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絶望の少年 希望の光 第一部  作者: 真北理奈


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第十話:ふたりきりの思い出

 園長の話を聞いたレオンの心中は落ち着かなかった。誰も言えなかったことを真っ直ぐに伝えるエルウィンばかりをレオンは何度も思い返す。誰もライザに言えなかった。彼が、現実から目を背けていた事実を。

 だが、エルウィンはライザの弱さをしっかり指摘した。今思えばエルウィンの背後にある仄暗い過去が、ライザを見過ごせなかったのだ。

 エルウィンの真っ直ぐな瞳しか知らないレオンは世界を見る自分の目があまりにも狭いのではないかと思ったのだ。だから、ライザを失ってしまったのだろうと考えた。一度失ったものはもう二度と返ってこない。ライザの笑顔や純粋な心は自分の狭い視野で軽はずみな行動をした結果、削ぎ落としてしまったものだ。

 同じくらい、自分は親友と思っているエルウィンを失おうとしている。レオンの足は速くなる。エルウィン、行かないで欲しい。ただ、それだけの想いで彼は走り出した。


「エルウィン、何処かに行くの?」

 園から離れた中庭。日頃から丁寧に手入れをしている努力が実ったようで三人は誇らしく思った。まるで絵本の表紙のように美しい。その大地を思い切り走り回りたい衝動に駆られたが、エルウィンの制服はその中庭を走るのに相応しくない。

「俺、親戚の家に住むことになった。親戚はね、会社をやっていてね、その手伝いをして欲しいと言われたんだよ。だから、ここから出て行かなくちゃいけない」

「さみしい……」

 思わず呟いたライザの声にエルウィンは悲しく笑った。レオンにとっては大事な弟。レオンの愛情は濃くて深い。不器用ではあるが。だが、ライザもいずれ大人にならなければならない。レオン達が伏せていた事を、レオンが言えなかったことをエルウィンは言いに来たのだ。

「みんな、ライザともう一度ふたりで話してもいいかな」

 エルウィンの提案にレイリアとルークはお互いの顔を見つめ合い、そして頷いた。

「もちろんだよ」


 日が煌めく昼下がり。春の匂いが色濃くなっていく冬の村は徐々に雪解けが始まっていた。暖かい川辺には桃色の花が咲き始めている。太陽を写した黄色に桃色の花、それらを飾る新緑の道は春そのものだ。

「ライザ、レオンはね、ライザがとても大切なんだ」

「……それは、まあ」

「だけどな、それじゃあダメなんだ。それじゃあいつか傷つけ合うだけなんだ。囲うだけじゃ、成長しない」

「……エルウィン?」

 独白にも近いエルウィンの言葉にライザは顔を強ばらせた。エルウィンはレオンと違って厳しい。しかし、その厳しさはライザを尊重しようとしているからこその厳しさだ。エルウィンは振り向き、これ以上ないくらいの真剣な眼差しでライザを見つめた。

「ウィライルはもう持たない」


「……レオン兄ちゃん」

「どうした?」

 ライザの妹、ウィライルが弱々しい声でレオンを呼ぶ。この前まで活発に動いていたウィライルは今では他者の支えがなければ外に出ることもままならなかった。あらゆる薬、あらゆる治療、あらゆる医師に頼ってもウィライルの体は日に日に弱まっていく。

 レオンを呼んだだけで荒々しく息を吐くウィライルをレオンは戸惑いながら見つめていた。治せるものなら治してあげたい。しかし、最終手段は──臓器移植のみだった。医師の重たい声がレオンの心を縛る。もちろんアリアスタウンにそのような設備はない。

 行くなら海を越えた大都市に行かねばならないが、臓器移植には順番があり、ウィライルの体力ではとてもそこまで行き着くのは難しい、というのが答えだった。

 ウィライルと楽しく会話した後、レオンを呼び出して医師は現実を突きつける。両親も一緒に同伴し、その事実を知る。

 両親は怒りと悲しみを綯い交ぜにした顔で佇み、レオンはと言うと。

 何故か至って平然としていた。ウィライルを乗せた車を押せるのだ。自分はおかしいのだろうとレオンは思っている。ただ、ライザがこの事を知れば、彼は更に自分を追い詰めて遠くへ行ってしまう。ウィライルもライザのことを案じているようで何とか車に座って外に出ようとしている。動かない心に呼びかけるようにウィライルがレオンを呼んだ。

「レオン兄ちゃん」

「なんだい」

「ライザ兄ちゃん、大丈夫かなぁ」

「……お友達に恵まれているから大丈夫だよ」

「お兄ちゃん、昔からお母さんに甘えたかったから、あと数年で、自立しなきゃいけないのは」

「ウィライルは優しいね」

「お兄ちゃん、大好きだから」

 途切れ途切れの言葉がレオンを現実に引き戻していく。ウィライルはもう知っている。たった数年で自分はいなくなることも、兄弟を置いていくことも。この時、レオンは初めて胸の痛みを覚えた。それは突き刺すような鋭利で激しい痛みだった。

「レオン兄ちゃん」

「ウィライル」

「ライザ兄ちゃん、守って欲しい」

「もちろんだよ」

「ありがとう……レオン兄ちゃん、何だか、眠い」

「ウィライル……」

「少し、寝るね。家に着いたら、起こしてね」

「ああ、わかったよ」

 近くの道を引き返して、レオンは車を押す。ウィライルはやがて重心を手放し、ぐったりと椅子に座っていた。道を歩いている間、ウィライルの返答は一切なく、レオンは唇を噛み締めて家に着いた。

 玄関まで車を押すと両親がレオン──とウィライルを出迎える。

「……レオン」

「ライザ、本当にごめん。なにも出来なくてごめん。僕はライザに何も出来なかった」

 玄関で崩れ落ちたレオンは嗚咽を漏らし、胸を掻き毟る様に自身を傷つけて激しくのたうち回っていた。

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