第九話 「人形」
塔のスタート地点である、扉の前に戻ってきてしまった。
水の部屋への穴は完全に閉じていて、どこが開く部分なのか全く分からない。
ただの壁にしか見えない。
このまま待ってれば、いつか開くのだろうか?
いや、そんなことしても無駄なので待ったりはしないが。
ここにいても仕方がないので、入り口の扉に数回体当たりを放ってから、階段を目指して移動し、そして何事もなく階段前まで到着した。
ちなみに体当たりを放ったのは、何となく深緑が開けてくれるかな? と思ったからだ。結局、開かなかったが……。
「さて、このクソみたいな階段をどうするか……」
俺は階段を見上げながら少し考えた。
そして階段を無言のまま登り出す。
ちょっと試したいことがあったからだ。
「不正行為です。戻ってください」
十段ほど登ったところで、やはり謎の警告を受けた。
これを無視して登っていったら、また落とされると思われるので、素直に戻ることにする。
何の問題もなく戻れた。
ここまでは予想通り、次は実験だ。
俺は一段ずつ登るのをやめ、無言のまま一段飛ばしをしながら登ってみた。
「不正行為です。戻ってください」
先ほどと同じ場所、つまり下から数えて十段目の所で警告をされた。
俺は下へと戻る。もちろん問題なく戻れた。
同じ場所で警告と言うことは、段数で不正か不正じゃないかを判断しているってことだ。
今度は、状況を説明しながら、一段飛ばしで登ってみた。
先ほど警告された、十段目まで登ったが何も言われない。
念のため、状況を説明しながら、あと十段ほど一段飛ばしで登ったが何も起きない。
今度は無言のまま一段飛ばしで四段ほど登り、そこから状況を説明しながら六段ほど登った。
「不正行為です。戻ってください」
警告をされた。
とりあえず俺は、一番下まで戻ることにした。
戻ってくださいが、どこまで戻ることを意味しているのか分からないためだ。
さて、やはり状況説明は毎回必要だと言うことが分かった。
そして、段数は飛ばしてもいいと言うことも分かった。
これから、この階段を登っていこうと思うのだが、行き止まりになっていた所がどうなってるとか、誰に落とされたとか、いくつか疑問が残ってる。
だが、確認する術がないので、このまま登るしかない。
「おっしゃああああああ! 行くぞおおおおおおおお!」
俺は気合いを入れる。
「俺はああああああああ! 階段をおおおおおおお! 一気に登ったああああああああああ!!」
俺は全力で体当たりをするように、思いっきり階段の先に向かってジャンプした。
「どうだ……?」
一気に、二十段以上は進んだが、警告はない。
おし、これでいいんじゃね?
この方法で登っていけば、状況説明の回数も減らせるし楽だ。
飛びすぎると壁に激突する可能性があるから、そこだけ気をつけよう。
あ、あと、着地点をミスったら、一気に転げ落ちる可能性もあるから、着地も気をつけないとな。
俺は、全力ジャンプを繰り返しながら、階段を一気に登っていった。
――
かなり登ってきた。
外が見える穴の大きさを考えると、先ほど俺が落ちた場所くらいまでは、戻ってこられたようだ。
最初とは違い、一気に登ってきたので、時間は殆ど掛かってないし、状況説明をする回数が少ないから、精神的にも大分楽だ。
「俺は一気に、また登ったああああああああああああああああ!!」
俺は言葉の通りに全力ジャンプをする。
そして二度、三度と同じようにして一気に登っていった。
すると。
「ん? なんだあれ?」
謎の茶色い物体が、階段の上に置いてあった。
サッカーボールくらいの大きさで、ダルマというかコケシというか、手足のない人形のような物だ。
なんか……、近づくのイヤだな。
気持ち悪い……。
ここに置いてある意味も分からないし、そもそも何なのかが分からない。
近づかずに、一気に飛び越していこうか……。
「俺は人形を飛び越すように、一気に登ったあああああああああああああ!!」
人形のことを言わないと、警告されるのでは? と思ったので、一応、人形のことについて言いながら、思いっきりジャンプした。
特に何の問題もなく人形を飛び越え、普通に着地した。
なんだったんだ? あの人形……。
まあ特に警告もないし、このまま登っていっていいよな。
俺は更に数回の全力ジャンプをして、階段を登っていった。
「何の音だ……?」
何か変な音が聞こえる。
ドン。ドン。ドン。と、何かを一定のテンポで叩くような感じで、音が鳴っている。
「ま、まさかな……?」
俺はイヤな予感がして、後ろへ振り返った。
階段の下から音が聞こえる。
まるで何かが登ってくるような……。
「な、なんだ……? 違うよな……?」
俺のイヤな予感は的中した。
先ほどの人形が、俺を追いかけるように、一段ずつ階段を登ってきているのが見えた。
「ええええええええええええ!?」
何だよあれ!? 何で動いてんだよ!?
