表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/103

#100

「浩一に。新たに待ってくれる人が、できたでしょう?」


「…………」


 浩一がヴィンヘルム王国にやってきて、短くない時間が過ぎた。

 アイリス、マーシャ、アレキサンダー。フィーリアやルイス、レオ。

 たくさんの人との関わりを結んできた浩一にとっては、こちらでの繋がりが、無視できない存在となっていた。

 まあ、これに関しては風花にとっても、ではあるが。

 だが、良くも悪くも深い関係が少なかった浩一にとっては、風花に比較して、その比重が大きくなってしまっている。


 かつて、風花はアイリスに向けて放った言葉がある。

 浩一の帰るべき場所は自分である、と。

 それは、アイリスが言った言葉がきっかけで、それに対抗するために口をついて出てきた言葉だった。

 無論、そう思っているというのは事実だったし。同時に、浩一に知り合ってそんなに時間もたっていないくせになにを言うのか、というような感情もあった。


 アイリスのことだ。最初の言葉自体は、風花の予測からは大きくは外れていなかったかもしれない。もちろん、アイリスの性格を鑑みるならば、素直な感情から彼女はそう言っていただろうが。

 実際、あの時点での浩一との関係の深さや、彼を思う感情であれば、風花の方が大きかっただろう。伊達に長年幼馴染兼姉をしてはいない。


 だが、現在のアイリスは。浩一の帰る場所足り得るように、と。手探りながらに、努力をしている。

 まだ名前も形もあやふやなその感情を必死に、大切に育みながら、浩一のことを想い、努力をしている。


 浩一の帰ってくる場所となれるように。


 そう、浩一にとって彼らとの関係性が深くなっている、というのは。その逆も然り。

 アイリスたちにとっても、浩一という人物の存在が大きなものになっているのだ。


 特に、アイリスやフィーリアは、その際たる例である。ある意味では、アレキサンダーも同様だろうか。


 そして、風花もアイリスたちと深く関わっている。関わってしまっている。

 だからこそ、彼女たちの感情を知ってしまっているからこそ。それを、無視したくはない。


 ある意味では、浩一を日本に連れ帰ろうとしているのは、風花のエゴである。

 もちろん、キチンと考えた末の感情ではあるものの、風花の感情に依る意見なのだ。


 だからこそ、悩んでしまう。

 今のアイリスから。アイリスたちから、浩一という存在を取り上げていいものか、と。


 まあ、このことを、浩一に伝えることはできないけれど。

 だって、これを伝えてしまうことは、すなわち、アイリスが大切に育んでいる感情を、風花が無許可で伝えてしまうことになるから。


 浩一を連れて帰るべきという感情も、浩一とアイリスたちを引き裂くべきでないという感情も、真に風花の感情だった。


 そんな、板挟みの中で揺れ動いていた風花に対して。


「あだあっ!?」


 コツン、と。星空を見上げていた風花の頭を、浩一が軽く手の甲で小突く。


「そんな力入れてないだろ」


「だとしてもよ。急になにをするのよ」


「んー、まあ。なんていうか」


 浩一は少しばかり、言葉を選んで考えてみる。……が、よくよく考えてみると、


「変なことで、悩んでるなあって」


「考えてたのなら、もう少し言葉を選びなさいよ!?」


「いや、だって。風花相手だし」


 もちろんアイリスやフィーリアのことを気心の置けない相手だとか、そういうふうに思っているわけではないのだが。それはそれとして、やはり立場というものは存在として大きい。

