アイテム 1 ストロー
俺は今、緊張している。そして、高揚もしていた。
なぜなら、ついに、ついに念願のダンジョンデビューを果たすからだ!!
長かった。
本当に長かった……
冒険者講習会で冒険者としての基本スキルと免許を取得するまでのつらい訓練の日々や装備を買い揃えるためのバイトの数々が、こう走馬灯のように思い出される。
「うぉー!! やるぞぉ〜!!」
俺は両手を高々と広げ、雄叫びを上げた。
どこまでも澄んだ青空も俺を祝福してくれているようだった。
「えっと……、で、どっちだっけ……」
わかれ道で俺は、冒険者講習会の時にもらった地図を広げる。
わかれ道は5つに分岐していた。
真ん中の道の先は『ドラゴンの顎』というダンジョンだ。
文字通り、ドラゴン種が生息していて、最深部にはエンシェントドラゴンが古代の宝を守っていると言われている。
未だ最深部まで行き、戻ってきた冒険者はいないという超高難度ダンジョン……
さ、さすがにこれはムリだな。
う、うん、今回はパスだ。
うんとっ、1番左端は『べチョリ沼』。
ゴブリン、ホブゴブリンが棲息していて、沼サーペントやオーガっ!!
……えぇ~、オーガ出るの……。
こ、ここも止めとこう。ま、こ、今回はな!
う〜ん、なかなかダンジョン選びも難しいな……。
えっと、おっ?!
ここなんてどうよ。
『始まりの祠』!
なんか、俺にぴったりな予感!!
なになに、スライムとか角ウサギとかが出るのか……
いい感じじゃないか。
よっし! ここにしよう。
さぁ、行くぞ〜!
「ねぇ、ねぇ、そこのお兄さん。ちょっと寄って来ませんか?」
突然、声がかけられて、びっくりした。
キョロキョロと辺りを見回してみると、道端に小さな小屋みたいものがあった。
なんだろう。小屋というより小さな屋台って言ったほうが良いかもしれない。
その屋台みたいなところに人がいた。
女の子だ。
クリっとした目の、割りかし可愛い女の子がニコニコしながら手招きしている。
えっ、俺のこと……?
自分の顔を指さして見ると、女の子は、コクコクとうなづいた。
……えっ、なんの用?
とりあえず近づいてみると、「道具買っていきませんか?」と言われた。
「えっ? 道具?」
「そうですよ。ここはダンジョンへ入る前にある最後の道具屋なんです。
冒険前に買い忘れた物を買えるダンジョン前の最後の道具屋です。
で、私は、その道具屋の可愛い看板娘です!」
……この子、自分に『可愛い』って形容詞つけたよ。
改めて屋台を見直すと屋根のところにちっちゃく『終焉の道具屋』って看板があった。
「えっ? 『終焉の道具屋』って、カッコよすぎでしょ。
看板に偽りありだよ」
笑いがこみ上げてきた。
こんなボロい店が、終焉とか、確かに今にも終焉になりそうな店構えだけど……
「そんなことないですよ。
ほら、裏、見てください」
その子は笑顔のまま店の裏を示した。
見ると無数の墓石が延々と並んでいる。
「うわ。これなに?」
「帰ってこれなかった人たちの墓です。
ちなみにほとんど中身は入ってないですよ。
ダンジョンで死んだ人ってたいてい魔物に食べられちゃいますからね」
看板娘はしれっと怖いことを口走る。そして、にっこりと笑うと言った。
「だから道具はきっちり用意したほうが良いですよ。ねっ?」
「ねっ? じゃないよ!
営業トークが怖すぎるって。
そ、それに大丈夫だ。
準備は万端。必要なものは全部買い揃えてあるさ!」
胸をドンと叩く。
ま、実際は冒険者講習会で売っていた初心者冒険者セットを購入しただけなんだけど、まあ、プロがチョイスしたもんだから間違いはないだろう。
でも、看板娘は、露骨に疑ってますっていう目つきになった。
「えっ〜、本当かなぁ。
だってお兄さん、今回が初めてでしょう。
どうせ冒険者講習会で売っていた初心者セットを買っただけなんじゃないですか?」
ギ、ギクッ!
