第二十七夜 僕、交渉に乗り出します。
前夜:アリシアと対等な条件で交渉すべく、はったりをかまし何とか成功する。更に奴隷の紋章を解呪すべく偶然にもベランナの身体をまさぐることとなりちょっと得をした。
奴隷紋の解呪が全て終わった。僕の足元にはいくつもエリクサーの瓶が転がっている。エルフ化しているといえども魔法を覚えたばかりの初心者だ。身体が魔法になじんでいないせいか、二人を解呪したらすぐに魔力切れを起こしてしまう。
一方アリシアはエリクサーに頼ることなく、するすると奴隷たちを解放していた。あんな華奢な身体にどれだけ魔力が詰まっているんだろう。
「他に奴隷紋が残っている方はいませんか? いませんね? それではエータさん、本格的に交渉といきましょうか」
アリシアは汗ひとつかくことなく余裕の様子だ。僕はというと、魔力の消費と回復の繰り返しで身体の節々が悲鳴をあげている。全くもって情けない。ここからが交渉の本番だって言うのにすでにグロッキーになっている。
「場所を変えましょうか?」
「いや、ここで交渉したい。ここにいるみんなも聞いてほしい」
そう、これはベランナを含む奴隷にされた者たちにも関係することだ。
「僕をエルフの同胞として引き込みたいなら、ここにいる全員も同じ条件で同胞に加えて欲しい」
「ほう?」
意外な要求だったようだ。アリシアは眉を上げ上品に驚いている。
「え? そんなこと! できるわけがありません」
隣にいたベランナも大いに驚いたようで口をはさんだ。他の者も同様に驚きを隠せずにいる。彼女たちの反応はもっともだ。エルフは他種族に対して非常に警戒心が強いため、仲間として迎えることはありえないと言われている。しかし現在でもエルフとお近づきになりたがる者は後を絶たず、エルフの姿を見れば時と場所を選ばず積極的にアプローチを試みている。それもひとえにエルフがもたらすメリットが大きいからだろう。
まずエルフと繋がりがあるだけで、社会的な地位が保証される。ひとたび仲間と認められたら、国王と直接交渉し、ときに脅迫してまで要求を通す。司法と行政を強引にねじ伏せられるのはエルフだけだ。そのためこの世界の住人たちは面倒を避けて、エルフとその同胞にちょっかいを出すようなことはしない。奴隷として身を落とした者たちには心強い守護者となる。
次にエルフと交易を結べば貴重なアイテムを扱うことができる。エルフは魔法や薬学に精通しているため、最高品質のアイテムを生産している。僕が湯水のように浪費したエリクサーだってそうだ。この幻の逸品と呼ばれる回復薬は商人たちの間では垂涎の品、使わなくても持っているだけで店の格が上がる。残りわずかとなったこのエリクサーでも、売ったらここにいるみんなでひと月は遊んで暮らせる。それほどエルフというのは、社会的にも経済的にも付加価値を生み出す種族だ。
「理由をお聞かせください。なぜそこまで彼らに拘るのですか?」
「今回の被害者は強引に奴隷にされた彼らだ。何らかの保障があってしかるべきだ。それにエルフ側にもメリットがあるはず」
「メリットとは?」
「計画を実行するならエルフ以外にも協力者が必要になる。仲間は多い方がいいはずだ」
「仲間ですか。それは貴女も協力してもらえる、と前向きに受け取ってもよろしいのですか?」
「もとから僕を手放すつもりはないだろう? 彼らを仲間として扱うなら僕もここにいてやるよ」
どうせ逃げたってアリシアに捕まるなら最初から彼女の懐にもぐりこんだ方がいい。それに革命なんて馬鹿げたことを止めるには僕ひとりじゃ心もとない。アリシアの暴走を止める協力者が必要だ。
「それで、具体的に何をすればよろしいので?」
「同胞の証として、結束紋『同胞血族』を結んでほしい」
ファミリア……この紋を結んだ仲間が近くにいると、その人数分だけ身体能力と魔力が相互に強化されるエルフ固有の魔法だ。また、結束紋を結んだもの同士ではお互いに攻撃が通じないという制約がつく。この特徴を利用してエルフは各国の腕利きと片っ端からファミリアを結んでいる。個体数が少ないにも関わらず、大国と渡り合えるのは結束紋によるところが大きい。
