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#103

「まあ、ひとまずは蒸気機関車に必要なものだよな」


 現状で完成しているのは外燃機関エンジンとなる蒸気機関だけ。心臓部であると言うのは事実である一方で、これだけでどうにかなるというものでもない。

 車輪や台枠(足回り)については現在使用している馬車鉄道の車両から一部転用できたりするが、それでも完全に一緒とは言えない。


「まあ、最低限必須になってくるものといえば、逆転機とか加減弁とかだよな」


 他にも注水したり投炭したりする設備も必須だし、圧力計や水面計などの計器類も必要になってくるが、これらについてはあとからいくらでも追加できる。

 その一方で、逆転機や加減弁などは蒸気機関車の構造そのものに関わってくる。


「ギャクテンキ? カゲンベン?」


「ああ、悪い。名前で言ってもわからないよな」


 首を傾げるマーシャに、浩一はそう言って、簡単にどういうものかと、思い出せる範囲での構造を伝える。


 逆転機は、自動車で言うところのクラッチ機構である――と言っても、そもそも自動車が無いヴィンヘルム王国ではこの説明は機能しないし、なんならAT(オートマチック)車の割合が増えている現代日本においても通じるか怪しいところである。AT車にも機構自体は搭載されてるけども。


「そうだな。機構の説明をするなら、蒸気機関の出力をどのくらい、そしてどちら向きに動輪に伝えるのか、ってことを制御するものだ」


 蒸気機関車では逆転機を使って前進と後進、あるいは中立を切り替えたり。もしくは逆転機の程度と加減弁の開度とで出力を調整したりする。


「加減弁はあえて名前を補足するなら蒸気加減弁。もうなんとなくなにをするのかが察したかもしれないが」


「蒸気機関への蒸気の流入量を調節するんだね!」


「そのとおり」


 逆転機と併せて自動車で喩えておくならばアクセルに近しいものと捉えていいだろう。


「うーん、逆転機? の方はちょっと仕組みが難しそうだけど。加減弁の方ならまだ比較的すぐにできるかも」


「逆転機も、蒸気機関のときに使った返りクランクと偏心棒を利用しながらに作れたはずだ。記憶が曖昧なのはすまないが」


 なんせ、当時はなんとなくでしか機構を見ていなかったので正確には把握できていないところが強い。だが、その当時の記憶と現在の制作過程の実物を見ていると、なんとなく理解できるものがある。


「あっ、そっか。返りクランクと偏心棒の位置関係で回転方向の操作ができるのか。なら、これの位置関係を操作できるような仕組みを作ることができれば……!」


 無論、マーシャはそれ以上に蒸気機関の機構に触れている。様々な試行錯誤の過程から、どうやら糸口は既に掴んでいたようだった。

 マーシャだけでなく他の技術者のひとたちも同じくいろいろと思案し始めてくれている。

 ちなみに、アイリスは途中から脱落している。


 彼女たちに任せきりになっている側面はありはするが。ひとまず、任せてしまってもいいだろう。


 逆転機と加減弁はこれでいいとして。

 あと、必要なものといえば。クラッチ、アクセルとくれば。


「ああ、それから。自弁と単弁もいるな」


 自弁と単弁。自動ブレーキ弁と、単独ブレーキ弁。

 名前のとおり、ブレーキである。略称の方には入っていないが。


 浩一のその言葉に、ぴょこんとマーシャはその頭を持ち上げる。


「ブレーキに種類があるの?」


「ああ。自弁は全ての車両に同時にかかるブレーキで、単弁は逆に蒸気機関車のみにかかるブレーキだ」


 それぞれ、ブレーキのかかり方や強さ、即応性などが変わってくる。

 自弁と単弁についても、覚えている範囲で内容を彼女に伝える。

 できそうか? と尋ねると。彼女は「たぶん!」と、元気よく答えてくれる。内容と発言の勢いが比例していないのがマーシャらしいが。


「まあ、馬車鉄道のブレーキとは出力とかの違いもあってそのままってわけにはいかないだろうけど。逆転機や加減弁(ほかのやつ)に比べたら作ったことがあるだけやりやすいかな?」


