表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/55

第二話 「広場」

 ドア。

 目の前にはカイザーの背中。いや、後頭部。そしてカイザーの先にあるドア。


 このドアと言う物、鍵が掛かっていなければ、何の障害にもならない、ただ部屋の出入り口についているだけの建具でしかない。

 だが、今の俺にとって、恐ろしい敵の一つである。

 なんせ今の俺にはドアノブに掛けるべき手がない。


「カイザー。どうやってドアを開けるんだ?」

「開ける必要なんてないわ。ここじゃここ」


 そう言うとカイザーはドアの下部分に向かって小さくジャンプした。

 パタンという音と共に、カイザーの姿が消えた……。


「え?」


 なんだこれ、どうなってる!?


 俺はカイザーが消えた辺りを、よく観察してみることにした。

 この部屋、窓がなく、照明器具も燭台と謎のカンテラみたいなものが、点々と設置されているだけだ。

 部屋の中心部は、それなりに明るいのだが、隅にあるこのドア周辺はとにかく薄暗い……。

 目をこらしながら、よーく見てみた。

 うっすらと、小さな長方形の切れ込みが見える……。


「ペットドアかよ!!」


 そう、猫や犬が通るためのような小さなドアがついていた。


「はよ来んか」


 ドアの向こうからカイザーの声が聞こえる。


「はぁ……」


 俺はため息を吐きながらその小さなドアへと飛び込んだ。



――――


 演説が行われるという広場へ向かうため、部屋から出た俺とカイザーは、長い廊下を飛び跳ねながら移動していた。


「カイザー」

「なんじゃ?」

「この廊下なんか斜めになってね? これもう廊下じゃなくて、坂になってね?」

「うむ。今から地上へ出るのじゃから、当たり前じゃのう」


 なるほど。さっきの部屋は地下にあったのか。

 どうりで窓がないはずだ。


「なんで坂になってんだよ? 普通、階段だろ?」

「パントロ……。お主はバカか?」

「あぁ!?」

「階段より坂の方が、スライム族にとっては移動しやすいじゃろうが」


 ああ。そう言われりゃ確かにそうだな。

 階段だと、着地する場所をミスったら一気に転げ落ちる可能性があるもんな。


「なるほど……。じゃあもう一つ」

「なんじゃ?」

「あとどれくらいで地上に出るんだ? もうかなり移動したと思うが……、どうなってんだ?」


 ここまでかなりの距離を移動してきた。何度角を曲がったか分からないほどだ。


「ほれ、あの角を曲がればすぐ先じゃ」

「お、そ、そうか……。やっと出られるんだな」


 角を曲がった先は、小さめの部屋のような空間があった。

 俺達が上ってきた坂とは違う方向にもう一つの通路が見える。


「ちょっと待っておれ」

「おう……」


 カイザーは部屋の隅にある机へと向かった。

 机の上には、何だかよく分からない長い筒のような物が置いてある。


 なんだアレ? どっかで見たことがあるような気がするが……。

 うん。分からん。


 すぐに興味を失ったので、部屋をぐるっと見渡した。

 机とは反対側に大きな鏡があった。

 なんとなく鏡に近づき、自分の姿を今一度、見ることにしたのだが……。

 鏡に映ったのは、やはり紫のスライムだった……。


 気持ち悪いな……。

 さっさと夢から覚めたい……。


「準備できたぞい」

「お、おう……」


 俺はカイザーがいる方向へと振り返った。


「なんだそれ?」


 カイザーの頭に、先ほどの謎の筒がすっぽりと被せてあった。


「神官帽じゃ」

「いや、帽子ってサイズじゃないだろ!! お前の倍以上の長さがあんだろ!! つーか、どうやって被ったんだそれ!!」

「ふぉっふぉっふぉ。これがワシの真の姿。神官カイザー様じゃ!!」


 カイザーは、何故かキメ顔で自信満々にそう言った。


「いや、意味分かんねーし!」

「これはワシの正装じゃ」

「せ、正装……?」

「そうじゃ。魔王様の演説を聞くのじゃから、正装くらいせんとな」

「スライムに、正装もクソもあんのかよ!?」

「社会的地位があるから、その辺りはしっかりせんといかんのじゃよ」


 なんだよ社会的地位って……。

 お前、ただのスライムだろ……。


「さあ、そんなことはどうでも良い。さっさと行くぞい」

「お、おう……」


 小部屋を抜けた先には、大きな部屋があった。

