第七話:夏の始まり
レオンの母が振る舞ったのは小魚のフライと肉じゃがと胡瓜の酢漬けと蜆の味噌汁である。
アリアスは海が近いので魚料理が非常に多い。
全体的にあっさりした感じで量も程々だ。
「さあ、ライザ、食べて食べて」
「あ、ありがと!」
自分を気遣った彼女にライザは感謝と喜びでいっぱいになり、真っ先に椅子に座った。
「いただきまーす」
手を合わせ、箸を持って頬張る。
味噌汁をまず一口啜ると薄口の味噌と蜆の味が口に広がり、それがあっさりしていて、気が付くと全て飲み干してしまった。
「レオンたちは、いいの?」
来客である自分が先に食べて、と、ライザは心配する。
「ライザはよく頑張っているから……ご褒美よ。それに」
母は感慨深げに、少し悲しげに彼に話した。
「あの施設に行く時、ライザ言ったのよ。早く働けるようになってウィライル達を安心させるって。あそこ、働き先とか持って来てくれるでしょう?」
「……うん」
「レオンは反対したけど、私はライザが選んだ道なら応援したいと思ったの。でも」
一転して母は笑った。
「いつでもここに帰ってきてね」
優しい笑顔で、暖かな眼差しで。
「うん」
胸がじわりと熱くなるのを感じた時だ。
「お母さん、ライザ兄ちゃん独り占めするなんてずるいーっ!」
「僕もライザ兄ちゃんと話したいのにー」
ウィライルとアレスが台所に乱入し、レオンが慌ててやって来たようだ。
「ごめんね、二人とも」
母も思わず笑みをこぼした。まだ幼いが故に素直で無邪気な二人に癒されたのか。
「また今度来るから」
ライザも二人を宥めるとアレスとウィライルが抱きついてきた。
早く二人にとっての兄になれるようにする。
ライザは強く決意し、母の褒美である御馳走を味わった。
「ライザ、気分転換になったようだね」
「レオン……?」
「さっき、あの家で見たとき、浮かない顔をしていたから」
どうやらレオンは自分の気分が優れないこともお見通しだったようである。それを見て誘い出したのか。
「レオンにはかなわないなあ。うん、ちょっと悩みがあるんだ」
「悩み?」
ライザが難しそうな顔をするとレオンも笑顔を消して、真剣な表情を浮かべる。
彼にとって大事な弟であるライザが苦しんでいる。自分が何とかしなければならないと、強い責任感があるのだろう。
レオンは促す言葉一つ発することなく、穏やかにライザを待っていた。
風が窓から入ってくる音と、二人の小さな姉弟のじゃれあう声が、母が食器を洗う音が聴こえる。
生活感溢れる日常の音が、密かに悩み苦しんだ心を解していく。
不思議な位落ち着いた声で、いつもの無邪気な表情でライザはレオンにあることを聞いた。
「レオンは、好きな人とかいるの?」
「えっ、いきなりどうしたんだい、ライザ」
「驚かないでよ、知りたいもん。まあ、レオンってモテモテだろうから困らないよね」
「子供が言うもんじゃないよ」
「あ、もしかして慣れてないの?」
恋の話の触りを出しただけで動揺するレオンにライザはクスクスと笑いながら、その話は可哀想だと思い止めた。
「君は慣れてるのかい」
「まあね! 女の子、こういう話大好きなんだ。よく話してるの聞こえる」
「じゃあ君は聞き耳を立ててるわけだな」
「人聞きが悪いよ!」
一気に形勢逆転に成功したレオンの意地悪な笑顔にあたふたするライザだったが。
「ライザ兄ちゃん!」
「レオン兄ちゃん、ライザ虐めてない?」
二人の幼い妹弟に助けられたのだった。
まだまだ元気な彼らにはレオンも敵わないのか、困ったように笑っていると。
「レオンーライザを送ってきてー! もう夕方よー」
「えっ、はーい」
台所から母の軽やかでおおらかな声が時間を告げる。
「ライザ兄ちゃんもう行っちゃうの?」
「えー、まだまだ話したいよー!」
「アレス、ウィライル……」
行かないでと駄々を捏ねる二人にライザは改めて自分の不甲斐なさを責める。
「……また、来てくれる?」
名残惜しそうにライザの頭を撫でるレオンの声にライザは頷いて。
「また来るよ!」
「じゃあ送ってくるよ」
ゆっくりと立ち上がったレオンの後を追うようにライザも立ち、二人に「またね」と言った。
「また来てね! 絶対だよー!」
「今度は僕と遊んでね!」
また、絶対に来たいと思う。
──心から。
チチチチ……と、何かの鳴き声が聞こえる時間。
茜色の空の下、向日葵が咲く道をゆっくりと歩いているとレオンが聞いてきた。
「ライザ、今日は楽しかった?」
「うん!」
「それなら良かった。此処に連れてきた甲斐があったよ」
「そっか、僕も来れて良かった」
こうしてほのぼのとレオンと歩き、話しているとまるで本当の兄弟のようになれる気がした。
いつもは太陽の光に照らされてキラキラする金をどうしても意識してしまうが。
「また誘ってもいいかな?」
「えっ、全然構わないよ。急にどうしたの」
遠慮がちに聞いてきたレオンにライザは首を傾げながら頷いた。
やや強引なところもある彼がどうして今日はこんなにも弱々しく見えるのだろう。
だが、ライザはレオンの今の姿を問うことも出来ず、あっという間に色彩豊かな花に囲まれた表玄関へ辿り着いた。
「送ってくれてありがとう!」
無邪気なライザを見て、レオンはひきつったような、どこか無理をするように笑いながら。
「──お休み」
淋しそうに呟いた。
「……ライザ」
いつものように通路を歩いていると、待ち構えていたルークに呼ばれた。
「……なに」
ご飯を沢山食べてご満悦なルークとは違う。
真剣な表情で彼はライザが来るのを待っていたようだ。
そんな彼の声にライザは思わず冷たい声を発してしまう。
朝、彼とレイリアをあからさまに避けていたことを聞きたいのだろう。
「話がしたいんだ」
予想通り、ルークの問は紛れもなく朝のことで。
「……ルーク」
出来れば言いたくない。
ルークは優しいからきっと遠慮してしまうだろう。
レイリアが好きだと、今日突然分かってしまったのだ。
自覚とはある意味恐ろしくて、いつもの二人を見ていたら泣き出したくなって、わけもなく怒りたくなった。
「……ごめん、ルーク。まだそんな気分じゃない」
勝ち目などない。
レイリアがルークを見る目は自分を見る時とは明らかに違う。
いつまでも、レイリアにとって自分は弟分のままなのだ。
「じゃあ、明日!」
「……え?」
「明日、朝焼けが綺麗に見えた頃に、話したい」
事情はルークには相変わらず分からないままだろうが、今話すべきことではないと言うのは伝わったのだろうか。
「明日、起こすから」
それだけを言うと、ライザを漸く解放し、部屋へと向かって走り出した。
(──逃げちゃ、いけないんだ)
自分も、向き合わなければならないと震え上がるような心持ちで親友の後ろ姿を見つめた。




