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運命

「疲れた……」


洋服のままベッドに倒れ込んだ。


服がシワになっちゃう、化粧も落とさなくっちゃ。


頭ではわかっているが一度ベッドに倒れ込んでしまうと、体が重くて動けない。



何かにふっと気がつき目を開ける。少し寝てしまっていたようだ。




これから始まる1人暮らしや大学での新生活に心弾ませていたあの頃。

気がつくとあの時から早くも6年がたち純子は社会人二年目の春を迎えていた。


あの後自然につき合うようになった二人は、今年で四年目になる。


喫茶店のバイトは大学三年まで続け、就職活動の為一度やめた。だが早いうちに就職が決まったのでその後も卒業までお世話になっていた。

今も時々あの店に行く。あの店長の淹れたミルクティーを飲みに。



重たい体を起こすと、テーブルの上に置いてある携帯が目に入った。メールを着信し点滅している。


手を伸ばして携帯をとりメールを開く。



修一からメールきた。


<仕事お疲れー

明日なんだけど空いてる?>


<お昼過ぎからでいい?>



メールを返信すると重い体を無理やり起こし、スーツを脱ぎハンガーに掛け下着姿のまま風呂場に向かうと手早く化粧を落としてシャワーを浴びた。


風呂を上がるとテーブルの上の携帯が光っている。

<OK、じゃ明日。おやすみ!>


相変わらず返事が早いな…。


修一はいつもメールの返事が早い。反対に純子はとても遅いうえに文章が短い。キーを打つのが苦手なのだ。

返信メールを長々と打つより直接電話を掛けた方が数段早い。



髪を乾かしパジャマ代わりのタンクトップを着ると、ドサッとベッドへ倒れ込んだ。

「明日は……」

純子は明日の予定を頭の中で考えていたが、5分もたたないうちに寝息をたてていた。




「じゅん?……じゅんこ」



誰?あたしは『すみこ』よ……



「じゅんこ!」



ハッと目を覚ますと目の前には修一の顔があった。


「なっ……修一?」


何故修一がここに?

ぼーっとする頭で考えていると

「何度メールしても電話しても返事がないから!!」


怒ったような顔で修一が言う。

枕元の時計を見ると午後二時を回っていた。


時間になっても現れずいくら電話しても繋がらない。

心配した修一は、手元にあるめったに使わない純子の部屋の合い鍵で部屋に入ってきたらしい。


「呼んでも揺さぶっても起きないから死んでんのかと思ったよ」


「ごめん」

純子は布団から起き上がり修一に謝った。


「ダメ。心配かけたヤツはお仕置きだ」



そう言いながら修一は純子にキスをした。息をつく間もない長いキス。


「ん……しゅ…う……」


頭を両手で抱え込まれ唇が離れない。離れたと思うと今度は唇が首にすいつく。


「ちょっと……出かける予定あるんでしょ?」

純子は修一を押し戻そうとするが修一は

「今からじゃ、しょうがないから予定変更!」


修一は純子をベッドへ押し倒しその身体に唇と手を這わせた。




1時間後、今度は修一が寝息をたている。


純子は修一を起こさないようにベッドを静かに抜け出しシャワーを浴びにいった。



初めて修一に抱かれたのは付き合い始めて半年たった頃まだ寒さが身にしみる季節だった。


暖房のあまり効かない修一の部屋でお互いの身体を暖めあった。

しかし初めてのそれはうまくいかなかったのを覚えている。お互いぎこちなく何だかわからないうちに終わってしまったのだ。


それからは月に2〜3度ベッドの中で愛し合うようになった。


抱かれる度に修一は甘い言葉とキスで純子を溶かす。そしてお互いの身体にいくつもの朱い印をつけあった。





シャワーからあがっても修一はまだ寝ていた。


最近仕事でプロジェクトを任され修一は疲れているみたいだった。



ベッドに上がり修一の寝顔を眺める。男のくせにまつげが長い。


「あたしと交換してよ」

純子が長いまつげに触ると修一はくすぐったそうに手で顔を拭った。



「修一、ごめんね。貴重な休みを無駄にさせちゃって……」


頬にそっとキスをすると修一は「ん……」と身動きし寝返りをうった。




時に運命は残酷なものだ。

幸せは突然奪われた。


付き合いも順調に進み2人は結婚の約束をした。


お互いの親の了承も得てあの日、式場へ打ち合わせに行った帰り道事故は起こった。




フラフラとふらつきながら走る車は歩道を歩いていた二人に向かってきた。



二人に向かってストップモーションのように迫ってくる車。純子は足がすくんで動けなかった。


車は目の前に迫ってきた。もう逃げられない。


「純子!」

修一が純子をきつく抱くようにかばった。

次の瞬間二人の体は強い衝撃により数メートル先へ飛ばされた。


酒気帯びの車にはねられたのだ。




純子は薄れゆく意識の中、自分を抱きしめ血だらけの修一の姿をみた。

「修一……」

目を瞑ったままの修一の顔に手を伸ばすと純子は意識を失った。





修一は全身を強く打ち重傷を負ったが命を落とすことはなかった。

純子は修一のおかげで奇跡的にかすり傷程度の怪我ですんだが、どういうわけかそれから2ヶ月意識が戻らなかった。



純子の両親と修一は、このままの状態が続くと一生意識が戻らなく眠った状態になるかもしれないと医師に告げられていた。


友達と話しながら笑顔の純子が俺の脇を通り過ぎていく。


純子は俺に全く気がつかない。



2ヶ月前のあの日。

目が覚めた純子は目の前にいる俺がわからなかった。


「修一!修一はどこ?」

その場にいた皆は困惑した。

「純子?」

震える声で俺は声を掛けた。


「じゅんこ?……そう呼ぶのは修一だけよ」

と純子は俺をみて涙を流したのだ。


医師によると事故のショックで記憶の断片が消えてしまったのではないかと説明した。


その消えてしまった記憶の断片は『俺の顔』だった。


今後記憶が戻るかは判らないと……。



事故から半年経った今、純子は俺の顔が思い出せないまま退院した。



事故の1ヶ月前俺たちは入籍を済ませ正式に夫婦になっていた。しかし、このまま純子の記憶が戻らなければ夫婦とは書類上だけに存在するようなものだ。


俺を気の毒に思った純子の両親は純子とは離婚し、新しい人生を進むことを何度か勧めてくれた。


しかし俺はそれを拒んだ。


何でもない事で笑い合い、キスも沢山したあの頃が嘘のようだ。


俺がどんなに純子の事を想っていても記憶が戻らない限り純子は俺に気付いてくれない。


あの笑顔を俺に向けることは二度とない。


あの時あの場所にいなければ……あの時出会っていなければこんな事にはならなかったのかも知れない。


しかし純子と出会ったのは間違いではない。そして純子を愛したのも、純子が俺を愛してくれたのも決して間違いではないと思っている。



「本当にこれでいいんですか?純子に思い出すように話さなくて……」

大学時代から純子の友人である雪絵が訊ねる。


「いいんだよ。純子ともう一度最初から恋ができるんだから……」




君の記憶が戻らなくてもいい。


遠くから君を見れるだけでいい。



この先も俺はずっと君を愛してる。




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