プロローグ:少弐家の生存戦略はマイナスから始まる
人生の最期というのは、案外あっけないものだ。
深夜のコンビニ帰り、スマートフォンの画面で『戦国時代・九州の勢力推移』というマイナーな解説動画を見ていた俺は、信号無視のトラックに派手にはねられた。
骨が砕ける嫌な音と、凄まじい衝撃。
(ああ、せめてあの動画、最後まで見ておけばよかったな……)
そんな益体のない後悔を最後に、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
――それが、俺の前世の終わり。
そして、最悪な新生活の始まりだった。
「若殿! しっかりなされませ! 龍造寺の伏兵です! これ以上は持ちませぬ、お引き受けを!」
激しい怒号と、鼻を突く血の匂い。
気がつくと、俺は泥まみれの地面に座り込んでいた。
視界に映るのは、返り血を浴びた無骨な鎧武者たちと、無数に突き立てられた竹槍や飛び交う矢。
頭が割れるように痛む。
それと同時に、見知らぬ「少年の記憶」が津波のように脳内に流れ込んできた。
少弐冬尚。享年、まだ十代そこそこ。
鎌倉時代には「鎮西奉行」として九州の全武士を従えた、超名門・少弐家の嫡男。
「(少弐、冬尚……? まさか、あの少弐氏か!?)」
前世で歴史シミュレーションゲームを狂ったようにやり込み、ネットの歴史スレに張り付いていた俺は、その名前に心底戦慄した。
少弐家。
それは戦国時代において、最も「詰んでいる」大名の一つだ。
かつての栄光はどこへやら、現在は中国地方の超巨大勢力・大内家に領地を削られまくり、極めつけには、かつて家臣として引き立ててやったはずの「肥前の熊」こと龍造寺隆信に裏切られ、まさに今、滅ぼされようとしている。
史実の少弐冬尚は、このあと龍造寺に追いつめられ、勢福寺城という城で自害して少弐家を滅亡させる。
つまり、俺が転生したこの身体は、『数年以内に確実に死ぬ、確定済みの敗者』ということだ。
「若殿! 龍造寺の旗印が見えました! 奴ら、我が本陣を完全に包囲する気です!」
「……残存兵力は?」
俺の口から、自分でも驚くほど冷徹な声が出た。
涙目で俺を揺さぶる老臣――少弐家の宿老、筑紫栄門が目を見開く。
いつもはおめおめと泣き言ばかり言う弱気な若殿が、妙に落ち着いているからだ。
「は、はっ! 散り散りになり、動ける者はわずか三百ほど……。対する龍造寺は二千を超えております!」
「三百対二千か。絶望的だな」
普通に戦えば、ここで俺の戦国大名ライフは第1話で打ち切りだ。
しかし、俺の頭の中には、前世で培った「戦国時代の未来の歴史」と「現代の経済・科学知識」という、最強のチートが詰まっている。
龍造寺隆信は確かに強い。
家臣の鍋島直茂もチート級の切れ者だ。
だが、今の龍造寺はまだ肥前を完全に掌握していない。
周辺の大名たちも、龍造寺の急速な台頭を警戒しているはずだ。
さらに言えば、大内家はいずれ内部崩壊(大寧寺の変)で勝手に自滅するし、その後に台頭する大友家や毛利家も、外交のやり方次第でいくらでも利用できる。
少弐家には、武力も金もない。
だが、数百年続いた「名門の看板」だけは残っている。
この看板を最大限に利用し、現代の心理戦と外交術、そして長崎の港を使った南蛮貿易の富をつぎ込めば――この詰みゲー、ひっくり返せる。
「若殿……? お顔が、その、悪鬼のようになっておられますが……」
「栄門、全軍に告げよ。これより退却する。ただし、ただの敗走ではない」
俺は泥まみれの扇子を拾い上げ、バチンと音を立てて開いた。
「これより少弐家は、歴史上最大の『死んだふり』をする。龍造寺には今、勝たせてやる。だが、数年後に泣きを見るのは奴らだ」
名門の意地? 誇り? そんなものは犬にでも食わせろ。
生き残った奴が勝者だ。
こうして、戦国時代最弱のオワコン大名・少弐冬尚による、執念深すぎる九州サバイバルが幕を開けた。




