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第六話:答えのない感情

「昨日は楽しかったよなあ」

「そうよねえ、レオン様の親友……とは思えないけど。気さくな兄貴分って感じが!」

 レイリアとルークは早速盛大に騒ぎ立てた。

 何時ものように起床し、布団を畳ながら。

「レオン様とは正反対な感じだけどねえ。ライザはどう思う?」

 いきなり振られ、ライザは思わず間抜けな顔を向けた。

「エルウィンのことよ。もう、ライザったら聞いてなかったの?」

 そう言ってレイリアはぺしぺしと頭を軽く叩かれ、ライザは「痛い痛い」とレイリアに抗議の視線をぶつけた。

「エルウィンのことが気になるのは分かるけど早く布団を片付けないと。あ、適当にぐしゃっと置かないでね。畳み直すの大変なんだから」

 朝御飯まで時間がない。

 皆、さぞ空腹だろう。

 自分達のために待たせるのは当たり前だがいけないことだとライザは思い、二人を叱咤したが、あまり効果はないようだ。

「ま、早く朝御飯食べて、レイリアとデートしたいし」

「あたしはお断りしたい」

「えーっ、俺のどこがダメなんだよ」

「全部」

 きっぱりと言われ、ガクンと項垂れるルークだが、レイリアは言葉に反して全く嫌ではなさそうな顔をしていた。

 満更でもないのだろう。

 いつも何となく気に障っていたのだが今日はそれが怒りに火をつける。

「……僕はいくよ」

 ライザは自分でも驚くほど冷ややかな口調で二人に言うと全く顔を合わせることなく出ていった。 

「……どうしたんだろうな」

「……ライザらしくないのは確かだけど……」

  控えめながらも明るいライザ。

 それなのに今日は酷く怒っていた。

 いったい何に?

 ライザの姿が見えなくなった後、ぽつりと独白を漏らす。

「……あたしたち、何かしたかな」

 不安そうに呟くレイリアにルークは「そんなことないよ」と慰めた。

「まあ、あとで俺が話してみるよ」

「本当?」

 レイリアが滅多に見せない不安感いっぱいの顔をパアッと輝かせ、ルークに期待の眼差しを向ける。

「ああ、ライザは大切な親友だからな!」

「うん!」

 レイリアはルークの力強い言葉に笑顔を浮かべ、大きく頷いた。


「おはよう、ライザ」

「あ、ルーカス兄ちゃん、おはよう」

 ルーカス。優しいお兄ちゃんでレオンに憧れを寄せる人。

 勉強熱心で努力家でもある彼を尊敬していた。

「あれ? ルークとレイリアは?」

 細やかな変化にも直ぐに気が付く彼の性格を今日ばかりは恨むしかない。

「まだ布団畳みしてるから先に来たんだ」

「……そう。ならいいんだけど」

 いつも一緒だったルークとレイリア。しかし、今日は一人。

 ライザが一人であることをルーカスは怪しんだ。

「……席についてるね」

「あ、うん」

 話したくなさそうに先を急ぐライザにルーカスは首を傾げた。

「喧嘩でもしたのかな。まあ、たまにはそういうこともあるよね」

 三人が一緒にいて、騒がしい声を響かせる。

 ルーカスだけでなく多くの人があの無邪気な声を聞いてこそ朝が始まると思っているのだ。

 周りの人達以上にライザ自身がそう感じていた。

 あの二人と一緒にいることが当たり前で、一人で行動する日があろうとは思わなかった。

 だが、ルークとレイリアを見ると可笑しくなってしまうのだ。

「ライザ、お待たせ!」

「ごめんね、ライザ!」

 彼の複雑な気持ちは露知らず、二人は無邪気に話しかける。

「……や、やあ……」

 力なく答えるしかない。拒絶など到底できない。

 