 そういう意味合いでは、良くも悪くも家族のように付き合ってきた風花という存在は、現在の浩一にとって最も身近な相手なのである。


「そもそも、別に俺自身帰ろうと思ってないわけじゃないしな。風花の存在を抜きにしたって」


「……えっ?」


 風花が驚いたような表情で浩一の方を向く。

 これでここまで驚かれるとは、いったい風花は浩一のことをどのように思っていたのやら。


「まあ、そう思うようになったきっかけ自体は風花だったが」


 浩一のことを待っている人がいる。心配してくれる人がいる。そのことを思い出させてくれたのは、間違いなく風花であった。


「だが、風花のいうとおり。アイリたちのことが無視できない存在になってる、というのも事実だ」


 正直なところ、今の浩一にとってヴィンヘルム王国という場所の比重が大きくなってしまっているということは否定しない。

 とはいえ。いや、だからこそ。筋は、通しておくべきだと、そう感じた。


「それに。風花はいろいろと勘違いしているところがあるけど。俺は、思われてる以上に強欲だからな」


「……寝言は寝てから言ったほうがいいわよ」


「冗談じゃないって」


 とはいえ、事実として普段はそれほど欲を発露しないというのも事実ではある。

 だが、欲しいと思ったもの。必要だと思ったものに対しては、話は別である。


 そして、浩一は。風花に向けて、自身の目論見を話す。

 その話の、壮大さに。欲の、大きさに。

 初めて見る、浩一のその表情に。風花は思わず、目を丸める。


「そんなこと、できるの?」


「可能性は、ゼロじゃないと思う。そして、俺は両方ともを大切にしたいと、そう思った」


 だからこそ、取るなら、全部だ。


「呆れるほどに、無謀な話ね」


「でも。それができたなら、最高だろ? なら、それを目指したい」


「…………その道中、道に迷うかもしれないわよ」


 彼の言うことは、正しい。そして、それが実現したならば、風花の悩みも、全て吹き飛ぶ。

 だが、実現したならば、の話だ。


 正直なところ、その難易度は鉄道を敷設するということに匹敵するか、あるいはそれすらも凌ぐ難易度だろう。


 だが、しかし。浩一はそんなこと、全く持って気にも留めていないような様子で。当然かのごとく、言い放つ。


「そのときは、風花が導いてくれるだろ」


 行きたい場所に、連れて行ってあげる。


 かつて、部屋に閉じこもっていた浩一を連れ出すために、風花が言い放った言葉である。


 相変わらず、この男は。


 本当に、ここまで悩んてきた自分が馬鹿らしく思えてきてしまう。


「わかったわよ。ここまで来たら、あなたと一緒にどこまででも行ってあげるわ」


 半ば諦めたかのような口調で。しかし、その表情はスッキリとしたような、笑顔で。


「迷子の弟を導いてあげるのが、姉としての役割だからね」






「そういえば。そうだとすると、なんでこんなに急いでるの?」


 ふと、風花がそう尋ねる。


「まあ、少なくともおじさんとおばさんが心配してるだろうから、早くにしてやりたいって気持ちはないでもないけど」


 しかし、先程彼の語った目標を鑑みるならば、それだけのためであれば、急ぐ必要はないように思える。

 もちろん、万が一を考えるならば、そうするほうがいいというのは、そうなのだろうが。


 考える風花の傍らで、浩一はどこかやりにくそうに苦笑いを浮かべる。


「ほら、俺、箒で空を飛べないからさ」


「……ああ、なるほどね」


 今だって、アイリスやフィーリアに乗せてもらっているのだ。

 それならば、たしかに必要だろう。


 いつかの、ために。


「なら、頑張って作っていかないとね。日本に帰る前に」


「元々の目的を考えたら、どんな私的な流用だよって気もするけど」


「いいんじゃない? それくらい。実益にも合ってるし、なにより、まごうことなき立役者なんだし」


「まだ完成すらしてないけどな」


 とはいえ、少しずつではあるが、目処が立ってきている。

 みんなの、協力があって、ではあるが。それでも、着実に。


「なら、私も気を張っていかないとね」


「無理はするなよ?」


「大丈夫よ。どこかのお節介な誰かさんのおかげで、悩みならすっかり晴れちゃったから」


 ふふっ、と。風花はそう小さく笑うと。


 おやすみといいながら、テントに戻っていった。


「……俺も、そろそろ寝るかな」


 風花に言った手前、というわけではないが。浩一自身無理をして倒れるわけにはいかない。


 星空が少しばかり惜しい気もするけれど。また、やってこれるはずだから、と。


「おやすみ」


 浩一も、自身のテントに戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