70、食料泥棒の正体
食料の減りが早い、それは1日で目的地へたどり着くという事が確定しているのなら些細な出来事かもしれない。
だが何時着くのか分からない大勢での船旅と言うなら話は別だ。
それでいずれ食料が尽きたら混乱を招くかもしれない、まだ船員同士の噂話程度の今のうちに問題を片付けようとカリアやシュウはメリル、ディーと共に行動を開始する。
大型船には大勢の避難してきたロウガ王国の民も乗船しており時折彼らとすれ違っていく、彼らはまだ食料問題については気付いていない様子。
それなら好都合、問題を知らなければパニックとなる心配は無いはずだ。
船内を走ると何か異常でもあったのかと思われる可能性があるので一行は自然な形で歩き移動している。そのまま目指す目的は食料庫のあるキッチンだ。
「うーん、良いキッチン使ってるなぁ~!」
食堂を通り、その先にあるキッチンへと入るとシェフ達が忙しそうに働いている。これから夕食の仕込みなのだろう。
同じ料理人であるメリルはその血が騒ぎウズウズしてる様子だ、立派なキッチンを目にすればそうなってしまうのかもしれない。
カリアとシュウは立派な厨房で言えばヴァント王国のを見ているが此処はそれにも負けてはいない、流石大型船の厨房と言うべきか。
「食料庫はこのキッチンにあるけど、あの通りシェフ達が居るね。いくら忙しくても盗み食いとかしたら流石にバレそうに思えるけど」
キッチンに数人のシェフが常に作業しているのを見ればシュウはその目を掻い潜り盗み食いを働くというのは普通の人間には無理に思えると考える。
ならばシェフ達がいなくなったタイミングしか盗み食いのチャンスは無い。
彼らとて1日中常に働くなど無尽蔵に動くクレイの操る石人形やスケルトンでもなければ不可能だ。シェフが休んだタイミングで動き出す、そんな狙ったタイミングはネズミ等の可能性は低い。人によるものだと考えるのが自然だろう。
「ならば彼らが休む時に、此処で我々で張り込むか」
「でもキッチンに私達が隠れられるスペースあるかなぁ?」
カリアはシェフ達が休んでいる隙をついて盗み食いしてくるなら此処で自分達が見張ると提案するがメリルは辺りを見回し、自分達が隠れられる程のスペースはあるのか疑問だった。シュウやディーのように身体の小さい者ならともかくカリアのような長身で大人の女性では隠れるには厳しいように思える。
「だったら見えなくすればいいだけだよ、ステルス」
シュウは魔法を発動させる。それは他の者達から自分達の姿を見えなくする魔法だ。
当たり前のように使っているがこれも習得は簡単ではない魔法であり、魔王で絶大な魔力を誇るシュウには造作もない物、ただそれだけの事だった。
試しにメリルは再びキッチンへ向かいシェフへわーっと手を振るもシェフは全くそれに気づく様子は無い。
忙しいシェフではそちらへ意識を向ける余裕が無いだけかもしれないと一応他の通りすがりのロウガ王国の住民にも同じ事をしてみれば全く気付いていない。
ステルスによって本当に自分達が他の者から姿が見えなくなった事がこれで証明される。
「では今のうちに食料庫を確認しておこうか」
カリアは姿が見えない今、堂々とキッチンで食料庫を探し始める。シェフ達はやはり気付いていない。
食料庫を見つけると、そこには豊富な食料が入っており長い船旅には欠かせない貴重な食料だ。これを食い荒らす輩をなんとしても突き止めなければならない。
カリアは改めて気を引き締める、一体何者がそうしているのか。
時間が経過し、夜も更けてきた。夕食を食べた後にカリア、シュウ、メリル、ディーで改めて集まりシュウはステルスを皆へと施して姿を再び見えなくする。
魔法によって姿を消した後は一直線にキッチンを目指し駆ける。夜なので人とすれ違わない、最も会ったとしてもステルスによって消えている状態なので気付きはしないだろうが。
「ガウー」
「こら、ディー…いい子だから静かにねー」
姿が消えても声までは消せない、ディーが声を上げるとそれを注意するようにメリルが右手人差し指を立てた状態で自分の口に当て静かにするようにとジェスチャーで伝える。
キッチンへと再びやってくると先程忙しく動いていたシェフの姿はなく明かりも消えている、この時間なので休んでいるのだろう。
そして食い荒らす者が居るならば当然その休んでいる間の隙を狙うはずだ、それぐらいしか食料庫を狙い食べる暇は無い。
現れるまで一行は姿を消したまま食料庫近くで息を潜めて待つ。
