主役を食う(藤田奈々美サイド)
3話連続投下の2話目です。
前話を読んでない方は1つ前へ。
他人視点が2話続きます。
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『只今、マイクの準備をしていますので少々お待ちください』
司会が空白時間を埋めるため、簡単なトークで間を繋ぐ。
何をぐずぐずしてるのかしら、あの子。
マイクを受け取って出てくるだけでしょ。
のろまね!
…………さすがにちょっとかわいそうだったかな?
声優の卵でもないのに、勝手に言っちゃったし。
いやっ!
あんな適当な態度や覚悟で、この世界に入れると思っているなんて甘すぎるわ! がつんとやってあげなくちゃ!
『――ですよね? 藤田さんもそうですか?』
『え?』
やばっ、聞いてなかった。
『そ、そうですねー』
とりあえず合わせないと。
『藤田さんもそう思いますか? 可愛らしい方ですからどんな声か楽しみですねー』
ちっ、あいつのことだったか。
いけないいけない。
スマイルスマイル。
『あ、準備ができたようですね。えーと――』
『橘まことちゃんですよ』
『では橘さん、こちらへ』
司会に促されてあのコがでてくる。
どうせ、下向いておどおど出てくるんでしょう。
しょうがないわね、可哀想だから私がフォロー――
『こんにちは! 初めまして!』
――してあげ……え?
『すみません、急に。イベントを見学させてもらってました』
『橘さんは藤田さんの後輩声優さんみたいで?』
『声優とは言えない立場ですけど、色々教えていただいています』
そう笑顔で答える。
その笑顔にはまるで演技を感じない。
何? このコ。さっきまでとは様子が違う。
オーディションの時の面倒くさそうな感じも、舞台に上がるまでのおどおどした感じも見受けられない。
まだ一言二言だけだけれど、素人だとは思えない落ち着きがある。
まるで場数を踏んでいる、トップ声優のようなオーラを感じた。
うそ……何なの? 一体。
すでにここの主導権はこのコ――橘まことに握られていた。
だめっ!
このままじゃ、どちらがメインか分からないじゃないっ!
『音楽お願いします!』
このまま橘まことに自由にさせちゃだめだ。
言いようのない不安に駆られて、あたしは曲を求める。
ここはちゃんとトークをこなしてから歌に入るのが得策――だとはあたしもわかってる。
でもできなかった。
『では、お二人でお願いします』
時間が押しているのは司会も分かっているのだろう。
特に訝しがることもなく、曲に入る。
イントロからAメロ、そこは普通にあたしが歌う。
Bメロに入り、橘まことがハーモニーパートで入ってくる。
まるで何度も練習したかのようなスムーズな入り。
決してあたしの歌を邪魔せず、逆にたてるように寄り添ってくる。
そしてサビ。
何度も歌ってきたけれど、これまでにない高揚を覚える瞬間。
それは観客たちのノリをみても明らかだ。
一回目、ソロで歌った時とは違う盛り上がり。
そして2番へ。
そこで指示したわけではないのに、1番とは逆に主旋律パートとハーモニーパートを入れ替える。
気持ちいい。
何だろう。
この時あたしの頭には、大量のアドレナリンが分泌されていたんだと思う。
今までとは違う、良く分からないけど全力以上で歌えている気がする。
そのまま最後のサビへ。
二人の声は張り合うように、それでいて綺麗なハーモニーを奏でる。
ああ、曲が終わる。
終わっちゃう。
初めて湧き出るそんな思い。
そして曲が終わる。
ついさっき歌い終えたあとに起きた拍手、歓声を大きく超える喝采。
あたしは放心状態で、橘まことに視線を向ける。
彼女は息をはずませ、こちらを振り向き、いたずらっぽく笑った。
鼓動が大きく跳ね上がる。
あたしは今までのことを全て忘れて、単純に思った。
綺麗――と。
読んでいただいてありがとうございます!
次は22時投下です。
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ドワーフに対する神酒です!




