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お腹がすいた。
足元に転がる死体がご馳走に見えてしまう。己の思考に慄きながらも、体は欲求に対し従順で口内は唾液で満たされていた。
この男は悪人なのだからいなくなったところで、喜ぶ人はいても悲しむ人はいないだろう。むしろ殺した自分はまるで善い行いをしたかのように思えて心地が良かった。
これは私へのご褒美なのだ。食べてしまっても問題はないだろう。
空腹を満たそうと目の前のご馳走に手を伸ばす。
男の肩を踏み、腕を引き抜くように引きちぎった。関節が抜ける音と、皮と肉が引きちぎられる音がたまらなく食欲をそそる。
流れ落ちる血液が勿体なく感じ、舐めようと舌を突き出し、口を大きく広げた瞬間動きを止めた。
何故目の前のご馳走を喰らうことに躊躇いを感じるのだろうか。
おかしい
何故ご馳走を喰らうことに躊躇いを感じることがおかしいことなのだろうか。
私は何をした?
私は人を殺した。
しかもこの人がただの食べ物にしか思えないなんてありえない。
足元に転がる男の顔は潰れ、肉片は剥がれ、頭蓋骨がところどころ露出している。ぐしゃっと潰れている為、原形を留めておらず、もう誰であるか顔を見るだけでは一切分からない。更に片腕がなく骨も肉も血管もむき出しの肩から絶えず血を流し赤い水たまりを作っている。
甘い匂いが鉄の不快な臭いに変わる。
足元に転がるご馳走は醜くグロテスクな死体に変わった。
どうして美味しそうだなんて感じたの。
どうして人を殺したことになにも感じないの。
おかしい。
どうしてこんなにも簡単に人を殺せたの。
おかしいのは思考だけじゃない。身体能力すらも今までのものと大きく異なっていた。
早く逃げなければ。でも、この血だらけの格好では目立ってしまうし、赤い足跡がついてしまう。
なんでこんにも落ち着いていられるのか。その他の異常性が大きすぎて、その異常性に気づくことは出来なかった。
街路樹の枝に跳び移る。そして次の街路樹へとどんどん跳び移る。あまりの早さに町行く人々は強い風に顔をしかめただけであった。そして、死体を見つけてしまった人の叫び声はもう耳に届かないほど少女は遠くに移動していた。
ぴょんぴょんと軽く跳んでいるが、とても軽く跳んでいる高さではない。
満月が飛ぶごとに近付き、煌々と輝く姿に優しかった母親を思い出す。
美しく輝いている月を見る母親の横顔と、抱き寄せてくれた温もり、そして動く唇。
何を言っていたのか覚えておらず、思い出せそうで思い出せずもどかしい。