終章:さよならまた逢う日まで
ライザの妹、ウィライルは夕暮れに息を引き取った。享年九歳という若さで生命を閉じた事実はレオン達にも重たい影を落とし、誰ひとりとして口を開くことはなく、黙祷を捧げた。
ライザの元へも直ちに連絡が行き、葬儀と告別式はひっそりと行われた──。
ウィライルの死を悼むレオンの両親、唇を噛み締めて堪えるレオン、ぽかんと立ってはいるものの不安そうに周りを見つめる弟アレスの姿をライザは遠くから眺めていた。誰も彼もが悲しいといってあんなに重たい影を背負っているのにライザは普段通りに会話をしていた。傍にはレイリアとルークがいたが、何故かいつも通り話している。
「ライザ……」
「どうしたの、レイリア」
「その……大丈夫かな」
「いつも通りに話して欲しいんだけどなぁ。僕は大丈夫だよ」
「あ、ああ……」
「でも、僕にできることはあまりないから、外に出るね。ルーク、レイリア、帰ったら園長に話して、今日の用事をこなさないと」
「う、うん……でもライザは」
「大丈夫だよ。もう慣れてるから」
いつもより数段口数が多いライザの振舞いをルークとレイリアは不安そうに眺めながら、レオンの元へ行く。
「……ライザは」
「レオン様の元に行かせたらライザの心が壊れてしまう。相当無理してるから……俺たちでできることをしなきゃな」
「そうだね、ルーク」
ライザにとってレオンは身内だ。両親を喪って、立て続けに妹をも喪ったライザの心は崩れる寸前だった。ライザにとって妹の死は突然降り掛かった悲劇のようなもので、いつも妹の傍にいたのはレオンだ。
ライザは錯乱の果てにレオンを傷つけて、レオンもライザに寄りかかって、いずれ傷つけ合うだけの虚しい関係に陥る事はわかっていた。誰よりもいちばんに配慮できるのは──。
外に出たライザは呆然と晴れ渡る空を見上げ、太陽を見上げた。遊びに行けることが楽しくて、いつも晴れ渡る空の下で遊具に乗ったり山を越えたりしていたおぼろげな記憶が濁流のように迫っては消えていく。
今、レオンの顔は見たくない。レオンは話しかけようとしていたがライザはレオンを徹底的に避けていた。
ウィライルが息を引き取ったのは外に出て散歩をしていた時だったらしい。ウィライルがしきりに外に出たいと言って、レオンも最初は止めたがウィライルのお願いに根負けして外に連れ出したらしい。
家から数分後の道端で、ウィライルは急な変化を起こしたらしいがその時には遅かった。
激しい痛みと、湧き上がる怒りがレオンを何度も責め立てる。もちろんレオンには何も出来ない。そんなことは分かっているのにレオンを罵倒し、レオンを何度も叩きながら責める姿ばかりを想像する。
いつの間にか隣に人がいて、それは。
「エルウィン……」
「俺、やっぱり葬式なんて苦手で飛び出してきた」
笑っているエルウィンを見てライザは激しい痛みを訴えかけようとした。しかし、エルウィンにその姿を見せるのはライザにとって難しい。痛みと苦しみがライザを動けなくしていた。
「──泣けばいいじゃないか。俺をレオンだと思って」
「いやだ……でも、レオンが……」
「レオンには何もできない」
「分かってる! 分かってるよ、でも!」
「どうにもならないことはある。だけど、泣くことは罪じゃない」
「エルウィン……でも、でも!」
「ライザ、俺と一緒に住むか」
エルウィンの唐突な提案にライザは呆然とする。
「ライザ、レオンから離れた方がいい。今のライザに必要なのは、思い出の詰まった場所から離れて傷を癒すことだよ」
呆然としたまま立っているライザと向き合うようにエルウィンは快活に提案する。
「前も言ったけど、俺の親戚、色んなもの育てて売ってるんだ。おかげで人がいなくて大変らしい。アリアスからは出ないといけないけど、レイリアとルークも手際良さそうだし、俺と四人で暮らして」
エルウィンの提案は、魅力的だった。
そうだ、晴れ渡る空が憎らしい。優しく微笑むレオンが怨めしい。でもそれはレオンに寄りかかって生きていく事だ。レオンを苦しめないためには、エルウィンの提案がいちばん現実的だった。
「園長──爺ちゃんに何とかしてもらうように言っておく。俺は──」
エルウィンはライザの手を握って歩き出す。
「アリアスからは船で行くけど、キラキラしてるし美味しいものいっぱいあるぞ。あとはな、部屋をキラキラさせて歌も歌えるしすごい玩具とか出し物とかいっぱいあるんだよ」
未来を見つめるエルウィンを、ライザは呆然としたまま聞いていた。ただ、あれほど憎らしいと思った晴れ渡る空が今はただただ眩しく、波打った心は急に落ち着いた。
「俺がいてやるから、今日は寝たらいい」
「うん……」
エルウィンはライザを背にして歩き出す。もうすぐ帰る場所が見える。
晴れ渡る青い空の下、幼さと無邪気さを残したふたりの若者が影を背負ってゆっくり歩いていた。