《まさか最も信頼関係を要するファミリアを要求するとは。エルフ同士ですらファミリアを結ぶことは稀なのですが。要求が高すぎるのでは?》
アリシアが僕を攻撃しないというしっかりとした証が欲しい。この先彼女になし崩しに便利に扱われては困る。最初に関係をはっきりさせておきたい。
「ファミリア? ファミリアってなんだ?」
オークが素朴な疑問を口にする。エルフをよく知らないひとたちのためにも、今のうちに説明した方がいいな。
「ファミリアを結んだもの同士が近くにいる場合、それぞれの身体能力を強化してくれる魔法だ。仲間の数が多いほど効果は高まると言われている。またファリミアを結んだもの同士ではどんな攻撃も魔法も無効化される。契約方法は深夜にファミリアを結ぶ全員の血をエリクサーの中に混ぜて、みんなで一気に飲み干したあと誓約の呪文を唱える」
この世界で手に入れたエルフの本に書いてあった。挿絵付きで載っていたがまるで秘密結社の儀式みたいだった。まぁアリシアたちも秘かに革命をすすめているわけだから、秘密結社そのままなんだが。
「このファミリアという結束紋は解呪魔法が効かない。解除するには、全員が同席したうえで決まった手続きに則り解除の呪文を唱えるしかない」
「また魔法かよ……もうモンモンはうんざりなんだがな……」
辟易したようにオークが顔をしかめて愚痴る。そりゃぁ、さっきまで奴隷紋という魔法に縛られていたんだ、また紋を結ぶなんてためらうのは仕方がない。
「別にお嫌なら結構ですよ。わたくしはそちらのエータさんさえいれば結構なんですから」
「まぁ待ちなって。このファミリアにはもっとすごいメリットがあるんだ」
そう、エルフが家族と呼べるほど相手を信頼する証、この恩恵は非常に大きい。
「この魔法の最大の特徴は相続というシステムにある。何らかの方法で天寿を全うせず死亡した場合、残りの者に寿命や魔力が均等に相続される」
「……もうちっとわかりやすく説明してくれ」
オークよ……お前は悪い意味で期待を裏切らないな。
「例えば5人がファミリアを結んだとします。もし60歳が寿命の方が20歳の若さで亡くなった場合、本来ならあと40年生きられたはずですよね? その40年分が残された4名に10年分均等に割り振られるわけです。つまり寿命が10年延びるということですね」
「おいおい、そんなとんでもねぇことができんのかよ! そりゃ神様のやることじゃねぇのか?」
確かに。寿命を操作するなんて神の領域の仕業とも思える。永い時間をかけて魔法を研究したエルフだからこそ到達できる、いわば秘術だ。
「すべてのエルフができるわけではありませんよ。魔法の深淵に触れた者だけが扱える魔法です。そう、バンシーを召喚するほどの技量を持つものでなくては」
なんだよ、含みのある言い方するな。僕に対する当てつけか?
「まぁ、そういうわけでファミリアは別に危害を加える魔法ではないし、デメリットに感じるような要素がない。暗殺者を雇ってアリシアを殺せばエルフの寿命だって山分けできる」
アリシアの視線をかわしつつオークたちの前でおどけて見せた。一瞬の沈黙が流れる。誰もピクリとも動かない。冗談が通じなかったか。緊張の空気を割るように、アリシアがひとつ咳ばらいをすると補足の説明をする。
「確かにそのような悪用を思いつく方もいらっしゃいますが、結束紋を結んだ相手を謀殺した場合、その者も命を落とす仕組みになっています。といっても、わたくしは直接ペナルティを受けたところを見たわけではありませんが」
エルフの伝承では寿命を得ようとして強引にファミリアを結び、自分が絶命した話がいくつも残っている。何が謀殺に当たるかは法律のように明文化されてはいない。あくまで過去に起こった事例をもとに判断するしかない。だからこそ迂闊に仲間を危険にさらすことができなくなるという保証が生まれる。
「確か戦争を扇動した指導者が、謀殺行為とみなされペナルティを受けていたはず」
「そういえば歴史上そのような方もいましたね。ろくに戦えもしない奴隷を前線に放り込んだ愚か者が。ああ、貴女はそれを危惧していたのですか」
