第3章 ――試験と、思いがけない身の上
食堂には、生徒たちの話し声があちこちから響いていた。いくつものテーブルが並び、誰かがトレーを置くたびに、カチャリと食器の触れ合う音が聞こえてくる。
黒月はシュレンと向かい合って座り、黙々と食事をしていた。
一方のシュレンは、どうやら話題が尽きるということを知らないらしい。授業中に起きた出来事から、黒月が聞いたこともないような何気ない話まで、食べながら次々と話していた。
黒月が返事をするのは、時折、ほんの一言二言だけだった。
別に話をしたくないわけではない。ただ、頭の中にはまだ理解できていないことが多すぎるのだ。ここで目を覚ましてからというもの、周囲のすべてが見知らぬものばかりだった。何から調べればいいのかさえ、まだ分からない。
シュレンは料理を一口頬張ると、ふと思い出したように黒月へ目を向けた。
「そういえばさ。今度の試験、どう思う?」
黒月の手が止まった。
「試験?」
顔を上げ、聞き間違いではないかとでも言いたげに相手を見つめる。
「うん。今度の試験だよ」
「ちょっと待って……試験なんてあるのか?」
シュレンは首を傾げた。
「え? 知らなかったの?」
黒月はすぐには答えなかった。しばらくシュレンを見つめてから、ゆっくりと箸を置く。
シュレンは何かを思い出したようだった。
「ああ、そうか。昨日、休んでたもんな」
頬を軽く掻きながら、先生の話を思い返す。
「確か、今回は生徒の能力を評価する試験だって言ってたな。それぞれがどのくらいの実力を持ってるのかを調べるらしい。だから、俺たちも頑張らないとな」
「……」
黒月は黙り込んだ。
目の前の食事に視線を落としながら、頭の中にひとつ、かなり深刻な問題が浮かび上がる。
試験?
この世界の文字すら読めないというのに?
黒月は口に含んでいたものを飲み込んだ。喉が少し乾いたような気がする。
ここで何が起きているのかさえ、まだ十分に理解できていない。それなのに、もう試験を受けなければならないのか。
シュレンがため息をついた。
「まあ、それはそうと、今年の話は聞いたか?」
黒月は顔を上げる。
「何の話だ?」
「今年は学校が問題を作るわけじゃないんだ」
「学校じゃない?」
少し眉を寄せる。
「じゃあ、誰が作るんだ?」
シュレンは目の前の友人を見つめ、少し呆れたような表情を浮かべた。箸を止め、まるで重大な話でもするかのように声を落とす。
「正直に言うけどさ……今年の試験問題は、四大天王が作るんだ」
黒月は瞬きをした。
「四大天王?」
「そう」
「そんなに難しい問題を出すのか?」
シュレンは黒月を見つめた。
しばらく沈黙が流れる。
「……」
やがて箸を置き、額に手を当てた。
「正直に言うぞ。あの四人の爺さんたちの目をかいくぐるなんて、ほとんど無理に近いんだ。ちょっとでも油断すれば、すぐに不合格にされるんだからな」
「えっ?」
黒月はわずかに身を引いた。
普通の学生向けの試験が、どうしてそこまで恐ろしいものになるのか分からない。だが、シュレンの表情を見る限り、冗談を言っているわけではなさそうだった。
冷や汗が、こめかみを伝う。
(何なんだよ、これ……。こっちに来たばかりなのに、いきなりこんな難題にぶつかるのか?)
そんな黒月の顔を見て、シュレンの口元が少しずつ緩んでいく。笑いをこらえようとしていたようだが、とうとう小さく吹き出してしまった。
「おい、俺をからかってるのか?」
黒月はびくりとした。
「何もからかってないだろ?」
「いや、そうじゃなくて……」
シュレンはもう一度黒月を見てから、ふと不思議そうな顔をした。
「待てよ。お前、四大天王の一人の孫なのに、そんなに怖がる必要あるか?」
「……」
黒月は固まった。
シュレンを見つめ、それからゆっくりと自分自身を指さす。
「えっ? 俺が四大天王の孫?」
シュレンは何でもないことのように頷いた。
「そうだよ。そんなの誰だって知ってるぞ」
黒月はその姿勢のまま、今聞いた言葉を頭の中で整理しようとしていた。
(待て……俺に、四大天王の身内がいるのか?)