「俺は一気に、登ったああああああああああああああ!!」
俺は、逃げるように全力でジャンプした。
ドン。ドン。ドン。という音のテンポが速くなった。
「ウソだろ……?」
俺は確認のため、後ろを振り返る。
階段の下から、少し速くなって人形が追ってくるのが見えた。
「お、俺は、い、一気に登ったああああああああああああ!!」
俺は逃げた。
が、俺が登れば登るほど、スピードを上げて追ってきてるのか、聞こえてくる音のテンポが速くなる。
後ろを振り返らずに、俺は逃げ続けた。
しばらくすると、ドン。ドン。ドン。という音から、ドスン。ドスン。ドスンと、重たい音になった。
俺は恐る恐る確認のため、後ろを振り返る。
「なんでだよ!? なんでデカくなってんだよ!?」
そう、下から登ってくる謎の人形の大きさが、明らかに大きくなっていたのだ。
目測だと、1メートルはある。
「うぉぉおおおおおおおおお! 俺は一気に登った!!」
軽くパニックになりながら、俺は逃げるように階段をジャンプし続けた。
ドスン。ドスン。という音が小さくなっていく。
よし、このまま逃げ切れる。人形は大きくなった分、移動がし難いはず。
俺のペースに追いつけるはずがない。
しばらく登り続けていると、ドスン。ドスン。という音が聞こえなくなった。
逃げ切った。そう思った。
俺は一旦止まり、確認のため振り返った。
「きめええええええええ!! お、お、俺は一気に登ったあああああああああああ!!」
俺が見たのは、手足が増え、更に大きくなった謎の人形だった。
音が聞こえなくなったのは、離れたからではなく、器用に四本の手足を使い登っているので、音が出なくなっただけだったのだ。
なんでだよ!? なんで手足が出来てるんだよ!?
デカくなりすぎだろ!? つーか、何だあの登り方!? 気持ち悪すぎだろ!? エク○シストかよ!?
「俺は一気に登ったああああああああああああ!!」
俺は逃げ続ける。
音がしないので、人形との距離感が分からない。
それに、人形の登る速さが尋常ではないので、振り返る時間も勿体ないほどだ。
全力で逃げ続けていると、ふと思った。
あんな人形、ぶっ飛ばして落としてやればいいんじゃ?
位置的には上にいる俺が有利だ。上から思いっきり体当たりを食らわせれば……。
そう思いながらも、全力ジャンプで階段を登っていると、階段の先に赤紫の光が見えた。
空? あれって魔界の空だよな!?
あそこが最上階か!?
最上階ってか、屋上じゃねーか!?
俺は人形を無視して、一気に登り続けた。
「うぉおおおああああああああああああああ!!」
俺は階段の先、つまり屋上と思われる場所に到着した。
「ふぉっふぉっふぉ。やっと来たか」
そこにはカイザーがいた。
が、それどころではない。
「カ、カイザー! 人形、人形が来る!!」
「ふぉっふぉっふぉ。安心せい。アレはここまでは来られん」
「あ!? こ、来ない?」
「ふぉっふぉっふぉ。後ろを確認せんかったのか?」
「後ろを振り返ってる暇なんて無かったんだよ!!」
「ふぉっふぉっふぉ。アレは大きくなりすぎて、階段の途中で詰まっておるはずじゃ」
「え……?」
大きくなりすぎて? 確かに確認するたびに大きくなっていったが……。
え? あの人形って、そんなに大きくなるの?
まあカイザーの落ち着きっぷりを見れば、本当にここまで来られないんだろうけど……。
もう安心していいのかな?
「ふぉっふぉっふぉ。まあ少し時間は掛かったが、塔の攻略は完了じゃな。パントロ、よくやったのじゃ」
「よ、よくやっただと!? 何なんだこの意味不明な塔!! 何で状況を説明しながら登る必要がある!? あの気持ち悪い人形はなんだ!? それに俺、一回落とされたんだぞ!? 死ぬかと思ったんだぞ!?」
安心したのか、不満が一気に爆発した。
「ふぉっふぉっふぉ。まあ落ち着くのじゃよ」
「あ!? 落ち着いてなんかいられるかよ!? 本当に分かってんのか!? 死にそうになったんだぞ!?」
「ふぉっふぉっふぉ。それだけ元気ならば、何の問題もなかろうて。ふぉっふぉっふぉ」
「く……、じゃ、じゃあ、取り敢えず説明だけしろよ!! 状況説明しながら登る理由と、誰が俺を突き飛ばしたのか! あと、あの人形のことも!!」
この塔は訳が分からなすぎる。疑問がたくさんありすぎだ。
「ふぉっふぉっふぉ。知らんわ」
「は……? 知らない?」
「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃ。ワシに聞かれても、そんなもの知らぬわ」
え?
