第6話:長崎防衛線、火を噴く鉄の嵐
「……何だ、あの城は。私の知る長崎は、あのような化け物の巣ではなかったはずだぞ!」
長崎へと続く街道の丘の上。
龍造寺軍の先陣を率いる猛将・鍋島直茂は、眼下に広がる異形の光景に息を呑んだ。
彼の背後に控えるのは、龍造寺家が誇る精鋭三千。
小河信安の「行方不明」を不審に思った龍造寺隆信が、肥前統一の総仕上げとして送り込んできたガチの征伐軍である。
直茂の視線の先にあるのは、かつての寂れた漁村ではない。
そこには、現代の『星形要塞(五稜郭)』の理論を一部取り入れた、死角のない土塁と掘割。
そして、要所に配置された頑強な石積みの鉄砲櫓がそびえ立っていた。
少弐家が「死んだふり」の裏で、砂糖と石鹸の暴利をつぎ込んで急造した『長崎要塞』である。
「若殿、龍造寺の先陣、鍋島直茂の軍勢三千が布陣を完了いたしました……。我が方の動員兵力は、富の力で雇った傭兵を含めて八百。勝てるのですか……?」
要塞の本陣で、栄門が冷や汗を流しながら尋ねてくる。
「勝てるさ。栄門、敵の指揮官は鍋島直茂だ。あの男は戦国屈指のキレ者だからこそ、この強固な要塞を前にして、絶対に『正攻法』では来ない」
俺は望遠鏡(これも南蛮船から買い付けた)を覗きながら、不敵に笑った。
「直茂なら、要塞の正面突破を避け、夜陰に乗じて海側から、あるいは搦手(裏口)の崖を登って奇襲を仕掛けてくるはずだ。だから――」
俺は地図の一点を指差した。
「そこを、あらかじめ『絶対殺傷地帯』にしておく」
――その日の深夜。直茂の読みは、俺の予想通りだった。
闇に紛れ、龍造寺の精鋭五百が、要塞の背後にある「登れるはずのない急峻な崖」を縄を使って音もなく登攀してきた。
正面の強固な防壁を避けた、鮮やかな奇襲作戦だ。
崖を登りきり、要塞の裏口へと侵入する龍造寺兵。
勝った、と確信したであろうその瞬間、周囲に配置された松明が一斉に点火され、真昼のような明るさが辺りを照らし出した。
「なっ、伏兵か!?」
龍造寺の兵たちが動揺する。
彼らが立っているのは、遮るものが何もない、すり鉢状の広場だった。
「ようこそ、長崎へ。鍋島直茂、お前の裏をかくのを待っていたよ」
広場を見下ろす櫓の上から、俺は声を響かせた。「放てーーーっ!!」
次の瞬間、夜の闇を切り裂く凄まじい轟音が炸裂した。
バリバリバリバリバリバッ!!!広場を囲むように配置された三百挺もの鉄砲が、一斉に火を噴いたのだ。しかも、ただの銃撃ではない。
俺が指示したのは、現代の機関銃陣地のように、射線を交差させて死角を無くす『十文字砲火』。
さらに、あらかじめ火薬の量を調整し、次弾の装填速度を極限まで早めた交代制の連続射撃だ。
「ぎゃあぁああっ!?」
「盾を持て! 応戦しろ!」
「だめだ、どこを向いても撃たれる! 壁が、壁が火を噴いている!」
逃げ場のないすり鉢状の広場で、龍造寺の精鋭たちがバタバタとドミノのように倒れていく。さらに俺は、南蛮船から買い付けた秘密兵器――青銅製の小型大砲(フランキ砲)に火をつけさせた。
ズガァーーン!!!散弾(細かい鉄屑や弾丸を詰めたもの)が至近距離で炸裂し、広場は文字通りの地獄絵図と化した。
「引け! 引けぇい! 罠だ、ここは悪魔の城じゃ!」
命からがら崖の下へと逃げ出す龍造寺の兵たち。
奇襲を仕掛けたつもりが、完全に網にかかった魚のように殲滅されたのだ。
夜が明ける頃、三千の軍勢を率いていた鍋島直茂は、百戦錬磨の彼にしては珍しく、青ざめた顔で全軍に退却を命じていた。
「少弐冬尚……ただの無能大名だと思っていたが、完全に化け物だ。あの城は、力で落とせるものではない……!」
龍造寺の本格侵攻を、わずか数百の兵と圧倒的な近代戦術で完璧に退けた少弐家。
この日を境に、九州の群雄たちは、最果ての地に現れた「謎の巨大勢力」の存在を無視できなくなるのだった。




