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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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82話:流出の完成



国家の崩壊とは、必ずしも外敵による蹂躙や、炎に包まれる王城といった劇的な光景を伴うものではない。それはもっと静かに、そして不可逆的に、組織の深部から「熱」が失われていく過程である。各地には、依然として人々の営みが残っていた。街も、村も、そこにある建物の形は昨日までと変わらない。しかし、その内部を流れる血液はすでに枯れ果てていた。


一見すると、すべては平穏に見える。だが、決定的に「中身」が欠落していた。


――王都。


かつて大陸一の活気を誇った中央通りは、今日もその石畳を陽光に晒している。軒を連ねる店々も、看板を下ろしてはいない。だが、街全体を包み込んでいるのは、活気とは程遠い、重苦しい沈滞だった。


通りは開かれているが、そこを歩く者の足取りは重い。店先に並ぶ商品は埃を被り、鮮度は失われている。何よりも、人々の会話が消えていた。


「……今日は、誰も来ねえな」


馴染みの客を待つ店主が、虚空に向かって呟く。その声は、隣の店に届くこともなく、冷たい石壁に吸い込まれて消えた。返事はない。ただ、通りを抜ける風の音だけが、店主の孤独を強調する。来るべき者が来ず、買うべき者がいない。経済という名の巨大な循環は、末端から完全に停止していた。


――役所。


国家の頭脳であり、心臓部であるはずの官公庁。そこには立派な黒檀の机が並び、整理されないままの書類が山のように積まれている。

しかし、ペンを走らせる音は聞こえない。


膨大な事務処理は、ある一点で止まっていた。

「判断」を下す人間がいないのだ。

書類に不備がないかを確認する者も、その内容を精査して実行に移す責任者も、あるいは現場の混乱を収めるための知恵を持つ者も、一人として残っていない。


執務室に残されているのは、ただ「指示」を待つだけの人形のような者たちだった。

彼らは自分の頭で考えることを放棄し、あるいは考える能力を持たず、ただ上からの命令が降ってくるのをじっと待っている。


「……どうすればいい」


若手の役人が、震える声で周囲に問う。

だが、その問いに対する答えは、室内を漂う埃以上に軽い。

答えを出せる者は、とうの昔にこの沈みゆく船から逃げ出していた。

残されたのは、逃げる術も、変える力も持たない「抜け殻」だけである。


――軍。


駐屯地には、まだ数多くの兵士が残っている。彼らは支給された軍服を纏い、錆びかけた槍を手に取って整列している。

だが、彼らは動かない。動けないのだ。

偵察に赴くべきか、拠点を放棄すべきか、あるいは略奪を防ぐために街へ出るべきか。

それらすべての「意思決定」が消失していた。


軍隊とは、命令という糸によって操られる巨大な怪物である。

その糸を握るべき将校、戦略を練るべき軍師、全体を統括するべき指揮官。

知性と決断力を備えた者たちは、すでにこの組織を見限っていた。

残された兵士たちは、ただ無意味な訓練を繰り返し、あるいは空腹に耐えながら、永遠に来ることのない「命令」を待ち続けていた。


――結果。


人はいる。数だけは、統計上は存在する。

だが、社会として、組織として、何一つ機能しない。

物流は滞り、情報は繋がらず、個々の人間が持つ才能も、もはや国のために使われることはない。

それは、死んでいるわけではないが、生きてはいない状態。

巨大な死体の上に、わずかな寄生虫が這い回っているような、無残な光景だった。


――一方、その外側。


国境を越えた先にある門の前には、異様な光景が広がっていた。

そこには、絶え間なく伸び続ける長い列がある。

この国を捨て、新たな居場所を求める人々の群れだ。


その列に並んでいるのは、この国で最も「まともな者」たちだった。

自分の腕一本で生きていける職人。

未来を予見し、資産を動かせる商人。

真に民を想い、この国の腐敗に絶望した賢者。

そして、自分の足で立ち、自分の頭で考えることができる若者たち。


彼らには「動く」という選択肢があった。

能力があるからこそ、外の世界に求められる。

知恵があるからこそ、ここがもはや死地であることを理解している。

優秀な者ほど、迷わず門を潜り、二度と振り返ることはなかった。


後に残るのは、誰からも選ばれなかった者たちだけだ。

外へ出る勇気も、他国で通用する技術も、現状を打破する気概も持たない人々。

あるいは、この状況にすら気づかぬほどに、精神が摩耗してしまった者たち。


――差は、もう動かない。


有能な者と、そうでない者の選別。

脱出できた者と、取り残された者の断絶。

その入れ替わりは、今この瞬間、完全な終止符を打った。

かつてこの国を支えていた知性、技術、気概、そして富。

それらすべてが外へと流れ出し、他国の血肉となった。


流出は、完成した。


――国家。


そこには、依然として領土があり、王権の象徴たる玉座があり、国民と呼ばれる人々の集団がある。

だが、その実態は、風が吹けば崩れ去るほどの空洞だった。

中身がない。

意志がない。

希望がない。


何も回らず、何も動かない。

歴史という名の大河の中に、ただぽっかりと空いた巨大な虚無。

かつて栄華を極めたその場所は、今や誰の記憶にも留まらない、完全な空洞へと変貌していた。

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