な、なんで分かるんだ……いや、初心者なんてバレるわけにはいかない。
「な、なにを言っているのかなぁ……
は、初めてなわけないじゃないか。
こう見えて、俺はベテランさ!
わかんないかなぁ。この経験者の余裕ってのが?」
「う〜ん、そうかなぁ。
装備ピカピカの新品だし。
わかれ道で地図広げてたし。
これから冒険に行くぞって、今までの苦労を走馬灯のように思い出してた、ように見えたんだけど」
……うわ、バレバレだ。
なにこの子?
怖い。
「あ〜、それから走馬灯とか止めたほうが良いですよ。
縁起悪いから」
「よ、余計なお世話だよ!」
もういいや。話きり上げて早くダンジョンに行こっ。
「初心者セットって大事なものが入ってないんですよねぇ〜」
ボソリと看板娘は呟いた。
「な、なにを言っているんだ。
冒険者講習会公認だよ。そんなプロのノウハウが詰め込まれているセットに不備があるわけないじゃないか」
俺の反論に看板娘は少し声を低めて囁いた。
「あれですね、どのダンジョンでも必要になる最低限のものしか入ってないんですよ」
えっ、最低限?
ちょっと気になることを言われた。
「どういうこと……?」
「ダンジョンってそれぞれ特徴があるんですよ。
だから行くダンジョンによって、これは持って行ったほうが良いっていうものがあるんですよ」
「えっ、そうなの?」
「そうですよ。
お兄さん、『始まりの祠』に行こうとしてるでしょう」
「……、いやいや、俺はベテランだよ。そんな初心者が行くようなダンジョンなんて行かないよ」
看板娘は眉をひそめた。
「う〜ん。初めての人はそこにしたほうがいいですよ。
他、選んだ人ってたいてい初心者のまま終わっちゃうんですよね」
「えっ? どういうこと?」
「えっ? そのまんまの意味ですよ」
看板娘はそれ以上説明してくれなくて、ただニヤリと笑うだけだった。
「あー、き、今日はちょっと体調がすぐれないから軽めに『始まりの祠』にしとこうかなぁ……」
「それが良いと思いますよ。
で、『始まりの祠』なら、これを持っていたほうが良いです」
看板娘は棚に商品を出した。
「えっと……ストロー……?」
「はい。ストローです」
「……いや、いや、いや。
俺、今からダンジョン行くんだよ?
ちょっとアイスコーヒー飲みに行ってくるわ、とかじゃないからね。
絶対、それ要らないでしょう」
適当な物を買わせようとしてるな、この子!
「え〜、絶対いると思いますよ。
今なら銀貨1枚です」
「高っ!!
ぼったくってる。て言うか、絶対要らない」
断固拒否する。
「ふ〜ん。
ま、どうしても要らないって言うならムリには売りませんけどね……」
あれ? 意外と簡単に引き下がった。
「……、さてとっ、じゃあ、新しい墓石でも磨こうかなぁ」
看板娘は、雑巾を取ると席を立った。
「ちょ、ちょっと待った!
それ、どう言う意味だよ!!」
「えっ? う〜んと、近々、必要になりそうな予感がしたから?」
看板娘は小首を傾げて言った。
おい、おい、おい、おい。
まさか、そこ入るの俺か?!
「ま、待てよ。縁起、悪いじゃないか!」
「えっ、なんで?
私は新しい墓石をいつでも使えるように磨いておこうって思っただけだよ」
ニヤニヤしながら看板娘は言う。
「だからそれって……あ、あ、もういいや。
えっと、ま、まあ、なんだ。そんなにかさばるもんでもないし、知り合った記念に、か、買ってもいいかな……」
「毎度っ! ありがとうございま~す」
なんかすっごく騙された感じがしないわけでもないけど、取り敢えずストローを1本購入した。
「ベルトに挟んでおくと良いですよ。
すぐ取り出せるように」
いや、ストローすぐ取り出せるようにしても何の意味もないだろう。
とは思いながらも俺はストローをバックルのところに差し込んだ。
「あと、良かったらこちらもお勧めですです」
立ち去ろうとする俺に向かって看板娘は白い袋をドンと置いた。
「今度はなに?」
「塩の袋です。
塩って相場があるんですよ。今だと……、金貨1枚かな?」
「どこの相場だよ! 要らないよ!」
俺は看板娘の勧めを断ると道具屋を後にした。
プスッ!
