5.下の名前
テレビを見ると『恋愛特集』と、恋の困りごとから出会いと、偶に見かける系統のが映っている。
お家デートらしい今日は、恋人がソファに座っており、そのテレビを瞳に映していた。
特段、理由もないのになぜか冷や汗が出そうな、なにか大事な日に大きな忘れ物をしたような気分で、テレビと彼の横を通り、キッチンへと戻る。
お昼時で今日は私が料理を作っていた。なぜか、話しかけられる、そんな予感と共に、手を縦に流れる水に進ませる。ざばざばざばと耳に届いて、響いている。
「……紫月さんて、私の名前、知らないなんてことありますか」
「さ、流石に存じておりますが……」
身体の端々が遠く感じる。知らないなんてことはない。が、それを言わせたことと、この後に及んで恥ずかしがっている自分に胸が冷たくなった。
いつもより勇気を入れて、水道を止める。ばしゃっと水の音が無くなり、空間は静かに感じる、テレビからの明るい声は聞こえない。
「は、恥ずかしいんですよ。こ、こういうの経験、いや、恥ずかしいんです!」
彼の顔は見えないが、ほぼ同じことしか言えていない私に、彼はきっと、そんな理由だったのかとか、恥ずかしいってとか、失望やからかいを向けるのではないかと、知らない彼を想像した。
返事の遅さに、しぶしぶと顔をあげてみれば、赤めな顔を片手で押さえていた。
「…………え……」
思いのほか、ぐっときて、い、今言ったらどうなるんだろう。という、好奇心が私で育つ。そういえば、告白してきたときも、こんなだったような……。
大きくない、小さな足音が近づき、男は顔を上げた。相変わらず、顔は赧らんでいるようだ。
「な、名前で呼びますよ……?」
「い、今でなくても良いでしょう__」
開き始めた口を、手で押さえられ、両手で離し
「ひ、卑怯です……!」
「はぁ、はぁ……卑怯でかまいません……」
「裕晴」と呼べるのはもう少し、「紫月」と呼べるのもっと後のことだ。
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