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後編

前編でかいたお話の別視点です。

 太陽がさんさんと降り注ぐ、気持ちのいい午後だった。

 家から程近い、緑が豊かな公園を散歩していると、彼女の前を一人の少女が横切っていった。

 いつもなら気にも止めないが、孫娘が通う高校の制服を着ていたので、何となく目で追ってしまう。

 と、その少女は突然、バランスを崩したようによろめいた。

 転ぶことは免れたようだったが、異変が起きていた。

 少女の足元を中心に、花を模した白い紋様が浮かび上がる。

 茎を、葉を伸ばすように広がったそれは、やがて正円を作ると光を帯始めた。

 反射的に彼女は、少女に向かって手を伸ばしていた。たぶん、孫娘と重ねてしまったのだ。

 そのまま正円ーー魔法陣の中に踏み込み、まばゆい光に包まれた。


 落下とも、上昇ともとれる奇妙な感覚に包まれていると、彼女の目の前に虹色に揺らめく長い髪の女が現れた。

 瞳の色は赤かと思えば、瞬きのあとには紫色に変貌を遂げている。

 明らかに人間ではない女に、彼女は驚かなかった。


『名のある神の末裔かと存じ上げます』


 人外の女は、彼女に対し深々と頭を下げた。

 何事かと思っていると、どうやらこの人外の女はとある世界の女神で、先程の少女はこの女神の愛し子らしい。


「ああ。あの町は、いろんなものがよく紛れ込むから」

 特に不思議なことではないと、彼女は答える。


 あの少女にも人の親はいるだろうが、もとの世界に戻ったのなら、それもまた運命だろう。

 助ける必要もなかったのかと考えていると、女神はさらに頭を下げた。


『しかし、愛し子を召喚した国は今、とても危うい位置に立っております。愛し子を召喚したのは、恐らく世界相手に戦争を起こす気だからかと』


 女神は少女を呼び出した国の宰相がどれ程の悪人なのかを訥々と語った。

 そんな男のもとに、愛し子をおいておきたくはない、代わりに聖女をやってくれ、というのが女神の願いらしい。子を持つ親としては、共感できることだった。


「まあ、請け負ってもいいのですが、条件があります」

『なんなりと』

「自由にもとの世界に帰れること、私の本来の能力を万全の状態でふるえること、張りぼてでよいので愛し子と同じ力を私に貸し与えること」


 彼女の申し出に、女神はまばたきひとつすると、にっこりとした笑みを浮かべた。


『そのように取り計らいましょう』


 そう宣言した女神が腕を降り下ろしたとき、辺りは再び光に包まれた。


 *


 ひんやりとした感覚に、ゾッとするものを感じなからカオリは目を開けた。

 辺りは暗く、湿った空気が肌を撫でる。横たわった頬が感じるのは、石の冷たさだった。

 突然足元に変な模様が現れて、眩しいと思った次の瞬間、ここにいた。

 体に痛みはない。が、乗り物酔いでもしたみたいに、胃の底に不快感がこびりついている。


 体を起こすと、もっと訳のわからない状態になっていた。

 石で作られた部屋で、複数人のローブを着たものたちに囲まれている。

 ぼんりとしたイメージでこれは黒ミサかなにかではないかと恐怖する。このまま、本当に生け贄にされてしまいそうだ。


「貴様、名前は?」


 唯一、ローブをまとってない男が高圧的な態度で聞いてきた。掲げているランプがまぶしすぎて、どんな顔のか、カオリには全く見えなかった。


「こちらの質問にも答えられぬほど、学がないのか?」


 カオリが答えられずにいると、近くで人の動く気配がした。


「アキ」


 短く答えた人物の姿に、カオリは驚く。


(アカリちゃん?)


 クラスメイトによく似ていたのだ。

 黒く長い髪は艶やかで、くっきりした二重に、つり上がりぎみで愛嬌のある目。頬は滑らかで唇はふっくら。カオリが知るなかで、もっとも美しい友人だ。

 だが、友人とは少し違った。何がどう違うのか、カオリにはわからない。


「で、そちらは?」


 今度はカオリに振られる。つられるように、友人に似た少女もカオリを見た。その目には、なんの怯えもなかった。むしろ、カオリを気遣っているようだ。まるで、母親が子供の発表会でも見守るように。