剣をスライムに突き刺すと、潰れたトマトのようにドロリと動かなくなった。
軟体なので単純に剣で斬りつけてもダメージを与えられないが、体の中に核があって、そいつを壊せばスライムは倒せるのだ。
「いいぞ。講習会で習った通りだ」
初めてのダンジョンでドキドキしたが始めてみれば意外と簡単だった。
スライムは動きが鈍いので落ち着いて核を見つけて剣を突き刺すだけ。
楽勝だ!
ピポポポ〜ン
耳の奥でチャイムが鳴った。
やった! レベルが上がったぞ!
「ふぅ、今日はこれくらいしようか」
額の汗を拭い、そろそろ帰ろうと思った。
その時だ、べチャリと頭のてっぺんに冷たい感触があった。
なんだ? 天井から水滴でも落ちてきたのか?
それにしてもでっかい水滴……、うわ、なんかぬるっとしたものが降りてくる。
なんだこれ?!
目が、目が塞がれた。
う、うおっ、もしかしてスライムが天井から落ちてきたのか。
い、いかん! 鼻とく、口が……い、息ができない!
頭をすっぽり包まれてしまったようで、目もよく見えないし、なりより呼吸ができなくなってしまった。
懸命に口や鼻にまとわりつくスライムを除去しようとするけど柔らかすぎて、上手くいかない。
そ、そうだ。落ち着いて核を潰せば……
うわ、核がどこにあるか分からない!!
く、苦しい……、こ……これは死んでしまう……かも……
看板娘の言った通りに、に……なりそう……あっ!? そうだストロー!
俺はバックルのところに差し込んでいたストローのことを思い出した。
ストローを取るとスライムに突き刺し、口元に持っていく。
すぅ〜、はぁ〜、すぅ〜、はあ〜……、助かった。
マジ、死ぬかと思った…
ストロー……持ってて良かった……
俺はダンジョンから逃げ出した。
ストローのお陰で呼吸はできたが、スライムに覆われているからすりガラスを通して物を見ているみたいだった。こんなんでは冒険どころではない。
やっとのことで、さっきの道具屋まで戻ってこれた。
「あれ〜、お兄さん、どうしたんですか?」
「モガモガモガ(助けてくれ)」
「えっ? なに? スライム被っているから、なに言ってるのか分かんないですよ。
クス、クス、クス」
なんか笑い声が漏れ聞こえてくる。
こいつ、絶対分かってとぼけてる。
「モガガ、モガ、モガ、モガモガガガ
(スライムを取ってくれ)」
「えっ? スライムを取ってくれ? ですか?
もう、しょうがないですねぇ……」
……やっぱり分かってるじゃないか。
あっ?
なにかを振りかけられた、と思うと、スライムが縮んでズルリと落ちた。
「ありがとう。助かったよ。
どうやったたんだい?」
「塩をかけたんですよ」
「塩? スライムって塩で倒せるの?
そんなの講習会では教えてくれなかったよ」
「塩で倒すとドロップアイテムがみんな岩塩になっちゃいますからね。
普通はやらないんですよ。
でも、お兄さんみたいには頭からスライムが落ちてきた場合は、役に立ちますよね。
落ちスライムって初心者冒険者の死因の四分の一って知ってました?」
俺は激しく首を横に振った。
「あははは。でしょうね。
じゃ、金貨3枚です」
「へっ? 金貨3枚? 何の話?」
「何の話じゃないです。さっきの塩の代金ですよ。
金貨3枚、払ってください」
「金貨3枚って……、さっきは1枚って言ってたじゃないか」
「ほら、塩って相場品って言いましたよね。
値上がりしたんです」
「値上げって……看板娘さん……」
看板娘はニヤリと笑うと言った。
「昼間と今で3倍も違うなんて、本当、相場って怖いですよねぇ」
いや、あんたが一番怖いわ……




