52話:選別
――昼。
高く昇った太陽が、新しく生まれた「国」の正門を容赦なく照らし出していた。
そこには、延々と続く長い列ができていた。街の防壁に沿ってどこまでも伸びるその列には、武装した傭兵崩れ、家財道具を背負った職人、幼い子供の手を引く家族連れなど、多種多様な人間がひしめき合っている。
帝国の支配を覆し、軍神ヴェイルを退けた「不確定要素の街」の噂は、風よりも速く各地へ伝わっていた。
戦火を逃れ、自由を求め、あるいはただ新しい利権の匂いを嗅ぎつけて、有象無象の人間たちがこの地へ流れ込んできたのだ。
だが――昨日までとは、何かが決定的に違っていた。
門は、確かに開かれている。
しかし、そこはもはや、助けを求める者すべてを手放しで迎え入れる慈善施設の入口ではなかった。
「次」
低く、抑えられた声が響くとともに、一人の大柄な男が前へ出た。
門の内側には、急造ではあるが機能的に整えられた受付台が置かれている。
その背後には、淡々と筆を動かす記録係と、隙のない構えで控える武装した兵士。
そして――冷徹な執行官のごとき佇まいで、セレスが座っていた。
彼女は手元の紙に目を落としたまま、顔を上げることなく問いを投げる。
「職は?」
「鍛冶師だ。元は王都で、十数年は槌を振るってきた」
「技術は? 具体的に答えなさい」
「武器も防具も一通りだ。戦場帰りの中古を直す修復も得意としている。特殊な合金の精錬にも関わったことがある」
セレスは一瞬だけ、思考を巡らせるように視線を止めた。
そして、短く告げた。
「通過。優遇枠。後方、第三工房へ案内しなさい」
兵士が短く頷き、男を門の内側へと誘導する。男は安堵の表情を見せながら、足早に街の中へと消えていった。
次。
「農民だ。畑なら何年だって扱える。土の状態を見れば何が植えられるか分かる」
「単独? 家族は?」
「妻と、子が二人だ。後ろに並んでいる」
「条件付き通過。南方の開拓区画への労働登録を受けなさい。三ヶ月の試用期間後、定住権を付与する」
判断は極めて速く、そして容赦のないまでに冷徹だった。
列は着実に進んでいく。
だが――当然ながら、全員がその「針の穴」を通れるわけではなかった。
「……仕事は、これといってねえな。だが、見ての通り腕っぷしには自信がある。兵隊にでも何にでもしてくれ」
言い終わる前に、セレスがゆっくりと視線を上げた。
その瞳には、温度も感情も存在しない。
「不要」
短い一言が、断頭台の刃のように落ちた。
「……は? 今、なんて言った」
「この国に、あなたの価値はないと言ったのよ。聞き取れなかったかしら?」
沈黙が広がる。
男は一瞬、言葉の意味を理解できずに呆然としていたが、やがて顔を真っ赤に歪め、机を叩こうと身を乗り出した。
「ふざけんな! ここは、困ってる奴なら誰でも助ける救世主の街じゃねえのかよ! 噂じゃあ――」
「違う」
その怒声を、別の静かな声が鋭く断ち切った。
場の空気が、一瞬で凍りつく。
門の奥から、オルシェが歩み出ていた。
ざわめきが波のように広がる。
だが、彼は足を止めない。門の正面に立ち、そこに並ぶ数百、数千の人間たちを、射抜くような視線で見渡した。
「ここは救済施設じゃない」
静かな声だった。
しかし、その言葉は不思議なほど遠くまで、そして確実に全員の耳に届いた。
「価値のある者だけが来い。この場所を、共に作り上げる意志のある者だけを、俺たちは求めている」
その宣言に、列が激しく揺れた。
反発。
「冷血漢め」という罵倒が飛ぶ。
怒り。
期待を裏切られた者たちの、身勝手な憤怒。
戸惑い。
優しさという幻想を抱いてきた者たちの動揺。
だが――誰一人として、オルシェの前に進み出る者はいなかった。
彼の背後に控えるリーヴの圧力、そして何より、オルシェ自身の瞳に宿る、逃げ場のない「現実」が全員を押し潰していたからだ。
「技術を持つ者は歓迎する。俺たちの足元を固めるための力が必要だ」
オルシェが、ゆっくりと一歩踏み出す。
「働く意志のある者は、平等に受け入れる。泥にまみれ、共にこの国を支える覚悟があるのならな」
さらに一歩。
「だが――」
空気が、完全に凍てついた。
「この混乱に乗じて、他人の分け前を奪うことしか考えない奴は、ここにはいらない。守られることだけを当然だと思う者は、帝国の屋根の下へ帰れ」
沈黙。
誰も、言葉を発せなかった。
力による支配よりも恐ろしい、徹底した「選別」の意志。
セレスが、淡々と事務的な補足を続ける。
「区分は三つに分けるわ」
彼女は紙に記された線を指先でなぞりながら、冷たく宣告する。
「技術者、及び特殊技能保持者――即時受け入れ、及び優遇。
労働者、及び開拓志望者――居住区の制限付き通過。
それ以外、及び技能・意志なき者――排除」
門の横で腕を組み、その様子を眺めていたリーヴが、不敵な笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
「ハッ、分かりやすくていいじゃねえか。戦場と同じだ。自分の命を他人に預けっぱなしにするような奴から先に死ぬ。ここは、自分の足で立つ奴らのための場所だってことだ」
列に並ぶ者たちの表情が、劇的に変わっていった。
それはもはや、ただの行列ではない。
試されている。
値踏みされている。
そして、選ばれているのだ。
ここはもう、誰に対しても開かれた、おめでたい「夢の国」ではない。
現実という名の石を一つ一つ積み上げ、血と汗で補強していくための、厳しい「生存圏」なのだ。
「……行くぞ。並び直して、自分の価値を証明してやる」
列の中の一人が、短く呟いた。
覚悟を決めたその表情には、迷いが消えていた。彼は家財道具を背負い直し、再び自分の足で一歩前へ踏み出す。
オルシェはそれを見て、静かに目を細めた。
人は、選ばれる。
だが同時に、自らも選ぶのだ。
安楽な支配に甘んじるか、それとも厳しい自立の道へ、この国とともに踏み出すか。
「……これでいい」
誰にも聞こえない、微かな声でオルシェは呟いた。
それが、どれほど非情に聞こえようとも。
それが、どれほど理想から遠い決断であろうとも。
ここは現実の国だ。
綺麗事だけで守れるほど、世界は甘くない。
その瞬間――
新しく生まれたこの国の「方向性」が、冷徹なまでの現実主義とともに、完全に定まった。
門の向こう側に広がるのは、もはやただの街並みではない。
選ばれた者たちが作る、強固な意志の結晶体へと変貌を遂げようとしていた。