 謎の祭壇のような物があり、一体何のために作ったんだと思うくらい大きな両開きの扉。


 扉の前まで進んだところで、カイザーが止まった。

 どうせペットドアがあると思い、扉の下部分を探してみたのだが、見当たらない。


「何をしとる?」

「いや、どこから通るのかと思ってさ。穴探してた」

「そんなもんないぞ」

「ん? ないの?」

「とうっ!!」


 カイザーは、高々とジャンプした。

 そして、扉の中心部分に軽く体当たりをして、落ちてきた。


「なにしてんだよ?」

「ほれ、いくぞい」


 次の瞬間。大きな扉がゴゴゴっという音と共に開きだした。


「押しボタン式の自動ドア!?」


 驚く俺を無視して、カイザーは進む。


 扉の先は外だった。

 が、何故か異様に暗い。

 周りが見えないほど暗い訳ではない。

 雨雲で覆われた日のような暗さ。

 ふと空を見上げてみた。


「なんだこれ……」


 空は赤紫のような色をしており、太陽が無い。

 太陽を探したが、太陽がどこにも無いのだ。

 それなのに何故か空は明るい。


 空自体が光を発しているのか?

 いや、そんな意味不明なことがあるはずがないよな。

 どうなってるんだ……。


「どうしたのじゃ?」

「いや……、空が変だろこれ……」

「んん? 別に変じゃないじゃろ」


 変じゃない……? 俺の目がおかしいのか?

 いや、太陽が無いんだぞ!?


「た、太陽は!? 太陽どこだよ!?」

「ほう。太陽を知っておるのか。やはり貴様天才か!?」

「いや、意味分からんし!? どういうことだよ!?」

「太陽というのは人間界にあるものじゃ。魔界にはない」


 魔界……? 今、魔界って言った?


「ちょっ! 待て! 魔界って何だ!?」

「魔界は魔界じゃろ。ここは魔界じゃ」

「……魔界ってあの魔界? 魔王とかがいる魔界?」

「そうじゃよ? パントロ……。お主今から魔王様の演説に行くのに、今更何を言っておるのじゃ?」


 ああ、そうだった。魔王の演説に行くんだったな。

 魔界でいいのか……。

 いや、よくねーよ! 俺の夢とはいえ魔界って何だよ!

 そんなのゲームとかアニメでしか見たこと無いわ!

 なんでこんな変な夢見るかな……。


「ほれ、いくぞい」


 カイザーは俺の返事も待たず、飛び跳ねながら移動を開始した。


「ちょ、待てよ!」


 俺はカイザーの後頭部を追いかけた。



――――


 演説が行われるという広場にやってきた。


 ここに到着するまでに、いろんな色のスライムに出会った。というか、見た。

 様々な色の種類があるらしく、全色あるんじゃねーの? と思うほどだ。

 例えば、カイザーのような黄色と言っても、薄い黄色から濃い黄色まで個体によって微妙に違う。

 顔はほとんど一緒だ。目と口しかないからな。微妙に位置が違うみたいだが、いまいち俺には分からない。

 色で区別した方が分かりやすい。


 俺達が広場に着いたときには、すでに相当な数のスライム族達がいて、ちょっとした祭りのようになっていた。

 縁日の屋台ような店が並び、何かを売っているようだった。


「おい、カイザー。アレは何を売ってるんだ?」

「ん? ああ、水じゃな」

「じゃあ、あっちは?」

「水じゃな」

「……。あっちは?」

「水じゃな」

「……」

「……」

「水しか売ってねーのかよ!!」

「スライム族にとって、水がどれほど大切か分からんのかっ!!」

「いや、だって水だろ!? そんなの売る物なのかよ!?」

「確かにこの辺りでは水には困らん。じゃが、売られている水は、ここから遠く離れた場所でしか手に入らない、とても澄んだ綺麗な水じゃ。」

「いや、違いとか分からんから。俺まだこの世界の水飲んだことないし。」

「そう言えばそうじゃったの。どれ、一杯奢ってやろう」


 そう言うとカイザーは一つの屋台へと向かった。

 俺はそれについていく。


「水、一杯貰おうか」

「へい! 毎度!」


 店主らしき、グレーのスライムが元気にそう言った。


 店主は器用に頭を使い、皿のような物を俺達の前にある台に置き、これまた器用にホースのような物を皿にセットした。

 ホースの先から水が流れる。

 皿一杯に水が満たされたところで、水が止まった。


「どうぞ!」


 どうぞって言われても……。

 何これ? どうやって飲むの?

 口を皿につけて飲めばいいのか?