 当然ながら、現在運行している馬車鉄道にもブレーキは搭載されている。

 だが、多くても数頭立ての馬車鉄道と蒸気機関とでは出力が変わってくるし、それに伴って要求されるブレーキも変わってくる。


「あと、それから。ブレーキについて、ひとつ追加してほしい機構があるんだが」


 これまでのブレーキとは、ある意味で真逆となる機構。

 しかし、蒸気機関車という馬力が高く重量のある、考えようによっては危険物を扱うからには必要になるであろうもの。


「自弁と単弁は、加圧していない状態でブレーキ圧がかかるようにして欲しい」


「…………?」


 言葉だけを聞かされたマーシャが、というか。アイリスなども含めたほぼ全員が首を傾げる。

 まあ、文章だけを拾ってきてもかなり意味不明なことを言っている自覚はある。


「馬車鉄道の初期の頃、事故が起きかけてたのを覚えてるか?」


「ああ、なんかそんな話もあったよう、な?」


 マーシャがううむと頭をひねって考えてみるが、結局思い出せなかったようで「アイリちゃんは覚えてる?」とアイリスに振る。


「ええ。馬も馭者も慣れていなかったということもあって、暴走しかかったことがありましたわ。たしかそのときはブレーキを使ったけれど――」


「そのブレーキが壊れてしまって、一時が大事になりかけた」


 幸い、まだ使い始めであったということもあってそれほどたくさんの物も積んでおらず、近くにいた人たちで止めることができたが。これが蒸気機関車ともなってくると、そんな止め方ができるような代物ではなくなってくる。


「もちろん、運行上は安全を最優先にする。だが、それでもトラブルが起きる可能性はある。そんなときに、運悪くブレーキが壊れました、ではお話にならないんだ」


 得てして、不運は積み重なる。

 だからこそ、万全を尽くす必要がある。


「加圧してない状態で、ブレーキ圧がかかる。……つまり、ブレーキが壊れたときに勝手にブレーキがかかるってこと?」


 空気圧なり油圧なり考えようはあるが。単純な機構を考えるなら圧をかけたときにその圧がブレーキにかかる、という機構が基本的なものだ。

 だが、浩一が要求しているのはその真逆。圧をかけないときにブレーキ圧がかかり、圧をかけていくにつれブレーキ圧が弱まっていく、というもの。


「よくわかったな。もちろん、ブレーキ本体の、止めるギミックのほうが壊れてしまっていたときにはどうしようもなくなるが、それでも可能な限りは対策できるようにしておくべきだ」


 フェイルセーフとも呼ばれる、物は壊れるものという前提のもとに、壊れたときに安全側に作用するように、という機構の考え方である。


「悪いな。俺も思い出せる範囲については協力するから」


 どうしても機構云々の細かなところや、そもそもの作製についてはあまり力にはなれないが。それでも、おぼろげではありつつも最低限の知識はある。


「……ものすごく、ややこしそうだけど。頑張ってみる」


 ギュッと、マーシャは拳を握りしめながらにそう言った。


 それから、計器類などの付属して必要になるであろうパーツや、細々とした必要な部品についての話をしたり。それらに関する浩一の覚えている限りの情報を提供して。


「これで全部?」


「とりあえず今のところ必要かな、と思えるようなものは出せたかな」


 思ったよりも時間はかかってしまったものの、とりあえずこれでここからの方針を立てることはできそうではあった。

 ちなみに、アイリスは途中からうつらうつらと船を漕ぎ出して。少し前に机に突っ伏している。

 まあ、浩一に付き合っている都合、彼女もかなり疲れているので致し方ないだろう。


「まあ、オプションとして欲しいものならなくはないが」


「なになに? どんなの?」


 思い切りにマーシャが食いついてくる。


「正直、これに関しては再現性があるかがわかんないし。俺自身も仕組みを把握できているわけじゃないんだが」


 とはいえ、これがあったら蒸気機関車ではもちろん、それ以外においても、とてつもなく便利なものではある。

 なんなら、ヴィンヘルム王国における一種の革命ともなり得る。


「まあ、作業の片手間にでも、無理のない範囲でやってみてくれ」


 そう言いながら、浩一が知りうる範囲での仕組みをマーシャに伝える。

 それを聞いた彼女の反応は。


「わあ、すっごく面白そう!」


 たぶん、片手間では済まなさそうだ。

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