アイテム 3 チョコレート
俺は慢心していた。
反省せねばならない。
猛省であるべきだ。
前回は自分の力を過信して思わぬ損害を出してしまった。
やはり、着実に目の前のことに集中してステップアップすべきだ!
そのために、俺は決心した。
先ずは『始まりの祠』の完全制覇を目指す。
つまり『始まりの祠』のラスボスをこの手で倒すっ!
「そこのお兄さん。 ちょっと寄ってかないかニャン?」
「寄ってかないかニャン? ……ニャン?」
なんだか妙な呼び込みに目を向けると、道具屋の看板娘さんが手招きしていた。
なんか頭に猫耳のカチューシャをつけていた。
なんだアレ?
なんで猫耳……、また、ろくでもないものを売りつけようとしてるな。
聞こえないふり、聞こえないふり……
「あー、無視するのかニャン?
レザーアーマーなお兄ぃニャン。
感じ悪いニャン」
「変な形容詞つけて呼ぶのは止めろ!」
あっ、叫んじゃった。
う〜ん、仕方ないかぁ。
俺は渋々、看板娘さんのところへ歩いていく。
今日は珍しく膝に白い猫を乗せていた。
だから猫耳…なのか?
「今日はどこへ行くニャン?」
「……その語尾、微妙にイラっとするから止めてもらえる?」
「え~、みんなには可愛いって評判ニャ。可愛くないかニャ?
それでどこへ行くニャ? また、『べチョリ沼』かニャ?」
「飽くまで続けるつもりね。
まあ、いいや……。いや、まずは一つ一つ確実にこなしていくことにしたんだ。
だから今日は、『始まりの祠』さ。そこのラスボスに挑戦しようと思っているんだ」
「……、ラスボスかニャ? それでお兄ぃニャンは、ラスボスがなにが知ってるのかニャ?」
「いや、知らない。でも最深部へ行けば会えるんだろう」
「調べてないの? お兄さん……、死ぬよ?」
うわ、急にマジになった。
え、え? なに、怖いよ。怖い。
「ま、また縁起でもないことを。
大丈夫だよ。『始まりの祠』は、最深部のひとつ上の階まで行ったしね。
そこに出てくる魔物も大して苦戦せずに倒せたから。大丈夫さ。
難しそうなら逃げるしね。
命大事に。無茶はしない」
「そうニャね。まあ、猫嫌いなお兄ぃニャンがどうなってもいいニャ」
「いやいや、待ってよ。誰が猫嫌いなんて言ったんだよ。
俺んちの実家は猫や犬を飼ってるよ。
俺も子どもの頃から世話してて、そこら辺の奴らより、ずっと猫や犬に詳しいぞ」
猫娘……、もとい看板娘さんの目がきゅう~と細くなった。
「本当ニャ? ならクイズをするニャ」
看板娘さんが棚に、玉ねぎとチョコレートとナッツを置くと言った。
「このニャかで、猫や犬に食べさせてはいけニャイのはどれニャ?」
そのラインナップをみて、俺はほくそ笑んだ。
「甘いな。甘いぞ、看板娘さん。
犬猫世話の達人と言われたこの俺がこんなひっかけに騙されるわけないじゃないか!
答えは全部だ!
全部、食べさせてはいけない」
「ほぉ、すごいニャ。正解ニャ」
ふははは、ついに看板娘さんをぎゃふんと言わせたぞ。
気持ちいぃ~。
ドンと、看板娘さんが棚に物を置いた。
「へ?」
「本日のおすすめだニャ」
「……本日のおすすめ……?」
「チョコレート1年分ニャ」
「チョコレート1年分……
なんでよ! なんでそうなるの?
今からダンジョンのラスボスと戦おうっていう冒険者にチョコレート勧めるって絶対おかしいでしょう。
しかもこんなに大量に!」
「チョコレートはエネルギー補給にもってこいニャ」
「……あーーーー、そういうこと。
ラスボスと戦う前に腹ごしらえしとけってこと?
腹が減っては戦ができない的なやつね!
なるほど……、でもさすがにこれはかさばるなぁ。持っていけないよ」
「ならリュックもつけるニャ」
看板娘さんは、そう言うとチョコレートをリュックサックに詰め始めた。
「さ、これでいいニャ」
はちきれんばかりのリュックサックが目の前にあった。その中はすべてチョコレートだ。
「これでいいって言われても……
もう俺、バックパック背負っているから、これも背負うのは無理だよ」
「そんなことないニャ。このリュックサックは前の方につければまだ余裕で運べるニャ。
……こんな風。
ほら、これニャら、リュックサックが盾の代わりになって一石二鳥ニャ」
「ええ? う~ん、なんかかっこ悪くない?」
「え? そんなこと、プクク、ないニャ……プククク」
「今、笑ったよね! 笑っているよね?!」
俺の指摘に看板娘さんは、ふるふると首を横に振った。
「そ、そんなこと、クスクス、ない、ない。
お相撲さんみたいでかっこいい。
うん、かっこいい!」
「うーん、また、なんか言いくるめられてる気がするけど……
せっかくリュクサックおまけしてくれるっていうんだから、まあ、いいか」
俺はそう言うとリュックサックを抱えて、道具屋を後にした。
去っていくお兄さんの後ろ姿を看板娘は、頬杖をついて見つめていた。
「お兄さん、本気で祠のラスボスから逃げれると思ってるのかしら?