エルフの教訓として語られている話だ。ろくに戦闘訓練されていない素人同然の青年を、ファミリアで即席強化して大量に戦地へ送った狂人がいた。ところが前線に突っ込んだひとりが戦死した途端その男も絶命したという何とも愚かな話だ。ひょっとしたらエータはもっと詳しい話を知っているかもしれない。
「待ってくれ! 俺たちを戦争の駒に使うってのか?」
「そうさせないためにもファミリアを結ぶのさ。そうすれば僕たちを使い捨てにできない」
「あの、ファミリアを結べばもう誰からもひどい扱いを受けないということはわかりました」
遠慮がちにベランナが話に加わった。
「とてもありがたいことなんですが、少なくとも私は見合うだけの対価を持ち合わせていません。アリシア様には助けていただいたご恩があります。ご協力したい気持ちはあるのですが見合うだけの働きはできそうにないかと」
「ベランナたちは十分にやってくれたさ。むしろ今までのツケを取り返すと考えるべきだ」
ベランナをはじめとして一堂が首をかしげる。そうだ、彼らは今まで望まぬ労役を強制されていたんだ。その分の対価はきっちりと貰わなければならない。影を抜かれ仮死状態になっているロナードをちらりと見た。小太りの中年男がぐったりとした様子でひっくり返っている。
「ベランナたちはこの邸宅で強制労働をされてきたんだ。その分をロナードからしっかりと支払ってもらわなくちゃ割に合わない。ただ殺すだけじゃダメだ」
「ほう? エータさんに何か案があるのですか?」
「この土地を含めたロナードの財産の一切を頂く。もし君たちがよければここで住んだってかまわない。もちろん強制はしない。一刻も早くここから離れたいならそうすればいい」
唐突な提案だったのだろう、動揺が広がり周りがざわつきはじめた。
「待ってください! 貴族の土地を奪うなんて誰かに知られたら酷い罰を受けます! 最悪処刑に、いいえ、絶対処刑になります!」
「表向きは召使いを演じればいい。肝心のロナードはあのザマだ。文句も言えないさ」
「つまり乗っ取るつもりですね? いえ、背乗りに近いでしょうか」
慌てるベランナとは違い、アリシアが愉快そうに笑った。
「ロナードは一般市民にも奴隷商の噂が漏れ聞こえているからね、もとより評判が悪い成り金に近づく者は少ない。今つながりのある連中も自分にメリットがないと気づいたら自然と離れていくだろう」
「ずいぶんと荒い計画ですね。ただでさえこれだけの騒動を引き起こしてしまったのです。これから騎士団や兵団がわたくしたちに目をつけるでしょう。エルフであっても追及は免れないでしょうね」
「アリシア、あなたもこの土地を乗っ取るつもりでロナードに近づいたんだろう? 滞在先をここに決めたのも、活動の軸足となる拠点を新しく作りたかったからじゃないか?」
アリシアにパーティーに誘われたときから、奴隷商ロナードと接触していたのか疑問だった。エルフの地位を使えばもっと位の高い貴族のところにも滞在できたはず。しかしアリシアの革命という話を聞いて確信した。はじめから彼女はロナードを含めてあのパーティーに参加していた貴族を丸ごと始末するつもりなのだと。
「奴隷を入手するルートを押え、奴隷の中から「同志」を見つけ育ててていく。そうやって革命戦士を増やしていくつもりだったんだろう?」
「おいおい、革命ってなんだよ? ずいぶん物騒じゃねーか!」
「このエルフはね、奴隷を率いて革命を起こそうとしているんだよ。この腐った階級社会を崩壊させるためにね」
「そりゃあ無茶ってもんだぜ! 戦闘経験のない俺たちが貴族に歯向かうなんて死にに行くようなもんだ。せっかく助かった命を粗末にゃできねぇ!」
たまらずオークが叫んだ。そりゃそうだろう。エルフの恩寵を受けられるといえども、国そのものを敵に回すなんて全く馬鹿げている。
「強制ではありませんよ。わたくしの志に賛同できる方だけで構いません。それにせっかく巡り合えた仲間たちをすぐ失うような愚はしませんよ」
物騒な話の最中、アリシアがにこやかに笑っているの直不気味な光景である。しかし彼女が否定しないということは僕の考えは遠からず当たっていたということか。
一方オークを含めベランナたちは黙ってアリシアを見る。ファミリアを結ぶことに戸惑いがあるのだろう。いや、僕たちエルフを信用するに足るのか測りかねているのだ。
