1話
この世界では、蜂が生態系のトップである。といっても、今はもう都市伝説のような存在だ。ごく小数の人間だけが蜂を恐れている。インフルエンサーたちが、赤い蜂に賞金を掛けたりして、もう殆どエンタメと化しているが、昔は本当に居たのだそう。舞台は明治まで遡る。赤蜂の大災害と呼ばれ、(推定)死者数376人、行方不明者数1万4600人以上だと言われている。そんな大災害があったにも関わらず、 今はもう蜂の目撃情報が無いのはおかしな話だと思う。政府は、絶滅したと言い切っていない。よってこの世界のどこかには絶対に赤い蜂はいる。俺はそう信じている。
「次ー、風切。問1の答え言ってみろー」
「x=2です」
「正解だ」
急に呼ばれた名前にびっくりするも、昨日した予習に助けられ、無事に関門を突破する。ふと、校庭を眺めると、校門の外に、茶髪とピンク髪が不自然に目立っている。陽助と百合の姿。あぁ、またアイツらだ。2人は、二卵性双生児の双子で、幼稚園の頃からの幼馴染。母親が2人の家と親戚のようで、何をするにも一緒だった。しかし、2人は四年前に事故で亡くなっている。俺の中のトラウマに強く根付いたあの出来事。思い出すだけで気持ち悪くなる。見えている2人は幻覚だ。それは頭ではわかっているが、心の奥にある寂しさが少し埋まる気がして嬉しくなる自分も居る。それでも気にしないフリをして前を向く。授業のチャイムが鳴り、1日の終わりを告げる。
「今学期はここまで。夏休みも勉強怠るなよー」
「起立、礼。ありがとうございました」
今日はこの後、2人の墓参りに行く。2人の、3度目の命日。
親戚一同の墓参りが終わった後1人、2人の墓の前で手を合わせる。今日だけは、強く思い出すあの景色。俺たちは中学生だったから、夏休みの初めの日に一泊2日、温泉へ旅行に行った。帰り道だった。俺は助手席で、流れる音楽と疲労で眠くなり、ウトウトしていた。突如、クラクションが鳴り響き、途端に激しい衝突音で目が覚める。交差点で、信号無視をした飲酒運転のトラックに後ろから激突された。誰よりも弱虫だった俺は、状況を掴めず、必死に2人の名前を呼んだ。ほとんど押し潰れて見えない後部座席は、俺にとって一生心に残るトラウマとなった。唯一助かったのは助手席に座っていた俺と、運転してくれた俺の姉貴。姉貴の居る運転席に目をやると、事故の衝撃で気絶していて、もうこの場には頼れる人など誰もいないのではないかと莫大な不安が襲った。大きな交差点だったので、たくさんの人が俺たちの周りに集まってきたが、もう俺はそれどころではない。鼻の奥に広がる嫌な鉄の匂い、シートに染み込む血。とても現実とは思えない惨状だった。俺はその時悟った。もうこの2人は助からないと。遠くから聞こえる救急車の音と、パトカーの音。自分にはどうすることも出来ない現状にツンと喉の奥が痛んだ。首の向きを変えるのも限界になった。衝突時に首を痛めたらしい。自分にそんな言い訳をして、この現実から目を背けた。目に映るのはただただ絶望と、歪んだ視界。息をするのも苦しくなって、次第に声も出なくなる。俺はそこで意識を手放した。
目が覚めると知らない天井。隣で寝てるのは俺の姉貴だった。消え入りそうな声で姉貴を呼ぶ。体を起こして手を握る。温かい、生きていた。良かった、心からそう思った。でも2人は、どうなった。慌てて病室から飛び出すと、丁度見舞いに来た母と目が合った。目が合うや否や、母は自分を抱きしめる。服に冷たい感触が伝う。
「生きてて…良かった……」
心からの言葉だったと思う。あんなにも泣き崩れる母は、見たことが無かったから。ここで俺も今まで流れなかった涙が滝のように溢れ出る。嗚咽混じりの自分の泣き顔は、それは惨めで見ていられなかった。
後日、親友2人の死が母から告げられた。正直、だろうなと思ってしまった自分が居る。でも、これはただの現実逃避でまだ2人が亡くなったことに納得がいっていなかった。自覚したのは2人の青白く、冷たくなった肌に触れた時。気味の悪いほど冷たくて、どこか遠くに行ってしまった彼ら。そんな2人を見つめ、ただ漠然と白い布を睨んでいた。
そんなことがあって、もう四年。体感もっと長かった気もするし、短かった気もする。ただ一つ確かだったのは、あれほど輝いていた毎日が、色のない塗り絵のようになっていったこと。自分で塗ることは出来るが、塗るための色鉛筆がない。常に胸に寂しさがあるように、パズルのピースが一つだけ足りない。2人という色鉛筆が、パズルのピースが消えた今、俺は日常に彩りを加えることが出来ない。そんなことを愚痴りながら、お菓子を供える。一緒に食べながら、滲む視界から必死に逃げた。認めたくない気持ちは変わらないが、もういい加減2人に夢なんか見ず、前を向くべきだと思う。きっと2人もそう思ってる。そうだよね?などと墓地に向かって語りかけたりして、炎天下の中、水も無しに2人と語り耽る。
「そろそろ帰るよ、また来るね」
そう言い、俺は墓を後にした。流石に暑いので、コンビニでアイスでも買って帰ろうと人のいない商店街の奥を抜ける。茶髪、癖っ毛。ピンク髪、ロング…。もうすっかり俺の方が大きくなった身長。遠くから眺めることはあったものの、実際に近づいたのは初めてだ。好奇心から、一応話しかけてみることにした。
「陽助、百合…」
2人は驚いた顔をしている。かく言う自分も、幻覚と話せた事に驚きを隠せず居た。でも所詮幻覚。触れないし話せない。
「なーんてね…」
側から見れば、何も無い空間に話しかけているように見えるだろう。不審者として通報される前に、その場を後にする。踵を返したその時、陽助の肩に触れ、壁に当たったかのような感覚がする。左肩がじん、と痛み、彼らが存在しているかのように錯覚した。
「ひ、彼岸…………」
「見えるの?私たちが」
「…え?」
今まで見ていた2人は幽霊だったとでも言うのか。いや、俺は幽霊なんて信じていない。じゃあ2人は誰だ。誰だ。これは、アイツらじゃ無い。アイツらを模したナニカだ。
だ。
「…陽助、作戦中断」
「あぁ」