 --レオン。


 そう言えばエルウィンに激しく責められて以来、レオンとは会っていないことを思い出す。

 アレスにも、ウィライルにも、会えていない。

 それに、あの家に行くのは何だか抵抗があるのだ。

「はあ、どうしよう」

 ライザはまた溜め息をつき、頭を抱えたのであった。


 朝ご飯も終え、チラリと周りを見ていたらルークとレイリアが楽しそうに話している。

 それを見たくなくて、ライザは避けるように出ていった。

「あ、ライザ」

 ライザがホールから出ていくのを見たルークが呼び掛けたが答えなかった。


 --こんなの、ダメだ。


 ライザだって分かっている。ルークにも申し訳なく思う。

 だが、見たくない。

 答えたら、見なければならない。

 ルークにだけは女の子らしいレイリアと、彼女に振り向いてもらおうと意地悪を仕掛けるルークを。

 お互いに、意識しあっている姿を。

「ライザ……」

 悲しげに呟くルークの声に彼は胸を痛める。

 ルークは悪くない、悪くないのだ。

 ただ、自分が、情けないだけ。

「やあ、ライザ!」

 ルークから避けようとしたところ、ルーカスが嬉しそうな顔をしてやって来た。

「レオン様がいらっしゃって、ライザと話がしたいんだって」

「レオン、様が」

「ルーク、ライザ借りていくね!」

「あ、ああ、いいけど……」

 呆気にとられる二人を他所にルーカスは無邪気にライザを引っ張っていく。

「ルーカス兄ちゃん」

「ライザ、ぐずぐずしたらダメだよー。レオン様にお会いできるのに」

「いや、そうなんだけど」

 ルーカスはアイドルの追い掛けっ子のような勢いで、ライザは突っ込むこともできない。

 程無くしてロビーにつくと、立ったまま待っている金髪の美青年が微笑む。

「ルーカス君、わざわざありがとうね」

「いえ、レオン様のお役に立てるなら!」

 ルーカスは眩しそうな笑顔を見せ、そして去っていく。

「じゃあね、ライザ! ルークと仲直りするんだよー」

 勝手に喧嘩したように思われたらしい。ライザはルーカスの暴走に呆れるばかりだった。

「さて、ライザ、行こうか」

「えっ……えっと、何処に?」

 強引に連れ出そうとしたレオンにライザは驚く。

 思い立ったら即行動に移す人間は此処にもいた。

「決まってるよ、僕の家。アレスもウィライルもライザが来るって言ったら喜んでくれた」

 嬉しそうに笑うレオンの誘いをライザは断れなかった。

 それに、やはり弟や妹に会えるのは嬉しかったのだ。


 外に出ると、朝日が眩しく輝いていて思わず目を細めた。

「ライザ、今日は晴れてるねー。アレスやウィライル誘って遊びに行こうか」

「え、勉強は?」

「ライザはよく気が付くよね、そういうとこ好きだよ」

 直ぐ様レオンのことを心配するライザに、レオンは目を細めて頭を撫でる。

 その手が心地好くて、ライザは照れたように笑う。

「でも、もう少し我儘になってくれてもいいんだよ。僕はライザのお兄ちゃんだから」

 そして、レオンはライザを誘導するようにしっかりと手を繋いで歩き出した。

(そんなこと、言ったって)