 その瞬間、なにかがストンと落ちた。


「カオリ」


 たぶん、ここでフルネームを名乗ってはいけない。

 今気づいたが、名前を問いかけた男の話す言葉は、日本語ではなかった。たぶん、地球上のどこにも存在しない言葉。

 ここは異世界。そして、自分の足元を中心に魔法陣が広がったことを考えると、目の前の少女はただ巻き込まれただけの人物。

 友人に似ていて、こんな状況でこんなにも冷静な人に、ひとりだけ心当たりがあった。


 カオリが声をあげようとしたとき、ランプを掲げていた男は、鼻をフンとならした。


「で? どちらが本物の聖女なんだ?」

「はい。それがなにぶん、このようなことははじめてでして」


 震える声で、ローブの誰かが答える。


「では、魔力を測定しろ。聖女ならば魔力も強かろう」


 偉そうな言葉に、誰かが何かの種を持ってくる。大きさは桃の種くらいだ。

 それをアキとカオリに渡した。


「さあ、花を咲かせてみろ」


 不遜な態度でランプ男が言う。このときようやく、カオリは彼が金髪なのだと気づいた。整った顔立ちをしてはいるが、不快感しかない。


「そんな、花を咲かせるなんて」


 カオリはどうしていいのかわからず、手の中を見下ろす。

 そもそも、花を咲かせるのが正解とは限らない。だから、試すことさえできない。

 カオリは横目で、アキの様子をうかがった。彼女と同じことをすればいいのではないか。

 アキは手のなかで種をコロコロと弄んでいた。ほっそりとした指から、種がこぼれ落ちる。

 落とした種を拾おうとしたアキの手が、ピタリと止まった。

 肩からこぼれた自分の髪を見て驚いている。それからアキは、手のひらを見たり、足を見たり、首を触ったりしていた。まるで、なにかを確認するかのように。


「種に魔力も注がず、何をしている?」

「どなたか、鏡持ってます?」


 高圧的な物言いを鮮やかに無視し、アキは周囲を見回した。

 カオリはすぐに、鞄の中に鏡が入っていることを思いだし、中を探る。


「小さくていいなら、どうぞ」


 手渡したのは、コンパクトミラーだ。

 アキは小さく「ありがとう」と言って、カオリから鏡を受けとると、中を覗きこんだ。


 手のひらを額に当て、なにか悟るような表情をしている。


 カオリのなかで、先程の仮説が確信に変わる。

 アキは友人の祖母だ。そして、カオリたちがすむ町の巫女でもある。

 あの町は、異世界への扉がよく開く。来るものもいれば、去るものもいる。習慣の違うものたちの往来は、争いを生む。それをとりなすのが、巫女たちの役目だ。

 友人からかつて聞いたのは、一族には異界渡りの能力があると言うこと。それはもう、祖母は特に異界慣れしていると言っていた。

 たぶん、なんらかの事情で若返ったのだろう。


 巫女は、町の住人たちを等しく愛してくれている。望まぬ異界転移に巻き込まれたのなら、やっかいごとをはね除ける力を身に付けるまで力を貸してくれると言うのが取り決めだ。だから、カオリはおとなしくアキに従うだけだ。きっと、悪いようにはならない。


 アキは拾った種を手のなかでもてあそびながら、不適な笑みを浮かべた。


「どういった事情で私たちを誘拐したのか、聞かせてもらっても?」


「誘拐? 」


 アキの質問に、金髪青年は訳がわからない、といったように顔を歪める。


「誘拐じゃなければ、拉致かしら。とにかくまあ、犯罪ね」


「貴様!」


 金髪の青年は怒りで頬を朱に染め、腰の剣を抜き放った。

 アキのことを信じていたカオリだが、さすがに悲鳴が漏れる。


「そんな物騒なものはしまって」


 そういいながら、アキは剣の腹を押し戻す。

 もちろん剣の刃は、潰されたりなどされていない。一歩間違えれば、切れる。カオリははらはらと見守るが、アキは全く平然としていた。


「花を咲かせるのは、ほらこれでいいでしょ?」


 渡されていた花の種をぽんと金髪の青年に放り投げる。

 慌ててキャッチした金髪青年は、怒りに眉をつり上げた。


「花を咲かせられないからと、神聖な種を無造作に投げるとは……」


「イシュノア様! 花が!」


 おそらく、金髪青年の名がイシュノアというのだろう。ローブの一人が、イシュノアが掴んだ種を指差しながら震える声で言った。

 イシュノアは、険しい表情のまま、己の手に視線を落とす。


「これは……!」


 アキが投げた種は見事な花を咲かせていた。

 銀色の花弁の、ボタンのような大輪の花を。それは、友人の家の庭に咲き誇る花だった。家紋も、その花を象っている。

 名前は知らない。そもそも、地球の花ではないと聞いたことがある。


「ではあなたが聖女様?」


 半ば呆けたように、イシュノアという男が聞く。


「ええ、そう」


 目を細め、アキは答える。

 明らかな嘘に、気づいたのはカオリだけ。

 金髪青年の態度から、聖女と言うのが実はよくないものではないのかとカオリだって思い始めている。

 他人を呼び出しておいて、名乗るわけでもなく、詫びるわけでもないこの人たちが、善人とは思えない。


「この世界の女神とは、先程言葉を交わしました。どうか、そこの娘は北の魔の森に捨ててください」


 いわく虹色の髪、いわく瞬きごとに変わる瞳のいろ。

 女神の特徴を詳しく伝えれば、アキが聖女だという信憑性が高まった。


 すぐにイシュノアはカオリを北の魔の森に「捨てる」手配をとる。


 ローブのうちの一人が、カオリを立たせた。捨てろと言われているわりに丁寧な扱いされていることに、カオリは気づいていた。


 恐らく、アキはカオリの身代わりなるつもりだ。アキの判断では、それが最善なのだろう。

 今のカオリは、それに従うしかない。

 だが、このままで終わらせるつもりもなかった。

 北の魔の森にいけばきっと、カオリを成長させるなにかがあるはず。ならば今はおとなしく、北の森に逃げよう。

 アキは、カオリを振り返らずに、石の部屋を出る。


 見送ったカオリは、深く頭を下げた。

読んでいただきまして、ありがとうございます。

なんだか変な話になってしまいましたが、それなりに思い入れのある話です。

あと、連載するとどうなるかも知っておきたかったもので。

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