一気に食料を持ち出したら流石に気付いて騒ぎになる、それを考え犯人は気づかれない程度に食料庫から食べ物を食べている。当面の間食料庫に来なくても飢えをしのげる程には持っていないはず、ならば再び食べ物を求め同じような手段をとってくる可能性はある。
その推測が的中したかの如く犯人は姿を見せた。
暗闇でよく見えないが怪しい人影は確認出来る、少なくとも子供という事は無い。人影は大人ぐらいあるからだ。
そして人影は食料庫の扉を開けて果実を一つ取って食べた。これで決定的瞬間も見れた、この人物で確定したも同然。
「そこまでだ」
「うあ!?」
カリアは人影の背後へ素早く忍び寄ると腕を掴み捻りあげ、ねじ伏せた。その瞬間人影からなさけない声がした。組んだ瞬間カリアはこの人物に武術の経験が無い素人だと分かった、ロウガ王国の市民だろうか。
見ればその人物は一般の市民にしては身なりのいい服を着ている。金髪でショートボブ、声からして男性だ。身長は170ぐらいで体格は細い。
「捕まえました!食料庫食い荒らし泥棒!」
ステルスの魔法をシュウは解いており犯人から見てもメリルが自分へとビシッと得意げに指を指している姿がよく見えていた。
「ぼ、僕は泥棒なんかじゃない!ただちょっとお腹すいたからそこの食料庫から食べ物をこっそりもらってただけで…」
「泥棒だな」
「とりあえず突き出そうか」
「ひいい!?」
犯人の男はカリアに首根っこを掴まれ引きずられ、彼らはライザンへと報告に向かう事にした。貴重な食料を盗み食いしたコソ泥が居たと。
「で、この人が食料庫を漁っていたんだ」
男をライザンやミーヤにセティアといった王族の居る部屋まで連行した一行は事情を説明する、最近食料の減りが早いと船乗り達の話で張り込んでいたら食料庫を漁る男が居てカリアがねじ伏せ捕まえた事を。
「食料を漁っていた事はともかく……何故貴殿が此処にいるのだ?」
「……」
ライザンは食料が荒らされた事についてはたいして咎めず、それよりもその男の方が気になるみたいだ。何やらライザンは男の事を知っているように思える。
「ええ、貴方は本来グラン大陸の方に居るはずですわ」
それはミーヤも同じであり言葉を聞けば男はグラン大陸に住んでいる者らしい、それが何故かギーガ大陸から出航した船にこっそり乗っている。
「あ、あのー。この食料食い荒らし泥棒を知っているんですか?」
そこにメリルが男を指差して王族の3人へと尋ねる。
「ええ、同じ王族ですもの」
「はあ。王族……ええ!?王族ぅ!?この泥棒が!?」
セティアがやんわりと男の事を王族だと言えば反応が遅れてメリルは盛大に驚く。
「メリル、他の人に聞こえるかもしれないから…」
「え?あ、失礼しました…」
王族で泥棒、こういうキーワードを知らない第三者が聞けば混乱が生じるかもしれない。シュウはそれを注意すればメリルは申し訳無さそうに黙った。
「僕は……グラン大陸にあるエミール王国の王子、ファイス。その…貴重な食料を勝手に食べてすみませんでした…!」
おどおどした様子でファイスと名乗る男。泥棒の招待が王族であり王子だとは誰も思わなくて予想外だった事だろう、だが食料を勝手に食べて正直に頭を下げて謝る辺り彼は少なくともベーザのような腐った王族ではない。カリアは彼の姿を見てそう思えた。
「それはいい、大騒ぎする程に減っていなかったようだしな。それよりもファイス王子、貴殿がこのギーガ大陸から出航された船に居るという事はその大陸に居た…エミール王国からそのような訪問が予定されている事は聞いていないのだが」
ライザンは何故ファイスがギーガ大陸に居たのか、それも彼は王子の身分でありながら護衛の一つも付けず単独で来ているように見える。
それか元々護衛は居たが途中ではぐれたか彼が護衛を振り切って単独行動しているのか、その可能性もあるが。
「そ、それは…その……」
真っ直ぐライザンに尋ねられ何か言葉にしようとしているがファイスは言い出しきれない様子。
カリアもシュウ。メリルだけでなくディーもじぃっとファイスを見ており一国の王子を皆で囲んで見ている状態だった。
無いかもしれないが彼が逃げ出すかもしれない可能性があった、そうはさせんとカリアは扉の前に立っており逃げ道は塞ぐ。
「あの国には僕の居場所が無いと思って……だから、逃げ出したんだ…」
まずは此処まで見ていただきありがとうございます。
こういうキャラまだ出してなかったなと思い気弱な男キャラを出してみました。
このキャラがどういう感じになるのか…それは作者にも分かりません。
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