さらに尋ねようとする前に、シュレンが突然立ち上がり、黒月に抱きついた。
「だから頼むって! 俺を助けてくれよ!」
「お、おい! ちょっと待て!」
シュレンはさらに強く抱きしめ、必死な声で続けた。
「それで、お前の爺さんはいつ今年の試験問題を見せてくれるんだ? 少しだけでいいから、俺にも見せてくれないか? もう不合格になりたくないんだよ!」
「いや、待て……俺はまだ何も――」
「頼むぞ! 友達だろ!」
黒月は両手をシュレンの肩に置き、何とか押し返そうとした。しかし、シュレンは一向に離れる気配がない。
「いいから離せって!」
「ほんの少しだけでいいんだ!」
「だから、知らないって言ってるだろ!」
しばらくして、ようやく黒月はシュレンの腕から抜け出した。
服を整えながら、向かいに座る友人をじっと見つめる。シュレンはまだ期待に満ちた顔をしており、黒月はどう説明したものか分からなくなっていた。
(俺の祖父……そもそも、どんな人なのかすら知らないんだけどな)
考えたところで、今すぐ答えが出るわけでもない。黒月はひとまずそのことを脇に置き、再び食事を続けることにした。
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やがて時間が過ぎ、授業もすべて終わった。
黒月はシュレンと一緒に学園を後にした。周囲の生徒たちも次々と帰り始めている。歩きながら話をする者もいれば、足早に校庭を離れていく者もいた。
シュレンは、先ほどの話をまだ忘れていないようだった。
「なあ、忘れるなよ!」
黒月は横目で彼を見る。
「分かったよ」
「絶対だからな!」
「はいはい」
シュレンはまだ安心できないのか、もう一度黒月の顔を確かめるように見た。
黒月は適当に頷いておく。
(もちろんだよ……ただ、爺さんが見せてくれるかどうかは別だけどな)
二人はそのまま歩き続けた。
しばらくすると、シュレンがある場所で足を止めた。
そこには、四つの大きな円形の魔法陣がそれぞれ独立して設置されていた。床一面には奇妙な紋様が刻まれており、その内側から放たれる光が、天へ向かって真っすぐ伸びている。
黒月も足を止め、興味深そうにそれらを眺めた。
シュレンは何も説明せず、そのまま近くの魔法陣へと足を踏み入れた。
シュレンの足が床に触れた瞬間、周囲の紋様が一斉に光り始める。光は魔法陣全体へと広がり、やがて彼の身体を包み込んだ。
「じゃあ、俺は先に帰るな! また明日!」
シュレンは振り返り、最後にもう一度念を押した。
「約束、忘れるなよ!」
光が強くなる。
次の瞬間、シュレンの姿は魔法陣から消えていた。
黒月はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「……」
何が起きたのか、まだよく分かっていない。
しかし、シュレンがあれを使って帰ったのなら、自分も同じようにすればいいのだろう。
黒月は隣の魔法陣へと足を踏み入れた。
足元の紋様が光り始める。淡い光がゆっくりと上昇し、視界を覆っていった。
黒月は少し顔を上げ、何か特別なことが起こるのを待った。
だが、周囲の景色がすぐに消えるわけではなかった。
代わりに、目の前の光景が少しずつぼやけ始める。学園の風景が、まるで別の景色と溶け合うように混ざり始めた。見慣れた建物や景色の輪郭が光の中へと薄れていく一方で、新たな光景がゆっくりと浮かび上がってくる。
黒月は足元へ目を向けた。
床が変わり始めていた。
魔法陣のある地面が、少しずつ室内の床へと置き換わっていく。部屋の輪郭が徐々に現れ、それに合わせるように周囲の景色も次々と変化していった。
黒月はその場から動かず、目の前で起きている不思議な現象をじっと見つめていた。
そして、ほんの短い時間のうちに、周囲の景色はすっかり変わってしまった。
光がゆっくりと消えていく。
黒月の目の前には、もう学園の景色はなかった。代わりに、一軒の家の中が広がっている。
彼は足元の床を見下ろし、それから周囲へと視線を巡らせた。
(これで……家に帰ってきたのか?)
さらに考えようとした、その時だった。
突然、誰かの声が響いた。
「黒月!」