「わたくしは皆様を同族として身の安全を保障する、代わりに使用人だった方々はわたくしに協力する。ここまでは理解できました。では、肝心のあなたはわたくしと彼らに何をしてくださるのでしょうか? エータさん」
「実は自警団からある依頼を受けている。自警団の防具に付呪の魔法を施すという話だ。ただ、誰かさんの横やりによって今は棚上げにされているけどね」
「ほう? 自警団ですか」
「自警団との繋がりが強固になれば、騎士団や兵団からの不要な介入は減るだろう。彼らは非常に仲が悪いからね。この中で自警団とよりを戻せるのは僕しかいないはずだ」
アリシアは顎に手を当ててじっと黙った。彼女は自警団から勝手に僕の身柄を引き受けたんだ。自警団からは快く思われていないだろう。それはアリシアも理解しているはず。もしもの保険に自警団を使えるならそれに越したことはない。
「防具に付呪の魔法をかけるのですか? それは具体的にはどのような魔法を?」
「さぁね。それをこれから話しあうつもりだったんだよ。最近は通り魔とか何かと物騒だからさ、防犯も兼ねているんだろう」
なおも考え込んだまま、アリシアはじっと動かなくなった。やけにもったいぶらせるな。これも交渉術ってやつか? 。
「自警団の署長、グレイスとはちょっとした知り合いだ。恐らくあなたよりも仲はいいと思うよ」
まぁ実際仲良くなっちゃったのは僕の身代わりとなった猫なんだけど。やっぱりこれだけでは交渉の材料にはならないか。なら仕方ない、とっておきを使うか。恐らくこの場ではアリシアだけに刺さる材料だ。
「それに僕は転生者だ。この世界以外の知識は少しでも欲しいだろう? グレイスにはもう洗いざらい話したぞ」
グレイスにはなにも喋っちゃいないが、この嘘にはアリシアの長い耳が大きく反応した。やはり彼女は転生者という存在を知っていたようだ。革命とか同志とか、ずいぶん聞き馴染みのある単語を並べていたからもしやと思っていたが。
「あなたは……いえ、あなたもそうなんですか……なるほど、だとしたら……納得です」
これは効果覿面だったようだ。初めてアリシアの動揺する姿を見た。唇を震わし目を大きく見開いている。頬は徐々に赤く染まり息遣いが荒くなってゆく。それにしてもこんなに動揺するものか。僕は転生してからも何の才能にも恵まれなかったから気づかなかったけれど。もしかして彼女も転生者とかそういうオチじゃないだろうな? しかし、この様子だともうひとつの交渉材料は使わなくて済みそうだ。
「あなたも転生者だったのか? だとしたら気になるだろう、自分が生きていた後の世界がどう変動したか。僕の提案を飲んでくれたら知っている限りを教えよう。グレイスに差を開けられるのは面白くないだろう」
「いえ、わたくしは違いますが……そうですか……そういうことですか……よろしい。貴女の提案を受けましょう」
アリシアはすんなりと僕の提案をのんだ。まだ動揺が収まらないようで、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をしている。ここまでの大きな反応は意外だった。すごく気なる。
「ただ、今日は少し疲れましたね。皆さんも心の準備かあると思いますので一日だけ時間をおきましょう。わたくしたちエルフの同胞となりこの屋敷に住む方は、翌日深夜12時にまたここに集まってください。それとエータさん、お話があります。少し付き合ってもらいますよ」
有無を言わせない様子で追いてくるように奥の部屋を促す。ベランナたちはというと、アリシアの一方的な解散宣言にそれぞれ戸惑っているようだ。
「いいのか? この場から逃げられて密告されたら計画も台無しになるぞ」
「密告なんてしませんよ。彼らはもうここから逃げられません」
どうしてそんなことを断言できるのだろう。よくわからないまま、アリシアは振り向くことなく奥の部屋に入っていった。
久しぶりの更新になってしまいました。すみません。熱中症でダウン&仕事の消化に追われていました。皆様、くれぐれも熱中症にはお気を付けください。




