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叩く剣の世界で、「引いて斬れ」と教えたら戦いが変わった  作者: 翡翠


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第1話 刀工、鍛冶場ごと異世界に立つ



 火は、生きていた。


 炉の中で炭が爆ぜ、赤ではなく白に近い光を放つ。武蔵国住兼真は足でフイゴを踏み込み、風を送り込んだ。


 火が応える。


 温度が上がる。


 鋼の色が変わる。


 その変化を見て、兼真は鋼を引き出した。


 金床まで一歩。


 距離は測ってある。無駄な歩幅はない。


 鎚を振り下ろす。


 甲高い音が鍛冶場に響いた。


 もう一度。


 もう一度。


 鋼の歪みを修正しながら、兼真は無言で打ち続ける。


 今打っているのは影打。


 本歌と同じだけ叩き、同じだけ焼きを入れる。ただ一つ、わずかに余裕を残した設計。


 斬れることより、斬れ続けること。


 そのための一振りだった。


 依頼主は、黒木恒一。


 斬ることしか考えていない男。


 あれに渡すには、まだ確信が足りない。


 だから影を打つ。


 答えに届く一歩手前で止める。


 炉に戻そうとした、その時だった。


 視界が歪んだ。


 フイゴを踏む足が外れ、風が止まる。炉の光が一瞬だけ揺らいだ。


「……?」


 おかしい。


 体調ではない。熱でもない。


 空間そのものが、ずれている。


 次の瞬間、音が消えた。


 鎚の音も、炭の爆ぜる音も、すべてが切り取られたように消失する。


 光が歪む。


 床が消える。


 そして——。


 再び音が戻った時、そこは森の中だった。


 だが、鍛冶場はそのまま存在していた。


 炉は燃えている。


 金床は中央にある。


 水槽も、作業台も、すべて元の位置のまま。


 ただ、周囲だけが変わっていた。


「……場所ごとか」


 兼真は一言だけ呟いた。


 理解はしない。


 だが、受け入れる。


 刀工にとって重要なのは、場所ではなく炉だ。


 その時だった。


 入口側——森へ開けた側の茂みが激しく揺れた。


 次の瞬間、女が転がり込む。


 鎧姿。血と泥に塗れ、手には折れたサーベル。


「逃げろ!」


 叫びながら振り向く。


 直後、魔物が姿を現した。


 兼真は動かない。


 ただ一歩、金床の位置を基準に立ち位置を調整する。


 女が構える。


 折れた剣では足りない。


 見れば分かる。


 兼真は作業台の脇、刀架へ手を伸ばした。


 影打を一本、掴む。


 そのまま女へ差し出した。


「使え」


「何だそれは!」


「刀だ」


 魔物が踏み込む。


 女が迷う。


 兼真は言う。


「その剣では死ぬ」


 一瞬。


 女はサーベルを捨てた。


 刀を取る。


 構えようとして——片手で握る。


「両手で柄を握れ」


「今は——」


「叩くな」


 兼真は炉を背に、動かずに言う。


「引いて斬れ」


 魔物が飛び込んできた。


 女は反射で振りかける。


 だが、その瞬間、動きが変わる。


 叩かない。


 引いた。


 刃が通る。


 抵抗が、ない。


 魔物がすれ違い、二歩進み——崩れた。


「……は?」


 女が固まる。


 兼真は一歩も動かない。


 ただ、金床の前で結果を見ている。


「だから叩くなと言った」


 女が振り向く。


「何だ、この剣は」


「刀だ」


「ふざけるな!」


「影打だ」


 女の眉が動く。


「……影?」


「本歌の前に打った」


 兼真は炉を一瞥する。


 火はまだ生きている。


「同じだけ叩いている。だが、これはまだ答えじゃない」


 女は刀を見る。


 そして、握り直す。


 その構えが、さっきよりも自然だった。


「名は」


 女が問う。


 兼真は短く答える。


「武蔵国住兼真」


「……カネザネ」


「好きに呼べ」


 森の奥で、また音がする。


 複数だ。


 女が構える。


 今度は最初から両手だった。


 兼真はその背を見ながら言う。


「余裕を残してある」


「余裕?」


「斬れなくなる余地だ」


 女は一瞬だけ笑った。


「十分だ」


 魔物が再び現れる。


 女騎士は、今度は迷わず刀を振った。


 兼真は金床の前で、その動きを見ていた。


 刀が使い手を選ぶのではない。


 使い手が、刀を決める。


 この影打が、どこまで答えに近づくか。


 それを確かめる時間が、始まった。

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