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ヴォーカロイドパニック  作者: たかさん
12/44

主役を食う(藤田奈々美サイド)

3話連続投下の2話目です。

前話を読んでない方は1つ前へ。

他人視点が2話続きます。

ブックマーク、評価、誤字報告有難うございます!

『只今、マイクの準備をしていますので少々お待ちください』


 司会が空白時間を埋めるため、簡単なトークで間を繋ぐ。

 何をぐずぐずしてるのかしら、あの子。

 マイクを受け取って出てくるだけでしょ。

 のろまね!

 …………さすがにちょっとかわいそうだったかな?

 声優の卵でもないのに、勝手に言っちゃったし。

 いやっ!

 あんな適当な態度や覚悟で、この世界に入れると思っているなんて甘すぎるわ! がつんとやってあげなくちゃ!

 

『――ですよね? 藤田さんもそうですか?』


『え?』


 やばっ、聞いてなかった。


『そ、そうですねー』 


 とりあえず合わせないと。


『藤田さんもそう思いますか? 可愛らしい方ですからどんな声か楽しみですねー』


 ちっ、あいつのことだったか。

 いけないいけない。

 スマイルスマイル。


『あ、準備ができたようですね。えーと――』


『橘まことちゃんですよ』


『では橘さん、こちらへ』

 

 司会に促されてあのコがでてくる。

 どうせ、下向いておどおど出てくるんでしょう。

 しょうがないわね、可哀想だから私がフォロー――


『こんにちは! 初めまして!』


 ――してあげ……え?


『すみません、急に。イベントを見学させてもらってました』


『橘さんは藤田さんの後輩声優さんみたいで?』


『声優とは言えない立場ですけど、色々教えていただいています』


 そう笑顔で答える。

 その笑顔にはまるで演技を感じない。

 何? このコ。さっきまでとは様子が違う。

 オーディションの時の面倒くさそうな感じも、舞台に上がるまでのおどおどした感じも見受けられない。

 まだ一言二言だけだけれど、素人だとは思えない落ち着きがある。

 まるで場数を踏んでいる、トップ声優のようなオーラを感じた。

 うそ……何なの? 一体。

 すでにここの主導権はこのコ――橘まことに握られていた。

 だめっ!

 このままじゃ、どちらがメインか分からないじゃないっ!


『音楽お願いします!』


 このまま橘まことに自由にさせちゃだめだ。

 言いようのない不安に駆られて、あたしは曲を求める。

 ここはちゃんとトークをこなしてから歌に入るのが得策――だとはあたしもわかってる。

 でもできなかった。

 

『では、お二人でお願いします』

 

 時間が押しているのは司会も分かっているのだろう。

 特に訝しがることもなく、曲に入る。

 イントロからAメロ、そこは普通にあたしが歌う。

 Bメロに入り、橘まことがハーモニーパートで入ってくる。

 まるで何度も練習したかのようなスムーズな入り。

 決してあたしの歌を邪魔せず、逆にたてるように寄り添ってくる。

 そしてサビ。

 何度も歌ってきたけれど、これまでにない高揚を覚える瞬間。

 それは観客たちのノリをみても明らかだ。

 一回目、ソロで歌った時とは違う盛り上がり。

 そして2番へ。

 そこで指示したわけではないのに、1番とは逆に主旋律パートとハーモニーパートを入れ替える。

 気持ちいい。

 何だろう。

 この時あたしの頭には、大量のアドレナリンが分泌されていたんだと思う。

 今までとは違う、良く分からないけど全力以上で歌えている気がする。

 そのまま最後のサビへ。

 二人の声は張り合うように、それでいて綺麗なハーモニーを奏でる。

 ああ、曲が終わる。

 終わっちゃう。

 初めて湧き出るそんな思い。

 そして曲が終わる。

 ついさっき歌い終えたあとに起きた拍手、歓声を大きく超える喝采。

 あたしは放心状態で、橘まことに視線を向ける。

 彼女は息をはずませ、こちらを振り向き、いたずらっぽく笑った。

 鼓動が大きく跳ね上がる。

 あたしは今までのことを全て忘れて、単純に思った。

 綺麗――と。


読んでいただいてありがとうございます!

次は22時投下です。

ブックマーク、評価は喜びです。

ドワーフに対する神酒です!


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