 レオンは資産家だ。

 将来はきっとエリート会社に勤める人なんだろう。

 そんな、将来がかかる今の時期に甘えるのはとてもできない。

 ライザはぶるぶると首を横に振って黙ったまま歩き出した。

「僕は」

「レオン?」

 クスリと笑って言葉を発したレオンにライザは小首を傾げて反応する。

「やっぱり僕はエルウィンのようにはなれないなあって思ったんだ」

 エルウィン。

 そう言えばエルウィンが泣きながらやって来たのをライザは思い出す。

 それと関係あるんだろうか。

「さあて、ついたよ。ライザと一緒に歩いていたらあっという間だね」

「あ、うん。気が付かなかったよ」

「さあ、入って」

 レオンが手を握ったまま離してくれない。そのため、ライザは家の中に入るしかなかった。


 中に入るとどこかキラキラと輝いている床と片付けられた玄関。道中に電話が置いてあり、施設の中にある電話のように埃がない。

 アレイスタ一家は綺麗好きなのだろうと思った。

「ライザー、帰ってきたのね!」

「あ、ただいま母さん。ライザ、久し振りでしょ」

「きゃー、あんなちっちゃかったのにこんなに大きくなって」

 出迎えたレオンの母は美しく眩しい。ライザを見て嬉しそうに微笑む。

「ライザ、ゆっくりしていって。アレスやウィライル、ライザが来るの待っていたのよ」

「あ、ありがと」

「じゃあ、ご飯お願いできる?」

「任せて!」

 母は張り切って台所に向かい、レオンとライザだけになった。

 リビングと台所には扉があり、今は閉められているので二人きりだ。

「ライザ、二人きりだね」

 隣で、自分の顔をじっと見つめながらレオンは囁いた。

「ま、まあ、そう、そうなんだよね」

 どきまぎしながら何とかして答える。そうだ、彼は兄だ。何を意識する必要がある。

「あ、そうそう。この前エルウィンが君のところに来たと聞いてちょっと焦った」

「な、なにを?」

 何故、エルウィンが来ると焦るのか。ライザにはよく分からなかった。

 レオンはライザのその様子を見てばつが悪そうに話し始める。

「エルウィンって気さくで豪快で、ストレートだから、いつも頼りにされてる。ほら、この前見たんだ、君がエルウィンを慕わしげに見ていたの。君とエルウィンが並ぶと兄弟みたいで……」

「レオン、あ、あれは」

「何か、羨ましいよ。エルウィンのような性格が」

「……レオン」

 ライザは口を閉ざし、俯いていた。

 自分から見てもレオンは眩しく、輝いている。将来も約束されていて勉強もできる。

 何より繊細な性格だから細やかな配慮もできるだろう。

 だから、ライザもエルウィンもレオンを羨み、どこかで敬遠していたが、彼がそこまで悩むとは。

「レオンには、アレスやウィライルがいるじゃない」

「?」

 自分が何が出来るか分からない。でも、やっぱりレオンには輝いて欲しい。悩んでいる姿、とても見ていられなかった。

「エルウィンにはエルウィンの良さがあるよ。真っ直ぐで嘘をつけないとことか。でもレオンはね、何て言うんだろ。安心するよ、うん」

「ライザ……」

「悩むこと無いよ。レオンに話したら何かすっきりして、冷静になれるんだよ。なんというか、傷つけちゃいけないなとか、裏切れないなとか。エルウィンにもあるんだけど、その……えっと」

 何を言っているのだろう。一生懸命言い過ぎて顔が赤い。

 我ながら不格好だとライザはへなへなとその場にしゃがみ、口を閉ざす。

「何か、情熱的な告白聞いたみたいなんだけど……」

 気が付くとレオンが不敵に笑っている。

 これ、これは、まずいのでは。

「ライザ兄ちゃん!」

 まだあどけなさを残す少女ウィライルと弟アレスが駆け寄ってライザに抱き付く。

「来てたなら呼んでよー、レオンの意地悪!」

「だって、二人きりで話せないから」

 ウィライルに負けじとレオンがライザの腕をつかむ。アレスは二人に負けないようライザの背中にもたれた。

「な、な、な。何だよこれ!」

 三人に抱きつかれ戸惑うのはライザ自身である。遊ばれているに違いないと思いつつもあまりに無邪気なため、振り払うことはできなかった。

「三人とも、ご飯よー」

 母の呼び声に三人は勢いよく返事し、漸くライザを解放した。

「ライザも食べていって。勉強大変だろうけど、美味しいもの食べて頑張るのよ」

「……ありがとう」

「さあ早く早く」

 レオンの母に誘われ、ライザもリビングへと向かったのであった。

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