無事に戻ってこれるといいけど……」
そう呟くと、ふっと小さくため息をつきた。
「とりゃ!」
三本角兎を倒した!
ピロロン、と耳の奥でレベルアップの音が響いた。
力がみなぎる。
体力なんかが全回復するのが体感できる。
「ふふん。ボス戦前でこれは理想的だぞ」
通路の奥へ目を向ける。
そこには下に降りる階段があった。
あの階段の先はいよいよボスのいる階層だ。
少し、ドキドキした。
だけど今、レベルアップもしたし、きっと大丈夫だ。
意を決すると俺は階段を降りた。
『始まりの祠』の最下層は、他の階に比べてひんやりと肌寒かった。
そして、細い1本道だった。
なにか淡く発光した霧のようなものが充満していて先が見通せない。
他の階とは雰囲気が違った。
「さ、さすが最下層だな……
だけど、こ、こんなコケ威しに怯む俺ではないぞ!」
自分に言い聞かせるように声を上げると歩き始めた。
1分も歩かないうちに通路の先にフワリと黒い影が現れた。
「現れたな。ラスボスめ!」
俺は剣を構えようとした、その瞬間、それはもう目の前にいた。
真っ黒な牛のように大きな犬。
その目は炎のように燃え。
牙は俺の持つ剣よりも鋭く。
舌は滴る血のように赤かった。
「ブ、ブラックハウンド……か?!」
ドンッ!
凄い衝撃で俺の体は弾き飛ばされた。
「えっ? なに、なにが起きた?
体当たり? 体当たりされたのか?!」
グチャリ、グチャリ、グチャリ
咀嚼するような嫌な音が響いた。ブラックハウンドがなにかを噛み砕いている。
ハッと、なって俺は自分の腹に目をやる。
「ああ、なんてこった。俺の腹が……
食われちまった。
逃げる間もなく。全部、持ってかれちゃった……」
ガチャン
「わっ! なに?」
看板娘は驚いて振り向いた。棚から瓶が落ちて割れていた。
「ふう、びっくりした」
看板娘は散乱した瓶の欠片を拾い集めた。
片付け終えて、再び店頭に立つ。
「あっ」
店の前に真っ青な顔の冒険者が立っていた。
全身血だらけで、一目見て、この世のものではないと分かる。
「おかえりなさい。
そう、ちゃんと戻ってこれなかったのね。
残念……」
看板娘は、少し悲しそうな表情で呟いた。
「いや、マジ、死ぬかと思った。
お腹ごっそり食べられたかと思った。
まじ、走馬灯がくるくるってしたわ。
でも、よく見たら食べられたのはリュクサックだったよ。
盾のかわりになるって言ってたけど、本当、その通りだった。
看板娘さん、神だね」
俺は帰る途中で道具屋に寄って看板娘さんに事の顛末を話していた。
「ふ〜ん。なんにしても無事に帰ってこれて良かったよ」
あれ? なんかいつもよりテンション低いな。
語尾もニャンつけるのやめちゃってる。
猫耳外したからかな……
「あんなに強いなんて思ってなかった」
「ブラックハウンドは割かし強いの。
でも本当に怖いのは、足が早いから逃げられないってこと。
確実に勝てるレベルで挑まないと、詰み。
初見殺しで有名な魔物だって講習会で習わなかった?」
「ああ、習った、習った。
でもまさか『始まりの祠』のラスボスがブラックハウンドとはね」
「次からはラスボスがなにかちゃんと調べてから行くのがよいですよ」
「う〜ん。だけど、なんであいつ、突然苦しみだしたんだろう。
急に苦しみ出したかと思ったら、勝手に逃げていった。
お陰で命拾いしたんだけど……」
「さぁ。魔物って言っても犬ですからね。きっとお腹でも痛くなったんでしょう」
「……?
ま、今日は帰るよ。もう少しレベル上げてからじゃないとあいつには勝てないから。
じゃあ!」
看板娘は、お兄さんが見えなくなるまで見送ると、立ち上がり、店の裏手の墓地へ向かった。
そして、真新しい墓石の前まで歩いて行った。
そこには、チェインメイルを血に染めた冒険者が一人佇んでいた。
「お待たせ。ここがあなたの新しい家だよ。ちょっと狭いけど我慢してね」
看板娘の言葉に冒険者はコクリと頷く。
「オーガにやられちゃったんだよね。
戦士ソロだと、どうしても力負けするからね。
だから、あれを勧めたのに……
ごめんね。私の売り方も良くなかったよね。
これからは私がお世話するから。許してね。
代わりに、あなたの経験を私に分けて。
少しでも多くの冒険者さんたちが戻って来れるように」
血まみれの冒険者はお辞儀をすると墓石の中へ消えていった。
看板娘はその真新しい墓石を静かに磨く。
傾いた夕陽が墓石を真っ赤に染め上げていた。




