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#101

「んー、いい朝!」


 ぐーっ、と。両の腕を頭上で組み、背中を伸ばす風花。

 まさしく快晴。ほどよく爽やかな風が吹き込んでおり、気持ちのいい陽気を感じることもできる。


「よく寝れたか?」


「ええ、どこかの誰かさんが気を使ってくれたおかげでね」


 浩一の問いかけに、風花がそう答える。

 お互い、わかっていて言って、聞いているので。少しばかり吹き出して笑ってしまう。


「ま、ありがとね。ほんとに」


「短い付き合いじゃないんだ。困ったときはお互い様だろ?」


 浩一はそう言うと「それに」と言って続ける。


「今回のキャンプ、風花だけあんまり遊べてない気がしてたからな」


「……そうね」


 もちろん、キャンプにおいて遊ぶことだけが楽しみというわけではない。設営や料理などの準備段階も含めで楽しんだりするようなものではある。

 だからといって、昨日の水鉄砲以外で風花だけ遊べていない、というのはやはり不公平であろう。

 あれは半ば浩一が巻き込んだものではあるし。


「どうせ今日の昼過ぎには帰るんだ。節度を守って、やりたいようにやっていいと思うぞ」


 浩一もそうだが、風花だって、立場でいうと大学生なのである。まあ、現在はその大学に通えていないので、これが正しくそうかと言われると少し難しいが。

 だが、身分や年齢でいうと、大学生なのは間違いない。

 役割と責任を持っていたがゆえに我慢をしていた側面こそあれど、本来ならばその本質は遊びたい盛りである。


「ふふっ、それじゃあ。ほんとにやりたいようにやらせてもらおうかしらね」






 ぱしゃぱしゃ、と。涼し気な水の音がする。


「きゃっ、やったわねアイリスちゃん!」


「ふふふ、フーカ様! 私にかけれるものならかけてみてくださいま――ひゃあっ!」


「あらあら、アイリス様。フーカさんに気を取られていてこちらへの警戒がお留守ですよ?」


「やりましたわね、フィーリア様……ー」


 川の浅瀬に踏み入れ、水を掛け合う風花たち。


 もちろん、水着については持ってはいない。けれど、どのみちあとは帰るだけなのだ。

 今着ている服が濡れたとしても、まだ替えがある。なら、最後くらい好きに遊ぼう。と。


 手で水を掛け合ったり、せっかくなので昨日の水鉄砲を使ったり。

 水着ではないので泳いだりはできないけれど。各々、ズボンの裾やスカートを折ったりして、川に入って遊んでいた。


「いちおう、足元には気をつけろよ。藻類がついて滑りやすくなってる石とかもあるしな」


「わかってるわよ。……って、きゃあっ!」


 浩一が注意をしたばかりのタイミングで、風花がズルッと足を滑らせる。

 すぐそばにいたということもあって、浩一が慌てて腕を伸ばして彼女の身体を引き寄せ、抱き止める。


「っと、こういう感じになりやすいからな」


 良くも悪くも、目の前での実演があったから、他の全員は浩一のその言葉に聞き分けよく首肯する。

 みんな、素直な人たちである。


 そうしてそれぞれ再び遊び始めたのを確認してから、浩一は抱き寄せている風花に向けて口を開く。


「全く、言ったそばから転びそうになるやつがあるか」


「ご、ごめんなさい」


 少しばかり肩を落としてみせる風花に、小さく息をつきながら、


「まあ、気持ちはわかるけどな。俺だってこういうのは久々ではしゃぎ気味だし」


 だから、そんなに気を落とすこともない、と。凹んでいる彼女に、そう声をかける。


「……ちなみに、いつまでそうしているつもりかしら?」


「うん? ああ、悪い。暑かったか」


 風花に指摘されて、浩一は彼女がしっかりと立てていることを確認してから、腕を離す。

 改めて怪我がないことを確認しつつ、ヨシ、と。指差喚呼を行う。


「やっぱり暑かったか。顔も赤いし」


「あなたねえ。……ほんと、私だったからよかったけど。他の人にこういうことをするんじゃないわよ?」


