Secret.22
理不尽だわ。
鬼だわ。
冷徹男とは神崎課長の事を指しているのよ!!
もきゅもきゅとベーグルを口いっぱいに頬張り、新鮮なオレンジジュースをストローで吸う私は、若干涙目。
......仮に断っておきますけど、これは私が課長にこっぴどく説教をされたからではないの。
ええ、誰が何と楯突こうが私は違うと言い張って見せるわ。
これはお腹が空き過ぎて滲み出た、私なりの食への渇望なのだと!!
誰がなんと言おうと私はこの意見を翻すつもりはないわ。
お説教と称してベッドに押し倒され、両手首をネクタイで縛られ、胸や脚、耳と言ったあらゆる弱い部分をねっとりと責められ、キスを私から求めるまで泣かされただなんて誰が認める者ですか!!
今もミルクのピッチャーを両手で抱え持ちながら若干肩を震わせているヒトが私の後ろにいようと、両親が微妙に気まずそうに視線を逸らしていようと、私は恥じるべき行為を朝からしてなんかないのよ!!
あったとすればちょっとしたハプニングにしか過ぎないわ。
ごきゅんっ
オレンジジュースで口の中の食べ物を飲み込んでしまえば、ようやく空腹だったお腹が落ち着いて、頭の回転が正常になってくる。
今日は天王寺の方の会社に行かなきゃならないから、ゆっくりもしてられない。
ただでさえ女と言う性別から侮られているところもあるから、遅刻なんて絶対できないし、かといって女の戦装束である化粧も手抜きは出来ないし、後継者と言う立場からは逃げることも不可能。
もし逃げ出すと言うのならばそれは天王寺の姓を捨てるということに繋がるの。
どんなに辛く険しい道が待ち構えていようと私はそれだけは出来ない。そうなるくらいならぼろぼろになって会社の下地になるほうがまだマシよ。
朝食を終えて自分の部屋に戻ると早速出社の支度にとりかかる。
はずだったんだけれどね?
うん?
どうしてアナタがそこにいらっしゃるんですか?課長サン?
「なるほど、たまに休みを取るのは【天王寺】の方へ出社するためでしたか」
腕を組み、優雅に部屋の入り口である扉に寄り掛ってらっしゃたそのお方は、真意の見えない笑みを浮かべ、溜息一つ。
な、なによ!!
その如何にも呆れたようなダメ息は!!
文句があるのならハッキリ言えばいいのに。
「あまり無理はしないで下さいねとお願いしても、素直に聞いてはくれないのでしょうね、貴女は」
やんわりとした口調で漏れた課長の呟きは、悪いけれど聞こえなかったふりをさせて貰ったわ。
無理しすぎてると言われることも多々あるけれど、どうしても今日のうちに撃って出ておきたいことだってあるのよ。
例えそれが冷酷非情と言われるようなものだったとしても。
「それで嫌われたらそれまでだけどね」
口の中でだけそっと呟いた言葉は、課長には聞こえていなかったはず。
課長の実家は天王寺を甘く見ている。
天王寺は名門資産家が相手だろうが、地元の名士が相手だろうが、不義理は許さない一族。
売られた喧嘩はきっちり買い取らせて頂くわ。
鏡の中で小鳥を嬲り殺すような猫のような笑みを浮かべた私と目があった私は、ふいっと鏡から視線を逸らし、あらかじめ用意しておいたスーツに着替えたのだった。