なに言ってんのこいつ。
「おい!! 知らないじゃねーだろ! 普通、理由があんだろうが!?」
「理由? 何の理由じゃ?」
「いや、だから、状況説明しながら登るのにだって、何か理由があるだろうが!!」
「だから知らぬと言っておろう」
「はあ!? 何で知らないんだよ!? じゃあ、なんで俺をこんな所に閉じこめたんだよ!?」
せめて理由がないと納得できないだろうが……。
「ふぉっふぉっふぉ。ここは試練の塔と呼ばれておるが、誰が何のために作ったのか知られておらん。じゃからワシにも、自分の状況を説明しながら登る理由なんぞ分からぬのじゃよ」
「マジで……?」
「マジじゃよ。お主を試練の塔に挑戦させたのは、兵士になる者ならば、誰でも一度はやらねばならぬ事じゃからじゃな。さっさとこの塔を攻略しておけば、後は時間を自由に使えるのでな」
「は? 兵士? 時間? 何を言ってんだ?」
「今朝言うたじゃろう。お主は兵士になるのじゃ。時間は有限じゃ。出来ることはさっさと終わらせるべきじゃろうて」
ダメだ……。何を言ってるのか分からない……。
兵士? 兵士って何だ? そんなこと言われたか?
ん? 言ってたか……。
魔王軍の兵士にするとか何とか言ってたな……。
ん? なんで俺が兵士になるんだよ。
「お、俺は兵士になんてならないぞ」
「ふぉっふぉっふぉ。なっておいた方が賢明じゃぞ?」
「俺に兵士なんて無理に決まってるだろ!?」
「そのための特訓じゃ」
「いや、だから何で俺が――」
「生きる為じゃよ」
「生きる……?」
「ふぉっふぉっふぉ。まあその辺りの話も含め、お主が聞きたいことは山ほどあるじゃろうが、それはまた今度説明してやるわい」
「あ? 何でだよ?」
「パントロよ。お主だって、そろそろ帰って休みたいじゃろう?」
「お、おう……確かに休みたいが……」
確かに帰りたい。
でも、帰ると言うことは、今登ってきたばかりの階段を降りていくのか……。
人形のこともあるし、めんどくせーな。
「ふぉっふぉっふぉ。こっちじゃ」
そう言うとカイザーは、屋上の端の方まで移動していった。
「まさか、飛び降りるとか言うんじゃないだろうな?」
「ふぉっふぉっふぉ。そんなことしたら死んでしまうわい。ゼーイ頼む」
ゼーイ? なんだ?
ん? なんか変な音が……。
バサッバサッという音と共に、バカデカイ鳥が塔の陰から現われた。
「うおおおおおおおおおおおお!?」
「ほっほっほ。神官様。パントロ殿。どうぞ、お乗りください」
鳥の背中には、塔に入る前に会った、深緑のスライムが乗っていた。
「ふぉっふぉっふぉ。さあ、背中に乗るのじゃ」
「うぉぉぉ!? マジで!?」
「ふぉっふぉっふぉ。驚くのもいいが、さっさと乗らんか」
俺とカイザーは飛び乗るようにして、鳥の背に乗った。
「ちょっ。何これ怖い。落ちない? 落ちないこれ?」
「ふぉっふぉっふぉ。安心せい。ちゃんと訓練されておる。安心して乗っておればよいわ」
鳥は塔の周りを旋回するように飛び、ゆっくりと地上へと下りていった。
「うぉおおおおおおおおおおお!! 怖かったあああああああああああ!! 地面最高!!」
鳥から降りた俺は、地面を確かめるように張り付いた。
「何を訳の分からん事を言うておるんじゃ?」
「ほっほっほ。初めての場合は、あんなものですよ」
「そうかのう? まあよいわ。ではゼーイ、我々は帰るのでな」
「ほっほっほ。またいつでもご利用ください」
ゼーイって、深緑の名前だったのか。
「うむ。パントロ! いつまで地面に張り付いておる! 帰るぞい!」
「お、おう! えっと、ゼーイさん? ありがとうございました」
「ほっほっほ。いつでも遊びに来てください」
「あ、はい。それでは失礼します」
俺は、深緑のスライムことゼーイさんに挨拶をしてから、カイザーと共に帰路へとついた。