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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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5話:初ざまぁ(盗賊殲滅)


――風が裂ける。

 オルシェの視界は、もはや現実の速度を置き去りにしていた。

 流れる草原は緑の残像となり、行く手を阻む木々は鋭い線となって後ろへと消えていく。

 身体強化アクセル。

 未完成の術式を、意志の力だけで限界まで引き上げた代償は、あまりに重かった。


「はぁ……っ、くそ……!」

 呼吸が追いつかない。肺が焼けつくような熱を帯び、心臓は肋骨を内側から突き破らんばかりに激しく鼓動を刻んでいる。足の筋肉は、一歩踏み出すごとに千切れるような痛みを訴えていた。


《警告:残存魔力、極低》

《身体強化維持時間:残り約34秒》


「……短すぎる。だが、十分だ」

 奥歯を噛み締め、舌打ちを一つ。

 距離は確実に縮まっている。鼻をつくのは、草の匂いではない。火がくすぶる煙の臭いと、鉄錆に似た生々しい血の香りだ。

 戦場は、もう目の前だった。


――そして。

 聞こえてきた。絶望に染まった悲鳴。死を間近に控えた者の、震える叫び。

 激しくぶつかり合う金属音。


「……間に合えっ!」

 無理やり魔力の蛇口を抉じ開け、枯れかけた回路に最後の一滴まで力を流し込む。

 視界が白く明滅するほどの激痛を無視して、地を蹴った。


次の瞬間、視界が爆発するように開けた。

 そこにあったのは、凄惨な光景だった。

 小さな村の入り口は無残に破壊され、燃えかけた家屋から黒煙が上がっている。

 路上には力なく横たわる人々の姿。

 そして、その中心。血溜まりの中に立ち、一人の女が孤独な戦いを続けていた。


長い髪を振り乱し、全身を返り血で染めながら剣を振るうその姿は、まるで戦場に咲いた狂い花のようだった。

 だが、その華麗な剣閃も、もはや限界に達している。


《個体鑑定:女戦士》

・戦闘能力:極めて高い

・状態:蓄積疲労による動作遅延。多量の失血。

・生存予測:敵集団の同時攻撃により、残り約40秒で完全沈黙。


「……待たせたな」

 オルシェは足を止めた。

 わずか一瞬。脳内の鑑定スキルが、周囲の状況を冷徹なデータへと変換していく。


《敵:盗賊集団 11名》

《配置:完全包囲陣形。後方に弓兵2、前衛に重装および剣士9》

《勝率:現状の残存魔力による単独突入時 7%》


「……7%か。笑わせるな」

 冷静な呟き。狼を倒した時よりもさらに低い数字。

 相手は知恵を持つ人間だ。互いの死角を補い、言葉を交わさずとも標的を追い詰める連携。

 何よりの問題は、自分自身の燃料切れだった。


《致命的問題:魔力不足。スキル維持不可》


(速度はあっても、それを支える魔力がなきゃただの案山子だ。なら……)

