですね。これからは仕事仲間としてあなたをお守りしますよ」
「それでは!」
「ええ、一ヶ月を試験期間としましょう。宣伝効果があるとこちらで判断したら正式な契約ということで。報酬は前払い。そこの巻物全部でよろしいですか?」
「ありがとうございます! 助かります!」
やった! 見事作戦成功だ!
「今から私の店のロゴをもとにして魔法を張り付けていきますよ。これは媒体と付呪者は触っても魔法は発動しませんのでご心配なく。効果は長く見積もって一ヶ月ですね。採用の場合、契約は毎月更新ということで」
◇
付呪に時間がかかり夜もとっぷり更けてしまった。しかしなんだろうこの高揚感! 今までコソコソと身を隠していたのがウソみたいだ。
「大手を振って歩けるって気持ちいい!」
ローブを『猫の目』の紙袋に入れて素肌を夜風に晒す。あぁ蒸れてた谷間が涼しい。今僕の体の至るところに魔法の罠がはりめぐらせてある。おでこはもちろん、頬、首、肩、背中、腕、腰、腹、外腿、内腿。そしてもちろん胸も!尻もだ!
ダークエルフは淫紋が似合うが、猫の模様もよく似合う。色んなタイプの模様を体に貼ってもらった。まさに歩く広告塔。そして歩く要塞だ。うははははははは!スケベどもかかってこい!返り討ちにしてやる!
まだ眠らぬ夜の街を颯爽と歩く。道行く男が僕を熱いまなざしで通り過ぎる。たまに調子に乗った馬鹿が僕の肩を抱き寄せるが感電魔法が発動し撃退させる。
「見つけだぜ」
闇にとけていた人影がぬらりと動く。ルッソだ! 昨日までの情熱的な姿はなく、別人のように陰湿な情念を滾らせていた。これが女神さまの与えた力の影響なんだろうか。
「またあんたか。用はないよ」
「黙ってオレのもんになれ!」
グイっと僕の手首をつかむ。その瞬間、感電の呪文が発動する。続けて右の手の甲でルッソを引っぱたく! 脱力! さらに膝で腹を蹴り上げる! 暗闇! そのままデバフを次々と叩き込む。虚脱! 混乱! 体力減少! 痛覚倍化! とどめは頭突きだ! 気絶!
死に至るような魔法はかけていないが相当効いたようだ。ルッソは白目をむくとガクリと崩れ動かなくなった。ちょっとやりすぎたかもしれないが、これくらい手痛い仕打ちを受ければルッソも諦めてくれるだろう。
「ごめんね」
ぽつりと謝ると僕はルッソを放置し自分の部屋に戻った。