「どうした? 飲まんのか?」

「えっと……。どうやって飲むの?」

「はぁ……、パントロ、やはりお主、バカなのかもしれんな……」

「うっせーよ! バカでいいから教えろよ!」

「店主、もう一杯貰えるか」

「へい! 毎度!」


 カイザーは、もう一杯の水を頼むと、俺の方を向いた。


「こうして飲むんじゃ」


 カイザーは、先ほど俺の前に出された水を、皿ごと一口で飲み込んだ。


「ええええええええええ!! 皿ごと!? 皿ごとイっちゃうの!?」


 次の瞬間、カイザーの口から皿が吐き出された。


「店主、中々良い味だな。これはあれか? 精霊の森の水か?」

「へい! さすが神官様! 良くお分かりで!」


 俺を無視して店主と話すカイザー。


「お待たせしやした! ぼっちゃん! どうぞ!」


 俺の前に、水が入った皿が置かれていた。


「マジか……」

「ほれ、飲んでみるがいい。美味いぞ」


 やるしかないのか……。


 俺は意を決し、口を大きく開け皿にかぶりついた。


 んっ!?

 なんだこれ! めっちゃウマイ!!

 少しだけ甘みがある。その甘みが体の疲れを吹き飛ばしてくれるような、そんな感じだ。

 そして水が体全身に浸透していく感じが分かる。ああ、これ以上なんて表現すればいいのか……。

 とにかく、こんな美味しい水を飲んだのは人生初だ!!


 俺は皿を吐き出した。


「どうじゃ? 美味いじゃろ?」

「ああ! 最高だ!」

「ふぉっふぉっふぉ。店主、会計を頼む」

「へい! 水二杯で四百モルカです!」

「うむ」


 そう言えば……。

 カイザーって、金なんて持ってるのか?


 カイザーは、口から四枚の銀色のコインを吐き出した。


「え?」

「へい! 四百モルカ。丁度ですね。ありがとうごぜーます!」

「さて、行くか」

「えええええええええええええええええ!! 口から出した! 口から!! え? なんで? 口からなんでお金が出て来んの!?」

「なんじゃ、やかましい」

「いやいやいやいや。口から金!? はぁ!?」

「何を騒いでおるのか知らんが、さっさと行くぞい」

「ちょっと待てよ!! 説明しろよ!!」


 俺を無視して広場の中央に向かうカイザー。

 人混みの中、いや、スライム混みの中、カイザーはスイスイと進む。

 俺はカイザーのあの長い帽子を目印に追いかけた。



――


 広場には舞台が作られており、舞台上には玉座が用意されてる。

 俺がカイザーに追いついたとき、カイザーはその玉座がよく見える位置をキープしていた。


「はぁはぁ……」

「そんなに疲れてどうした? 大した距離はないじゃろう」

「いや……、はぁはぁ……、人混みが……、スライム達が多すぎる……。ぶつからないように、移動するのって大変だな……。はぁはぁ……」

「ふぉっふぉっふぉ。慣れじゃ慣れ」


 簡単に言ってくれる……。

 慣れそうもない。いや、慣れる必要なんてない。

 どうせ夢から覚めたら終わりなんだ。

 そう、夢から覚めたら終わり……、でも、さっきのは気になる。


「さっきの……、はぁはぁ……、説明しろよ……」

「さっきの? はて? 何のことじゃ?」

「く、口から! はぁ……。口から金出したろ!」

「ああアレか。アレはほれ、口袋じゃ」


 くちぶくろ……?


「なんだそれ……? 知ってて当然。当たり前。みたいに言うなよ!」


 ふぅ……。

 大分呼吸が落ち着いてきたな。


「なんじゃ? 当たり前の事を、当たり前に言って何が悪い?」

「当たり前じゃないから! 口に袋があるとか知らないから!」

「ほれ、口の中にもう一つ穴があるじゃろう? そこじゃそこ」

「いや、わかんねーよ! どこだよ!」

「ふむ。口の上辺りじゃ」


 あ……。あった……。

 なんだこれ? きめぇな。

 自分の意志で、開閉できる穴があるけど……。

 どうなってんだこれ? 気持ち悪すぎるだろ。

 カイザーは、ここに金を入れてたのか?


「その表情から察するに、分かったみたいじゃな」

「あ、ああ……。これって何なんだ?」

「我々スライム族特有の機能と言えばいいかのう? 小さな物なら口袋に入れて持ち運べるようになっとる」

「どれくらいの量の物が入るんだ?」

「そうじゃのう……。水で例えるなら500mLくらいじゃの。まあ個体差があるのでな。何とも言えんが」


 ペットボトル一本分か。意外と入るな……。


「む? 魔王様がおいでじゃ」


 魔王が来たってことは、とうとう演説が始まるのか。

 さっさと演説聞いて、早く寝たい。

 早く夢から覚めないかな……。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