 極限の思考速度が、解決策を求めて鑑定の深層へと手を伸ばす。

 「ない」のなら、「作る」。

 「足りない」のなら、「奪う」。


《新規概念の構築を開始》

・魔力吸収:周囲の環境魔素および対象からの直接奪取。

・魔力操作:吸収した異質魔力の即時変換。

・魔力循環:体内回路の永久機関化。


「……吸収、か。やってやるよ」

 “見えた”。

 鑑定の視界が切り替わる。

 空気の中に、陽炎のように揺らめく微かな光。

 大地を脈動する、淀んだ大気の流れ。

 そして、獲物をなぶり殺そうとニヤつく盗賊たちの体内で、下卑た色に濁りながら巡る生命エネルギー。


「……そこにあるじゃねぇか、山ほど」


《スキル構築:魔力吸収(試作版)起動》

《魔力操作および循環術式を連動……完了》


「――通せっ!」

 その瞬間、世界が変わった。

 周囲の空気が、巨大な渦となってオルシェの毛穴から、血管から、強引に流れ込んでくる。

 枯れ果てていた体の奥底が、一気に冷たい奔流で満たされる。


《魔力:急激に回復中》

《循環系:安定。身体負荷の軽減を確認》


「……はっ!」

 思わず、嘲るような笑みが漏れた。

 力が溢れてくる。奪えば奪うほど、自分は強くなり、敵は弱まる。

 「減らない」のではない。「奪い続ける限り、無限」なのだ。


《算出勝率:7% → 64%》


「いけるな。いや――」

 オルシェは一歩踏み出した。その一歩で、十メートル以上の距離を無音で詰める。

「……100%にしてやるよ」


盗賊の一人が、異変に気づき首を巡らせた。

「なんだ、てめ――」

 言葉は、最期まで紡がれることはなかった。

 オルシェが消えた。

 盗賊たちの目には、そう映ったはずだ。

 次の瞬間、オルシェは男の背後に立ち、その喉元に鋭い一撃を突き立てていた。


声も上げさせず、一人。

 そのまま影となって跳ぶ。二人目。

 混乱する盗賊たちの死角を縫うように、最短距離で急所を破壊していく。


「なっ……何が起きてやがるっ!?」

「どこだ!? どこにいやがるッ!」


恐怖の連鎖。

 傲慢だった捕食者たちが、一瞬にして「狩られる側」へと転落する。

 オルシェの動きは、もはや鑑定なしでは追えない領域にあった。

 魔力は無限。アクセルは最大出力のまま固定。

 予測される攻撃は紙一重ですべてかわし、こちらの拳は確実に骨を砕き、命の灯を消す。


三人、四人、五人。

 広場に崩れ落ちる肉体の音が、等間隔に響く。


《敵集団連携:完全崩壊。士気の著しい低下を確認》


「化け物か……!? 逃げろ、逃げろッ!」

 リーダーらしき男が、無様に背を向けて走り出した。

 仲間を見捨て、ただ己の命惜しさに。


「逃がすかよ。俺の村じゃねぇが、気分が悪いんだわ」

 距離など、もはや概念でしかない。

 一瞬で背後をとり、逃げる男の首根っこを掴んで地面に叩き伏せる。


「た、助け……頼む、金なら――」

「断る」

 慈悲など、最初から持ち合わせていない。

 振り下ろした拳が、男の意識を闇へと突き落とした。


《戦闘終了。対象全個体の無力化を確認》

《完全勝利。お疲れ様でした》


静寂が、戦場を支配した。

 燃える家の爆ぜる音と、遠くで聞こえる風の音だけが草原を渡っていく。

 オルシェはゆっくりと立ち上がり、乱れた呼吸を整えた。


「……終わったか。案外、脆いもんだな」

 振り返ると、そこには目を疑うような光景を呆然と見守る村人たちがいた。

 恐怖と、困惑。そして、微かな希望が混ざった瞳。


そして、その中心。

 剣を杖代わりに、今にも倒れそうな姿で立ちすくむ女戦士がいた。

 その目は、驚愕の色に染まりながらも、真っ直ぐにオルシェを捉えていた。


「……貴公が、すべて……やったのか?」

「まあな。間に合ってよかったよ」

 短く、素っ気なく答える。

 その瞬間、緊張の糸が切れたのか、彼女の膝がガクリと折れた。

 倒れる身体を、オルシェは反射的に駆け寄って支えた。


「おい、無理すんな」

「……助かったのか。私は、村は……」

 掠れた声で、彼女は問いかける。その瞳に溜まっていた涙が、一筋、頬を伝った。


次の瞬間。

 それまで息を潜めていた村人たちから、地鳴りのような歓声が上がった。

「助かった……!」

「俺たち、生きてるんだ!」

「ありがとうございます、ありがとうございます……!」


次々に人々が駆け寄り、地面に膝をついて頭を下げる。

 ある者はオルシェの服の裾を掴み、ある者は空を仰いで慟哭した。


「……おい、やめろって。柄じゃねぇんだよ」

 オルシェは困ったように眉を寄せ、苦笑した。

 だが、その胸の内に去来するのは、今まで感じたことのない奇妙な充足感だった。

 

 自分は、ただ生き残るために力を欲した。

 だが、その結果として、誰かの命を守り、感謝されている。

 理不尽に奪おうとした者たちを、自らの「知恵」と「力」で圧倒した。


「……まあ、悪くねぇな。こういうのも」

 空を見上げる。

 茜色に染まり始めた空は、どこまでも澄み渡っていた。

 

 異世界に落ち、死を覚悟したあの日から数時間。

 オルシェの立ち位置は、今、この瞬間、決定した。

 救世主などと名乗るつもりはない。

 だが、己を縛る理不尽を叩き潰す力は、この手にある。


「……ここから、だな」

 物語の序章は、血と喝采の中で幕を閉じた。

 オルシェと、彼に命を救われた女戦士――リーヴ。

 二人の運命が交錯し、この世界の歴史が音を立てて動き始めるのは、まさにこの時からであった。

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