「ああ、あんまりくっついてたら暑かったろうからな」


「そうじゃないわよ。この朴念仁め」


 呆れた風花の物言いに、浩一が首を傾げる。

 浩一当人としては本当にただ助けただけのつもりだから、たちが悪い。


 実際には、助けた上で抱き寄せて。注目されないように周りが捌けてからちゃんと諌めて。それで落ち込んだ所をケアする、という。なかなかなことをしてくれている。

 お姉ちゃんじゃなかったら惚れてるところだよ? と。冗談混じりのことを心の中に留めておく。


「あなた、いつか刺されないように気をつけなさいね? 冗談でもなんでもなく」


「その忠告よくされるけど、そんな恨まれることしてるのかな、俺」


「恨まれなくても刺されることがあるってことよ」


 やれやれ、と。風花は小さく首を振りながら歩く。

 そうして、二、三歩進んだところで、彼女はくるりと振り返って。


「ほら、湿気た話はこのあたりで。時間は有限なんだし、遊びましょ?」


 そう言って、風花が手を差し出してくる。


「ああ、そうだな」


 浩一はそう言って、その手を取る。


 浩一たちの目標には、まだまだ遠い。その道だって、決して優しいものではない。

 けれど、きっとたどり着ける。道に迷ったときには、導いてくれる人がいるから。


 だからきっと、どれだけ難しい道でも。






「ふう、さすがに疲れましたわね……」


 満足そうに腰を下ろすアイリス。そんな彼女を横目に見ながら、浩一や風花はテントなどの後片付けを進めていく。


 風花の抱えていた悩みや互いのすれ違いが解消したということもあってか、今度はこうして仕事をしていても特に咎められることもなかった。

 なんだかんだと言われているが、やはりこうして作業をしている方が落ち着くところはあるな、と。浩一はそんなことを考える。

 まあ、実際にそれを言うと、またいろいろと言われてしまうのは目に見えているので、心の中に留めておくが。


「まあ、随分とリフレッシュしたし。帰ったらさっそく仕事をするかな!」


 今ならやる気に満ち溢れているし、いつも以上に頑張れる気がする。

 そんな意気を込めながらに浩一がテントを畳んでいると。


「なに言ってるのよ。浩一はまだ夏休み継続よ?」


「……はい?」


「いや、困惑されても困るんだけど。だって、ここに来る前にも数日休んでいたとはいえ、合計で十日も休んでないでしょ? なんなら、途中でここの場所を借りるための連絡調整で動いていたし」


「いや、でも」


「安心なさい。あなたと一緒にアイリスちゃんにも休んでもらうから」


 それ、全くもって解決になっていない気がするんですが。


「まあ、大丈夫よ。仕事云々は別途してアイリスちゃんの休みを巻き込んでしまうってことを気にしてるのなら、それはいらないお世話だから」


「……そう、なのか?」


「ええ。結局のところ、相手がどう思ってるかなんて、他人である私たちにはわからないことなんだから。やれることとするならば、ちゃんと話して、そのうえでその言葉を信じるかどうかしかできないのよ」


 たしかに、浩一がアイリスに「楽しいのか?」と尋ねたときには、彼女はそれに肯定をしていたし。嘘をついているようには思えなかった。

 つまるところは、そうなのだろう。


「まあ、私もそのことを、今回教えられた立場だから、強くは言えないんだけどね」


 小さく苦笑いを浮かべながらに、風花はそう言う。


「ともかく、難しいことは考えないで休むこと。いーい? あなたが休まないと、他の人たちも休めないんだから」


「わかったわかった。それじゃあ、ありがたく休ませてもらうから」


「それでよし」


 ふふん、と鼻を鳴らしながら彼女はそう言うと。片付けた荷物を各自で分担して持ち運べるように仕分けて纏める。


 全く、頼りになる幼馴染(あね)だことだ。

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